間話 襲撃
避難警報が出され、サトゥーア領が静まり返った頃。
当の本人たち嫉妬級の悪魔、ディンセルとアイリアは海上を飛んでいた。
「アイリア。分かってるな?」
ディンセルの言葉にアイリアは眉をひそめて答える。
「分かってるよ、何度もうるさいな。天世五魂神がいない内に水晶を奪って、奴らの魂と天世界の繋がりを切るんでしょ?」
「そうだ。お前の魔術『色石変幻魔術』が、奪還の最重要ポイントだ。魔力は残してあるだろうな?」
「はいはい、ちゃんとあるよ」
黒い翼をはためかせ、2人は海の上を飛ぶ。
▶▷▶▷▶▷
水晶の保管してある大広間、2人はその入り口に着いた。
ディンセルは大広間を覗き見る。
上下左右、満遍なく確認する。
「神官天使はいない。行くぞ」
「は~いはい」
そして2人が走り出した時だった。
「ーーー袋1個忘れちったよ。閻魔神様、先行っちゃったかなぁ」
閻魔神の神官天使、ラコールもまた水晶に向かって歩いていた。
(神官! 死角にいたか!)
「アイリア! お前は水晶を奪え!」
「分かってるよ、うるっさいなぁ」
ディンセルが叫び、拳を固めてラコールとの距離を一瞬で詰める。
「アぐぁッ!」
拳はラコールの目を殴り、ブチィ、バキャと音がする。
頭から壁に打ち付けられ、片目が潰され、ラコールの思考が一瞬止まった。
「変幻武色『御護』」
アイリアは水晶の前に立ち、色石を変形させる。
変形した色石が水晶を包んだ。
「長居は禁物だ、行くぞ」
ディンセルが天井の窓を割り、破片が落ちて行く。
下には初めて見る嫉妬級の悪魔に絶句し、腰を抜かした神殿仕えの天使がいた。
が、彼らが破片で切られようと、ディンセルの知ったことではない。
アイリアとディンセルは翼を生やし、嵐のように神殿を去った。
(しまった、不意打ちされた)
「待てッ!」
ラコールは背中の羽を広げ、割られた窓から飛ぶ。
前を飛ぶ2人の悪魔を捉え、追う。
(速い......どんどん離されるッ!)
ラコールは現在、最も若い神官天使であった。
加えて片目が潰され、頭蓋骨も大きく損傷。
頭蓋骨が割れていれば、脳もダメージを受けている。
思うように羽を動かせないのだ。
そもそも頭蓋骨を割られても動けること自体、おかしいと言える。
神官天使だから為される事象だった。
(でも水晶を奪われる訳にはいかない! 五魂神様たちが人世界にいるんだ。取り返さないと!)
勢いを失って行く体にムチ打ち、スピードを上げようとした時だった。
「もう充分距離は稼いだろう」
ディンセルが呟いた。
それを聞き、アイリアも空中で停止する。
「掴まれアイリア。『天魔界鏡』を割る」
「はーい」
ディンセルが懐から鏡を出した。
片手で持てるサイズの手鏡のようだが、言い知れぬ違和感を思わせる。
ディンセルが鏡を握る手に力を込める。
「やめろッ!」
ラコールが叫ぶ。
直感が、あの鏡を割らせてはならないと訴えていた。
しかし、飛ぶスピードは落ちていく。
高さもだんだん低くなる。
そんな間に、鏡は割られた。
「一時はどうなるかと思ったが、問題なかったな。あの場にいたのがガズラであれば、俺も危なかった」
ディンセルが、嘲笑うような口調で言う。
「じゃあね~」
最後、軽い口調でいい放ったのはアイリアだ。
2人の悪魔は、破片に吸い込まれるようにして、姿を消した。
(ぐっ......ダメだ......意識が......)
ラコールは落ちた。
海が飛沫を立てた。
▶▷▶▷▶▷
ラコールは神殿の自室にて目を覚ました。
神官天使の服も脱がされ、ベッドに横たわっている。
目の傷も治されていた。
割れていた頭蓋骨も完治し、ハッキリ思考できる。
「ラコール様、お目覚めですね」
白い部屋の隅にメイドが1人いた。
「他の神官様を呼んで参ります」
メイドは頭を下げた後、丁寧な足どりで部屋を去った。
その後少しして、ガズラが来た。
「俺の魂術で傷は治したが、気分はどうだ? ラコール」
「気分は......大丈夫っス......」
「ならいい」
ガズラの表情が固い。
怒りと屈辱が入り交じっていた。
ふつふつと、煮えたぎっている。
しかしその矛先はラコールではない。
「居合わせた者から話は聞いた。嫉妬級が襲撃してきたそうだな」
ラコールはガズラの表情を見るのをやめた。
自分が神官天使になってから、ガズラがここまで怒っていることは無かった。
「恐らく、サトゥーアで噂の嫉妬級はお前が見たのと同一個体だろう」
「っ! そうだったっス......申し訳ないっス。奴らに水晶を奪われて、その上逃げられてしまって」
ラコールは頭を下げ、謝罪を述べた。
「謝るな。お前は悪くない」
「でも―――」
「むしろこれで良かった。お前が死ねば、閻魔神様は酷く悲しまれるだろう」
神官天使は、己の仕える神と寿命が同年まで伸びる。
五魂神の加護により力を得る。
神が死ねば、神官天使は死ぬ。
しかしその逆はない。
神官は主の死を悲しまずに済むが、神は己の側近の死を見るやもしれないのだ。
「軽率な行動だったっス......」
「いや、お前が奴らを追ったのは仕方のないことだ。あれは主が拐われているのと同義。俺もその場にいれば、そうしただろう」
慰めるような声色でガズラは言う。
ラコールの顔色も、だんだん暖かみを取り戻してきた。
「それはそれとして、詳しい状況はお前から聞かせてもらう。仕人の話では大まかなことしか分からなかったからな」
「はいっス!」
▶▷▶▷▶▷
「―――以上っス」
ラコールの話が終わっても、ガズラは黙っていた。
黙って、悪魔に怒りを募らせていた。
しかし殺気は漏れていない。
さすが最古の神官天使とでも言おうか。
「気になることは多い」
ガズラが呟いた。
「何故、奴らは五魂神様の不在を知ることができた? タイミングが良すぎる。まるで最初から仕込んでいたような......」
(確かにそうだ。そういえば、閻魔神様の様子もおかしかった。優しい方ではあるけど、いつも資料の処分は俺とメイドたちに任せていた......)
ガズラは組んだ腕を解き、閉じていた目を開けた。
「まぁ何にせよ、話し合わねばなるまい。タディスとアイガスも交えてな」
「そうっスね」
ラコールがベッドを降りた。
それと同時、ドアがノックされた。
「ラコール様、神官服をお届けに参りました。入ってもよろしいでしょうか?」
メイドの声がした。
「いいっスよ!」
ドアが開く。
メイドは丁寧に服を渡し、ガズラとラコールに頭を下げてから退室した。
「では、着替えが終わったら来い」
「はいっス」
ラコールが頷いた。
真剣な眼差しに、ガズラの表情が少し明るくなった。