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第40話 追悼

 俺が小屋に帰ったのは夜のことだった。

 生命神に今までの感謝を伝え、暗い森を歩いて帰ってきた。


 帰ってきたとき、ミーヴは眠っていた。

 机に突っ伏して、すやすやと。


 魂術の特訓でもしてたんだろう。

 ミーヴのベッドから毛布を持ってきて、掛けておいた。


 さて、何をしよう。

 今日買った本でも読んでみようか。

 本棚の前に立って1冊取る。この前ミーヴが読んでいたやつだ。


 これは小説か。

 天世界を旅して回る男女の話だ。




 ▶▷▶▷▶▷




 小説が数十ページ進んだ頃、シュゼが帰って来た。

 でも様子がおかしい。

 足取りは不安定で、目は涙目だ。


「どうした、シュゼ?」


「アルタ、ミーヴ起こせ」


「......? 分かった」


 俺は机に突っ伏すミーヴの肩に手を掛けた。

 揺さぶって起こす。


「ミーヴ、起きてくれ。シュゼが帰って来たぞ」


「ん、う~ん......」


 ミーヴの目が開いた。


「んぅ? あ、アルタ、おかえり。シュゼもおかえり」


 ミーヴは目をこすりながら言う。

 そしてふわふわした声色で続けた。


「あれ、ヌィンダさんは?」


 その言葉で、シュゼの表情が一気に曇った。

 そういえばヌィンダは帰って来ていない。

 シュゼと一緒じゃないのか?

 何かあったのか?


「ヌィンダは......」


 シュゼはうつ向き、黙り込んだ。

 そのまま時間が過ぎて行く。


 とりあえず、シュゼを椅子に座らせた。

 ずっと立たせてる訳にも行かない。

 3人でろうそくを囲み、視線を交わす。


 燭台に蝋が垂れたとき、シュゼが口を開いた。


「ヌィンダは、多分......死んだ」


 頭が真っ白になった。

 今、なんて言った?

 死んだ?

 誰が?


 そんな中、ミーヴは俺より先に我を取り戻したようだった。


「ヌィンダさんが死んだって......そんな! どういうこと!?」


 ミーヴが叫ぶように問う。

 震えた声から動揺しているのが分かる。


「そ、そうだ。なんでヌィンダさんが死ぬんだよ......」


 そうだ。

 ヌィンダが死ぬはずない。

 ヌィンダが死ぬような理由がない。

 ヌィンダは強い。

 憤怒級サタンの上位クラス相手でも勝てる。

 この前、自分でそう言っていたから間違いない。


 そんなヌィンダが死んだとなれば、寿命。


 長命種は生態から変わっている。

 ある程度生きると肉体の成長が止まり、そこで始めて自分が長命種だということを知る。


 肉体が成長しないということは、老いないということだ。

 故に死期が予測できない。


 だが、寿命で死んだのならおかしいことがある。

 身体機能は衰えていなかった。


 長命種に寿命が近づくと、外見はそのままに、老衰前の老人のように身体機能が低下する。

 ヌィンダにそんな様子はなかった。

 今日だって俺とシュゼに修行をつけてくれていた。

 いつも通りにしていた。


 寿命じゃないとすれば、殺された?

 あのヌィンダが?

 誰に?



 俺が思考を巡らせていると、シュゼが絞り出すように言った。


嫉妬級レヴィアタン


「は?」


嫉妬級レヴィアタンがいたんだ」




 ▶▷▶▷▶▷




 シュゼの話は長く続いた。


 俺とミーヴが出掛けてる間にヌィンダと出掛けてたこと。

 出掛けた先で父親と再会したこと。

 模擬戦で父親を倒し、ギルドでしばらく寝ていたこと。

 起きてから彷徨い、路地裏に入ったこと。

 嫉妬級レヴィアタンの悪魔に襲われ、ヌィンダに助けられたこと。


「......」


「......」


「......」


 誰も何も言わない。

 机の中央、燭台に蝋が溜まっていく。


 嫉妬級レヴィアタン

 神官天使と同等の強さを持つという悪魔だ。

 対してヌィンダは憤怒級サタン相当の強さ。

 よほど運が良くない限り、生還は見込めない。


「......ごめん」


 シュゼがぽつりと言った。

 覇気のない声だ。

 シュゼのこんな声は聞いたことがない。


「謝ることないよ......」


 ミーヴがぽつんと言った。


 謝ることはない。

 そうだとも。

 シュゼが何か悪いことをしたか?


「でもオレが路地裏に入らなければ......ヌィンダは......ぐすっ」


 うつ向きながら、シュゼは泣き出した。

 顔は見えない。

 思えば半年の間にシュゼが泣いているところは見たことがない。


 泣いてるシュゼに釣られて俺たちも涙が湧いてきた。


 シュゼたちが大変なときに、俺たちはのんきに買い物してた訳だ。

 情けなくなる。

 心の底から悔しさを感じた。




 ▶▷▶▷▶▷




 翌朝。

 俺は重いまぶたを無理やり開けた。

 体を起こし、人口が1人足りない小屋の中を見回す。

 何だか、よく眠れなかった。

 窓から差し込む光も、今は綺麗に見えない。


 ベッドから降り、ミーヴとシュゼの様子を確認する。2人ともまだ寝ているようだ。


 起こさないのうに静かに着替え、小屋を出る。

 あんなことがあった後だ。

 わざわざ起こすこともない。


 しばらく歩き、俺はいつもの場所に来た。

 毎日俺、ミーヴ、シュゼで走り込みをしている池だ。

 軽く準備運動し、池の周りを1人で走る。


 いつも3人で走っていたと言ったが、ミーヴだけは俺とシュゼより短い距離だった。


 だから俺の隣を走っていたのはシュゼだけだった。

 いつもは横を見ればいるけと、今日はいない。

 代わりに広い池が最初に見える。

 日光に照らされて輝いている。


 そういえば、たまにヌィンダも一緒に走っていた。


 走りながら色々なことを話してくれた。

 2000年分の人生経験のこととか。

 俺たちも、ギルドで受けた依頼についてとか、他にも色々話した。


 そんな他愛もない話をしてる内に、だんだんヌィンダとの距離が離れていった。


 体力も無くなってきて、でもシュゼに煽られて、それでまた走って。

 ヌィンダに追いついたと思ったら、またすぐに抜かされて。


 楽しかったな。


「ん?」


 ふと気配を感じた。

 止まって、後ろを振り返る。


 そこには誰もいなかった。

 俺が毎日走っていた地面と、その横の池があるだけだった。


 気のせいか。


 そう思って前を向き直った。

 地面を蹴り、腕を振り、走り出した。


 走ると空気が顔に当たる。

 視界の端で水面が輝き、たまに眩しくて目を閉じる。


 ふと、風が吹いた。

 強い風が。

 俺を追い抜かしていくような風が。

 風が木葉を運び、何枚か俺にぶつかった。

 だが不快感は欠片もない。

 むしろ、何か嬉しいものを感じた。


 風は一瞬で通り過ぎた。

 通り過ぎる瞬間、『追いついてみろ』とでも言ってるようだった。


 俺はその風に追うように走り出した。




 ▶▷▶▷▶▷



 ―ミーヴ―



 目が覚めた。

 目は覚めたけど、体にはだるさが残っている。

 起きるのが億劫だ。

 そう思いながら毎朝見てた天井を見つめている。


 木で造られた焦げ茶色の天井。

 初めの頃は模様がちょっと怖かったが、いい加減見慣れたものだ。


「......」


 見慣れた天井から目を逸らし、寝返り打って横を見る。

 アルタはいなかった。

 ベッドにはアルタの寝巻きだけが置かれていて、その奥でシュゼの肩が上下している。


 アルタ、もう起きてるみたい。

 きっといつもの走り込みに行ってるのかな。


 起こしてくれても良かったのに。

 いや、多分気遣いで起こさなかったのか。

 昨晩たくさん泣いて疲れたし、起こさない方がいいって。

 アルタはそういうところがあるから。


 どうせなら、やっぱり3人で行きたかったけど、そもそも寝坊してる私が悪いんたから仕方ない。


 大体、3人で行ってもアルタとシュゼが先に行って、私はおいてけぼりだしね。


 少しずつだるさの抜けてきた体を起こして、ベッドを降りる。

 降りたら着替えて、いつもの格好になる。


 そして最後にエプロンをつける。

 私は家事担当だ、起きたら朝ごはんを作らないと。


 そういえば、私の料理をヌィンダさんは美味しそうに食べてくれてたっけ。

 シュゼみたいにがっついて食べる訳でもなかったけと、いつも美味しいと言ってくれた。


「魂術、火玉現象ファイヤーボール


 小さい火の玉を出す。

 焼き料理はいつもこうやって焼く。

 今はこの方が楽だからね。


 ヌィンダさんは、私たちに会う前は街で果物とか肉とか、適当に買って調理することもなくかじりついていたらしいから。


 私の料理を初めて食べたときは喜んでくれた。

 もちろん、それ以降も。


 他にも、魂術の特訓にも付き合ってくれた。

 内容は、私がヌィンダさんに魂術を撃つこと。

 ただそれだけ。


 最初のうちは迷ったりしたけど、私が撃った魂術は全部避けられるか、捌かれるかだった。

 だからそのうち迷いなく撃てるようになった。


 この半年、本当にヌィンダさんにはお世話になった。

 武闘大会のときは怖い人かもって思ったけど、そんなこと無かった。


 すごく強い人だったけど、すごくいい人だった。


「......よし」


 時間を有効活用するために、事前にお皿は出しておく。

 大丈夫、ちゃんと4人分用意する。




 ▶▷▶▷▶▷



 ―シュゼ―



 小屋を満たす飯の香りが鼻を通った。

 オレが起きたときには、ミーヴがいつものように飯を作っていた。


「おはよう、シュゼ」


 なんら変わらない、普通の口調だ。

 ミーヴはもうヌィンダへの悲しみを乗り越えたのだろうか。


「あぁ、おはよう」


 ベッドを降りたら、着替える。

 着替えながら気付いたのは、アルタがいないことだった。

 あいつも起きてるのか。


「アルタは、きっといつもの池に行ってると思うよ」


 ミーヴがこっちを見ることもなく言った。


「どうする? 追い掛ける?」


「......いや、いい。外で素振りしてる」


 今は1人になりたい。

 ミーヴの声色が少し悲しそうになった。


「そっか......行ってらっしゃい」


 オレは木刀を手に取り、玄関のドアをくぐった。


「スゥー、はぁー」


 庭の中央に立ち、深呼吸してから一閃振るう。

 木刀が空気を斬り、シュっといい音を立てる。

 その音が脳内で何度も鳴りながら、次の音が聴こえる。


 素振りしながら考えることは、ヌィンダのことだ。

 アイツはいいヤツだったと思う。

 大会で完全敗北したが、その後修行をつけてくれた。


 最初、オレはアイツをあまり信用していなかった。

 オレたちを強くするのは、あくまで自分が楽しむためだと思っていた。

 実際そうだったが、だんだん変わってきた。


 ヌィンダが変わっていくのに合わせてオレも変わった。

 それで、ちゃんと、本当に強くなれた気がした。

 強欲級マモンと同格程度だったのが、今では憤怒級サタンにも通じる強さになれた。


 ヌィンダのおかげだ。

 アイツはオレがこうやって素振りしてるときも、振り方を指摘してくれた。

 親父みたいに押し付けるようなやり方じゃない。

 オレを理解してくれた。


 アイツは強かったから、もしかしたら物陰からひょいと出て来てくれるんじゃないかと思ったりもした。

 が、結局朝になっても来ていない。

 本当に死んでしまったんだ。


 怒りが湧いてくる。

 殺意が湧いてくる。

 勝ちたい、殺したいという気が湧いてくる。


 だが、勝てるイメージは湧かない。


 なす術が無かった。

 気がつけば、目の前に奴の爪が迫っていた。

 走馬灯もハッキリ見た。


 だがあの時、オレはヌィンダが言っていた言葉の意味が分かった気がする。


『お前は攻撃的だ』


 攻撃的。

 防御の手が薄い。


 今まで、防御なんて最低限でいいと思っていた。

 オレは強い。先制すれば勝てると思っていた。


 だが違った。

 間違いだった。

 オレは今まで、格上に命を狙われたことなんて無かった。


 オレの戦い方では格上に一矢報いることはできない。

 戦いにおいて防御は重要だ。

 それをようやく理解できた。

 ヌィンダの死を代償に。


「......」


 しかし、オレは防御の仕方をよく知らない。

 この15年の人生で、防戦に回ったことなんて少ししかない。


 いつも、相手が隙を見せたら斬っていた。

 大会でヌィンダと対峙したときは、変な違和感があって斬れなかったが、とにかくいつもはそうしていた。

 15年間ずっとそうしていた。


 そんなことを考える間も、木刀はシュっと音を立て続ける。


「......あ」


 素振りが止まった。


 親父の顔が脳裏に浮かんだ。

 化天流。

 あれなら防御を学べる......か?


 だが......オレは親父を拒み続けた。

 化天流を拒み続けた。

 化天流が性に合わなかった。

 最悪の仲だった。

 今もそうだ。


「......いや」


 違うな。

 性に合わなかったから何だ。

 仲が悪いから何だ。

 ヌィンダを見殺しにしておいて何だ。

 命を奪われる恐怖は覚えたはずだ。

 アレを払拭するには、防御を学ぶしかない。

 化天流を覚えるしかない。


 たとえ親父に罵られようと、覚えてみせる。

 押し付けられても、なんとかしてみせる。


「ハァ、ハァ。お、シュゼ、起きたのか。おはよう」


 アルタが池の方から歩いてきた。

 少し息切れしている。

 ミーヴの予想通り、走り込みしてたんだろう。


「おう、ミーヴも起きてるぞ。中で飯作ってるもうすぐできるんじゃないか?」


「そうか。じゃあ、早く入ろう」


 オレたちは玄関のドアをくぐる。

 くぐる直前、風が吹き込んできた。



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