表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/111

第27話 軌跡

 



 天世五魂神が1柱、破壊神様の暴走。

 天世界中は絶望と混沌に満ちた。


 創造神様、時空神様、生命神様、閻魔神様。

 この方々が総力を上げ、彼の方の暴走を止めるために戦った。


 山は粉塵と化し、海は1滴の雫の如く消え、森林は火薬のように爆発四散、空はおぞましく歪み裂けた。


 まさに神の戦。


 終戦のとき、天世界には何も残っていなかった。


 見渡す限りの更地に、血の雨が降り続けていた。

 死体もほとんど無かった。

 無論、死人が出なかった訳ではない。


 ほとんどの者は、死体すら残らず消し飛んでいた。

 自分の周りで何が起きたのかも分からず。


 たった今行うその行動が死に様になるとも知らず。

 それが最期のまばたきとも知らず。

 最期の租借とも知らず。

 最期の発声とも知らず。


 だというのに私は、幸か不幸か生き残った。

 生き残ってしまった。

 いっそ、巻き込まれて死んでた方がマシだった。


 全身が真っ赤に染まり、自分がどこにいるかも分からず、途方に暮れていた私に掛けられた言葉。


 生涯忘れるはずの無い、全てが始まった、

 奴の言葉。



 奴はルシフェルと名乗った。



 奴は私を拾った。

 天世界の裏側の世界、魔裏界まりかいに連れていった。


 思えば奴と初めて交わした言葉だって、何て言っていたか。


 でも私は思考力など皆無に等しい状態だったから、何も考えず付いていったんだ。


 それからのことは、思い出したくもない。


 奴には配下がいた。

 あいつらは主が連れてきた私を見て様々な視線を向けた。


 疑問、興味、無関心、嫌悪、驚嘆。

 ただ全員の頭にあったのは、不快感だろう。


 身なりは酷く、血液の悪臭がする私は不快だったろう。


 あいつらは主に命じられ、私を調べた。

 天使の肉体を調べた。


 人道? 道徳? そんなのはない。


 肉を裂き、骨を砕き、仕組みを淡々と見ていた。


 ある日、口を開かれ、全ての歯を歯茎ごと抜かれた。


 ある日、爪を1枚1枚ゆっくり剥がされた。

 片手間に眼球を抉られた。


 ある日、全身の間接が溶けてくっつく毒に犯された。


 ある日、全ての間接を1つずつ、逆向きに動かされた。


 ある日、肺を水で満たされ、口も鼻も塞がれた。


 理由なんか知らない。


 ただ、五感の全てが最高最大の恐怖を発していたのは覚えている。

 叫ぶ私を、騒音をばら撒く畜生のように蔑む、あの目も。


 そして、絶対に死ねなかった。

 死のうとすれば阻止された。

 いつもいつも、あいつらに無茶苦茶された後はルシフェルに治された。


 治されるときだって、地獄だった。


 再生能力を無理やり稼働させられているような、毎秒絶え間なくのし掛かる激痛。


 意識が飛ぶことはなかった。

 それもどうせルシフェルの仕業だ。


 そしてついにやられた。


 発端は何だったか、羽を出せと言われた。


 命令通り羽を出した。

 逆らうなんて選択肢、遥か昔に消えていた。


 羽を出した時、奴は羽を掴んだ。

 そしていとも簡単に羽を抜き取った。


 一瞬の痛みは永遠と錯覚しながら感じた。

 羽と背中の筋肉を結びつける無数の筋や神経がブチブチっと休む間もなく襲った。


 しばらく動けなかった。


 久しぶりに流れた涙はしょっぱかった。

 背中に血が流れる感覚が気持ち悪かった。

 風が肉を撫でる度に吐いた。

 目の前に投げ捨てられた自分の羽だけがボヤけて映っていた。



 以降の日々は地獄を越える地獄だった。


 痛くて、痛くて、痛くて。


 痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて。


 でも絶対に死ねない。


 そんな日々が延々と続いていた頃、殺しを命じられた。


 人形わたしは従った。

 天世界の、適当な一家の元に連れていかれ、その一家を皆殺しにした。


 簡単だった。


 奴は足下に死体を転がす私の様子を見て笑っていた。

 心の底から汚く下劣で忌々しい笑い声だった。


 そして魔裏界に帰ったとき、私は逃げた。

 人世界に続くという水晶に向かって走った。


[私]は死んでたけど、生物としての本能がかすかに生きていたのかもしれない。


 体は勝手に動いた。


 魔裏界(地獄)から抜け出す。

 それ一心に走った。


 ルシフェルは私を見逃した。



 配下共の話で聞いたことがあった。

 ルシフェルは1度死んだ身。

 魔力で無理やり動いてる状態だと。


 ひどく苦しそうにうめき声をあげていた。

 うめき声の1つ1つが私に希望(ちから)をくれた。


 周りの配下共が集まってきて、全員ルシフェルに集中していた。


 おかげで逃げることができた。




 そして逃げた先の人世界。


 そこで何千年か生きた。

 そこでも辛い目に遭うことはあった。


 魔裏界と比べれば欠片も苦しくなかったけど。


 でも、それでも、あの人の目には可哀想に映ったのだろう。

 彼は私を気遣ってくれた。

 その気遣いは少しずつ愛に変わっていった。


 彼の愛は私を蘇らせた。


 私も少しずつ彼を愛していった。



 そして私たちは結婚した。

 結婚して子供もできた。


 子供にはアルタと名付けた。


 毎日が尊かった。

 久しく忘れていた感情を毎日感じた。


 そんな、長い人生の中で一番楽しかった時期。

 ほんの20年くらいの短い年月。




 それは簡単に消え去った。


 いつものように家事をこなして家で過ごしていたら、玄関のドアが叩かれた。


 思えばこのドアを開けなければ楽しい日々は続いたのだろうか。


 いや、私が開けなければ向こうが勝手に開けただろう。


 ドアを開けると、男が立っていた。

 どこか見覚えのある男だった。

 大昔に見た気がしていた。


 そして男を中に入れたとき、男は私の首を掴んで持ち上げた。


 訳も分からずもがいていると、男と目が合った。


 憎しみに満ちた殺意が私を見ていた。

 その時、男が誰なのか思い出した。



 私が皆殺しにした家族の顔だった。



 1人だけ殺し損ねていたのだろう。

 それで私に復讐しに来た。


 それが分かったとき、私はもがくのを止めた。

 私はこの男に殺される義務があると思った。


 そして私は腕を広げて胸を差し出した。

 男は物足りないような顔をしたが、私の胸を貫いた。


 しかし、しかし、その時帰ってきてしまった。


 私の息子。


 たった1人の息子。


 アルタが玄関に立ち尽くしていた。


 私は最後の力を振り絞ってアルタに逃げるように叫んだ。


 そこで私の力は抜け落ちた。

 アルタに向けて伸ばした手は無機質に床に叩きつけられた。


 でも意識は残っていた。

 天使は、魂が強い者は消滅するまで意識は残る。


 アルタの後ろに、私を生き返らせた人。

 愛する夫が拳を振るわせて立っていた。


 私は叫ぼうとした。

 でも無理だった。

 私に残されていたのは、家族を皆殺しにされる惨情を見ることだけだった。

 体は動かないから、目を閉じることも背けることもできない。


 そしてアルタが叫んだ。

 叫んで男に向かって行った。





 嫌だ。

 嫌だ嫌だ嫌だ。

 私をどうしてもいいから、私のことをぐちゃぐちゃに引き裂いても、晒し首にしてもいい。


 死んだ後も苦しみ続けていい。

 かつての魔裏界を越える苦痛も甘んじて受け入れるから。


 だから、せめてアルタだけは殺さないで。


 そんなことを考えるのが許される立場じゃないことは分かっていた。


 私だって男の家族を皆殺しにした。

 でも、それでも。

 許されなくても、沈んで行く意識の中で叫び続けた。


 でも、私の思いは簡単に踏みにじられた。


 私たちの息子。




 意識の底で、アルタがブチブチっと裂ける音を聞きながら。




 私の魂は消滅した。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ