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転生できない少年は天世界で生きてみる  作者: だんごむしのピザ
4章 ある1日・シュゼ編
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第39話 舞い垂れる赤

 ナリアは普段と同じように寛いでいる。

 ミーヴが冒険者になって間もない頃は心配したものだが、半年もすればいい加減慣れるものだ。


 もちろん心配しなくなった訳ではない。

 今日会ったことにより、少しずつ心の奥にしまわれていた心配が一気にしまわれた。


 そして今日、ミーヴがアルタに告白したと言った。

 これも要因として大きい。

 たった1人の娘に恋人ができたのが嬉しいのだ。


(ふふ、結婚はいつになるかしら......)


 目を閉じながらナリアは考えていると、


「嬉しそうだな」


 バルシーが話し掛けてきた。


「当然よ。ミーヴの恋が実ったんだもの。嬉しいに決まってるわ」


「ハハ、そうだな......」


 バルシーは物思いに耽るように頷き、ナリアの向かいの椅子に座った。

 2人の間、ろうそくの火が揺れ動く。



 コン、コン、コン



 玄関のドアがノックされた。


「俺が出よう」


 バルシーは席を立った。

 そのままドアまで向かった。


 そして。


 ドアを。


 開けた。


「―――こんばんわぁ」


 ドアの前にいたのは、黒いローブを纏った少女であった。

 ローブのフードを深く被り、顔は見えない。


「こんばんわ。ウチに何か用かな?」


「ええ、少し入れて頂けませんか。疲れてしまいましてね」


 少女の声はやけによく聞こえる。

 他の誰の声も聞こえないような感覚に襲われる。

 黒いローブは夜の闇に紛れていた。


(旅人なのか? にしては荷物が無いが......)


「あなた、何を迷うことがあるのよ。入れてあげましょう?」


 ナリアがバルシーの後ろから出てきて言った。


「うーん、まぁそうだな。―――入ってくれ」


「はい。あ り が と う ご ざ い ま す」


 少女はドアをくぐった。

 その後ナリアに促され、椅子に座った。

 少女に対し、ナリアは機嫌の良さそうな声で話し掛ける。


「小さいのに旅なんて、大変ね」


「......はい」


 ナリアと少女の会話にバルシーが割り込んだ。


「ところで、君は旅人なのか?」


「まぁ、そんなところです」


「にしては荷物が無い用だが......」


 バルシーがこんなことを聞かなければ、事なきを得たのだろうか。

 少女の周りがどす黒い雰囲気で侵される。


「......ふふ」


 フードの下の見えない顔。

 その口元が上げられた。


変幻武色へんげんぶしき染爪せんそう』」


 少女はそう言い、フードの下に手を伸ばした。

 フードが降ろされ、顔があらわになった。

 桃色の髪と猫耳が目を引いたが、それ以上に目を引くものがあった。

 右目は眼球が抉られたような傷があり、右手には緑色の爪が指に嵌められていた。


「......あ、ア」


 バルシーも、ナリアも、瞬時に理解した。

 自分たちはとんでもない存在を迎え入れてしまったと。

 この少女は神官天使と同等の力を持った悪魔。

 嫉妬級レヴィアタンの悪魔だと。


「とりあえず、キミ邪魔ね」


 何かが起きた。

 少女の右腕にかけての輪郭がぶれた。

 それと同時、バルシーの頭が輪切りとなった。

 緑の爪は赤く染まり、肉塊が落ちる音がする。


「ア、あなた......ムぐっ!?」


「ねぇ、聴こえてるでしょ」


 少女はナリアの口を塞ぎ、語り始めた。


「キミの仕事覚えてる? 『天世界の監視と伝達』だよ? 半年前、よくもあんなヘマしてくれたよね」


(な、何を言って......)


 ナリアの目に涙が浮かべられる。


「キミの魔術、『魔再天生卵まさいてんせいらん』だっけ。死ぬとランダムな天使の体に寄生して、1年後復活するっていうやつ」


 恐怖。

 生涯の内に感じることもないような圧倒的恐怖がナリアを包み込んだ。


「でも、復活までの1年の間に寄生先の天使が死んだらキミも死ぬ。......もう察したかな?」


 ナリアの頬に爪が当てられる。


「じゃあね」


 頬に当てられた爪が、走った。

 ナリアの視界は暗くなる。


(ミーヴ......幸せに......)


 それがナリアの最期の思考であった。




 ▶▷▶▷▶▷




 時間が経っていた。

 空は黒く染まって行き、顔を撫でる風はだんだん冷えていく。

 街行く人々は減り、露店を出す商人は店を畳む者が多い。


 シュゼがザルトを倒してから数時間が経つ。

 あの後、シュゼは冒険者ギルドに出向いた。

 だが依頼を受けに行った訳ではない。

 ただ少し、ふて寝しに行っただけだ。


 冒険者がギルドで寝ていることは珍しくない。

 だからこそ、誰もシュゼを見て起こすことはなかった。


 シュゼは目的地を持たずに歩を進めていく。

 あまりいい顔色をしていないのか、たまにすれ違う者が顔を覗き込んだりしてくる。

 それが鬱陶しく感じ、路地裏に入り込んだ。


 路地裏は暗い。

 街灯の明かりが届かず、街道と比べて狭い道は木箱や樽でより狭くなっているところもある。


 シュゼは何も考えずに暗い道を進む。


 シュゼは今日、ザルトを倒した。

 念願叶った、とでも言うのだろうか。

 化天流を押し付けるザルトを、化天流を覚えぬ自分の力でねじ伏せた。

 自分の強さを証明できた。


 それを考えると、シュゼの拳に力が込められることが分かる。

 怒りではない、嬉しさによるものだ。


「た、助け―――」


 ふと、シュゼの耳にそんな声が届いた。

 直後、血肉が落ちるような音が路地裏肉響いた。


(何だ......?)


 音はこの先で聞こえた。

 シュゼの少し前には分かれ道がある。

 その手前に立ち、道の先の様子を伺う。


「うーん、お説教(アレ)じゃ物足りなくて殺したけど、やっぱり足りないかなぁ」


 伺った先には少女がいた。

 こちらに背を向けていて顔は見えない。

 見えたのは黒いローブを纏う姿と、右手に嵌められた緑色の爪だけだ。


 その足下には盗賊のような男たちの体が横たわっている。

 首より上が無い肉塊たちだ。


嫉妬級レヴィアタン......! どうする、今なら逃げられ)


 シュゼの眼前に爪が迫っていた。


 死。

 シュゼの脳裏にそれが鮮明に浮かんだ。


 剣に手を回すことはできない。

 その前に死ぬ。

 避けることはできない。

 その前に死ぬ。


(あ)


 路地裏に、血飛沫が舞った。




 ▶▷▶▷▶▷




 路地裏に転がる肉塊たち。

 その中央に佇むローブの少女。

 少女ね右手の緑色の爪。

 それがシュゼの目の前に振るわれたこと。


 全て事実であった。

 だが、シュゼの脳裏に浮かんだほんの数秒後の未来。

 それだけは事実とならなかった。


「―――ゼ!」


 シュゼは目を見開き、尻もちを着いていた。

 こんなことは初めてだった。

 恐怖に屈していた。


「シュゼ! 立て!」


 ようやく耳が音を拾った。

 シュゼと少女の距離は離れていた。

 その間に女が立っていた。

 片腕を失い、断面から血をだらだらと垂らすヌィンダがいた。


「逃げろ!」


 ヌィンダの形相は必死であった。

 半年の間見ることの無かった、余裕など皆無の顔。


 シュゼは体に力を入れる。

 腰の抜けてかけた体に無理を言わせ、立ち上がる。


 必死の思いで駆けていった。

 敵に背を向け、無様に走るなど屈辱の極み。


 だが、今それは関係なかった。




 ▶▷▶▷▶▷




 ヌィンダは腕を押さえる。

 押さえた腕に血がつき、生臭い臭いが鼻をつく。


(全く、見つけたと思ったらこんな化け物に相対してるなんてな......)


 服の一部を破り、止血しながら口の中で呟く。


 ヌィンダはザルトの元を去った後、シュゼを探していた。

 通行人に聞き込みをし、帯刀した金髪の者が路地裏に入ったことを知った。

 暗い路地裏を歩き回っていると、シュゼと少女を見つけた。


 間に割り込み、シュゼを跳ね飛ばした。

 代償に、片腕が飛んだ。


「止血、終わった?」


 少女が余裕に満ち溢れた声で聞いた。

 片腕が消し飛んだヌィンダを、嘲笑うようだった。


「あぁ、終わった」


「そ、じゃ―――」


 少女が言い終わるよりも前、ヌィンダは踏み込んだ。

 踏み込み、少女に拳を振るった。


 少女はそれを、いとも簡単に回避した。


「ちょっと、ボクまだ話してたじゃん」


(魂気で覆った私の腕も簡単に斬られた。私では勝てないか......

 逃げたいところだが、そうすればコイツはシュゼの元へ向かうだろう。私がシュゼを担いで逃げても......共々殺されるのがオチか)


 諦めるような言葉を心の中で吐き、ヌィンダは構えた。


(私が全力で、シュゼの逃げる時間を稼ぐ......!)


 500年前の弟子にしか見せたことの無い、本気を出す証拠となる構え。

 そこに普段の静かさなど欠片もない。


(......まぁ『弟子を守る』目的ができたのは、良かったかもな)


 ヌィンダが少女に攻撃を仕掛ける。

 少女がそれを簡単に避け、ヌィンダを軽く小突く。


 そんなことが何度も繰り返された。

 繰り返される度、ヌィンダの命が削られた。


 爪が腕を、足を、腹を、頬をかすめ、赤い線が描かれる。


 ヌィンダは技術を持っている。

 ヌィンダは経験を積んでいる。

 全て2000年の人生で培ったものだ。


 それらを駆使して少女にダメージを入れようとする。

 しかしできない。

 間合いを調整し、自分の土俵に持ち込んでも。

 フェイントを掛け、相手の動揺を誘っても。

 どうしてもできない。


 何をしても、確実に傷を増やされる。


 やろうと思えば、さっさとヌィンダを斬り捨てることもできたはずだ。

 だがしない。


 少女はこの戦いを楽しんでいた。

 ヌィンダが少女にダメージを入れようと瞬時に工夫し、それを簡単に打ち壊す。

 この状況を楽しんでいた。


 それほどの余裕があった。


 何故そんな余裕があるかと言えば、少女が2000年を越える歳を生きたか。

 あるいは、技術や経験を踏み潰すパワーか。


 そしてついに、少女の気が変わった。

 それはヌィンダのオワリを意味した。


「そろそろ飽きてきちゃった。バイバイ」


「はぁぁぁぁああ!」


 最期の叫びであった。

 緑色の爪は、ヌィンダの四肢を斬り、首を落とした。




「さて、コレ(・・)が大声で叫んじゃったし、早いとこかーえろ」


 少女は屋根の上に消えた。

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