第37話 店主の孫
「で、シュゼ。いくら貯まった?」
「銀貨3枚」
「3枚か。それなら店に行こう。腹、減ってるだろう?」
ヌィンダとシュゼがいくつかの依頼をこなした後、2人は街を適当に練り歩いていた。
強欲級討伐依頼が2つ。
暴食級討伐依頼が3つ。
特に苦戦することもなく、5体の悪魔を倒した。
シュゼの腹が鳴った。
「まー、確かに。じゃあ行こうぜ。どこの店なんだ?」
「この前上手い所を見つけたんだ。ついてこい」
▶▷▶▷▶▷
「ここだ」
ヌィンダが連れて来た場所は老舗であった。
ひっそりとしていて、汚れた壁は年期を感じさせる。
「古いとこだな」
しかしシュゼの目にはそう映ったらしい。
店主に聞こえなかったのが幸いである。
「歴史があると言ってやれ。入るぞ」
「おう」
店の扉を開け、シュゼたちが入店する。
中は古風な雰囲気が広がっており、木の匂いが鼻をつく。
だがそれは不快感を感じさせるものではない。
1つ残念なことがあるとすれば、店ががらんどうということか。
昼食の時間を過ぎたとはいえ、客の姿は見えない。
「いらっしゃいませ」
店主と思われる老人の声がする。
厨房に目を向けると、頭の寂しい老人が料理をしていた。
老人の声と言ったが、老いはそれほど感じぬ通った声だ。
「お好きな席にどうぞ」
シュゼたちはそれぞれ椅子に座った。
向かい合う形となった。
「どれにする? これとかどうだ、前来たときに食ったが旨かったぞ」
「ふーん、じゃあそれにすっか。おーい爺さん!」
シュゼが店主呼ぶと厨房から店主......ではなく、奥から少女がトタトタ走って来た。
明るい茶髪と花柄の三角巾が目に付く、ミーヴよりも遥かに幼い子供であった。
「ん、何だお前」
と、シュゼが聞くと
「すみません! 注文と配膳はわたしの担当なんです。今は少し席を外していました。改めて、ご注文をどうぞ」
とのことだった。
シュゼとヌィンダはそれぞれ注文を伝えた。
「―――かしこまりました。お爺ちゃん! 注文入ったよー!」
少女は厨房に向かってトタトタ走って行った。
「―――あの子は店主の孫だそうだ。客の少ないこの店で、祖父のために頑張ってるんだと。健気なものだよな」
ヌィンダは厨房の奥を見ている。
緩むことの増えた口元はまた緩み、立てた腕に顎を乗せて見つめている。
「お前、大会のときから変わったよな、ヌィンダ」
「あぁ、お前たちのおかげでな」
即答であった。
ヌィンダに合わせて、シュゼもそちらを向く。
厨房で、先程の注文を伝える少女と、それを聞く店主の姿が見える。
少女の表情はやる気に満ち溢れ、店主の方は嬉しさが伺える。
(オレもあんなジジイがいたのかな......)
それから時間が経ち、少女と店主が料理を運んできた。
少女は自身の胸ほどの高さの机に、1つ1つ丁寧に皿を置いて行く。
「孫が配膳は自分の仕事だと言っていたが、いいのか?」
「いいんですよ、ヌィンダさん。どうせ客はほとんど来ませんから」
「前来たときもそうだったが、少ないのか? 客足」
「ええ、来るのは何人かの常連さんだけです。ですがお客様がいる限り、この店を潰す気などありませんよ。ヌィンダさんのような方が足を運んでくれる限りね」
店主がそう語る間、少女は頬を膨らませていた。
「お爺ちゃん! わたしがお客さまを増やしてあげるって言ったでしょ!」
「ほっほっほ、そうじゃったな。この店はお前に継いで欲しいもんじゃよ」
「うんっ!」
ヌィンダが少女を見る。
「かわいい孫だな。健気で無邪気で、よくできてる」
「ええ、いい子ですよ。とっても」
と言って、店主は少女を撫でる。
「えへへ」
「ヌィンダさん、ところでそちらのお嬢さんは?」
「私の弟子、シュゼだ。あと2人、アルタとミーヴってのがいる。そいつらは先日くっついてな、私とシュゼの2人で来た」
「そうですか。それはいいことですのぉ」
「お爺ちゃん、ずっとお客さまの前にいたら失礼だよ」
「おっと、確かにそうじゃな。ではヌィンダさん、シュゼさん。ごゆっくり」
最後は、2人でペコリと頭を下げてから去って行った。
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シュゼとヌィンダが雑談しつつ食事をとっていると、店の扉が開いた。
扉の前には、1人の男が立っていた。
黒髪で、彫りの深い顔立ちをした男だ。
「いらっしゃいませ!」
先程の少女が男に向かって走り、頭を下げた。
男は穏やかな顔を浮かべてそれに対応した。
しかしその穏やかな顔はすぐに消え失せ、眉間にしわがよって行く。
店主が来た。
「ザルト様、いらっしゃいませ。本日もいつものでしょうか?」
「......あぁ」
「では! お好きな席にお座り下さいっ!」
「......あぁ」
男の名はザルト。
ザルト・ガージット。
彼はこの店の常連の1人であった。
ザルトがシュゼに目を向け歩く間、シュゼもまたザルトを見ていた。
互いの睨みの目が絡まっていた。
絡みを断ち切ったのはザルトの方であった。
ザルトは表情を取り繕い、少女を呼んだ。
「ちょっといいかい」
「はい?」
「申し訳ないんだが、注文は取り消してくれ。今日はすぐに帰らせてもらう」
「......? 分かりました。お爺ちゃーん!―――」
少女が厨房に戻ると、ザルトの表情から穏やかさが消えた。
座っていた席を少々雑に立ち上がり、シュゼたちの座る席に近づいて行った。
「シュゼ......」
「親父......」
ザルトはシュゼを見おろしつつ、シュゼは見上げながらも睨みつつ、互いに聞こえるように呟いた。
この店に他の客がいれば、なんだなんだとざわめいただろう。
「生きていたんだな。てっきりどこかで野垂れ死んでると思っていたぞ」
突き放すような声色であった。
半年ぶりに会う家族の雰囲気ではなかった。
「そんな頑固頭で、よく生きてられたなクソ親父」
それはシュゼも同様であった。
そして、この会話を静かに聞く者がいた。
「お前は、シュゼの父親か?」
ヌィンダである。
威圧も殺気も欠片も込めない普通の声で聞いた。
しかしザルトは場の雰囲気故か、少々勘違いしたらしい。
ヌィンダに攻撃的な口調で返した。
「貴様こそ誰だ。何故俺の息子と一緒にいる?」
ザルトの攻撃的な口調などものともせず、ヌィンダは答える。
「私はシュゼの師匠になった者だ」
ヌィンダのその言葉に、ザルトは鼻を鳴らした。
そして続ける。
「シュゼ」
「あ?」
「来い」
「あ?」
「帰って来いと言っている」
ザルトの低い声音に、シュゼは眉1つ動かさず吐き捨てる。
「......嫌だ」
「何だと?」
「化天流を無理やり押し付けんだろ? 嫌に決まって―――」
「シュゼ!」
ザルトが手を振り上げ、シュゼに向かって振り下ろす。
しかし、シュゼが叩かれ、音が響くことはなかった。
いつの間に移動したのか、ヌィンダがザルトの横に立っていた。
ヌィンダの手は、ザルトの手を掴んでいた。
「シュゼ、剣は抜くな」
シュゼは剣に手を掛けていた。
自分を叩く手をは跳ね飛ばすつもりだった。
「は、離せ!」
「あぁすまない。今離す」
ヌィンダは手を離し、シュゼを挟む形になるようにザルトの反対側に立つ。
そして言った。
「なぁシュゼ。行ってみてもいいんじゃないか?」
「あん?」
シュゼはヌィンダに言われ、考える。
やはりシュゼとしては行きたくない。
化天流を無理やり押し付けてくるザルトが嫌いなのだ。
「......」
しかし、同時にこのようにも思っていた。
ザルトを見返すチャンスだと。
化天流など極めなくとも、強さは高みへ届くと。
「......分かった。行く」
「なら早く着いてこい、シュゼ。だがそっちのお前は......」
ザルトはヌィンダを見た。
特に何をするでもなく、立っている。
とてもシュゼの師匠が務まっているようには見えない。
だがこの女は自分が気づかぬ間に手を掴んだ。
それなりの強さはありそうだ。
「......まぁいい。来たけりゃ来い」
「あぁ、そうさせて貰おう」
代金を支払い、3人は店を出た。
不思議そうに見つめる少女を背に。




