第20話 依頼手伝い
この小屋に来て2ヶ月くらいか。
俺たち3人は修行している。
ヌィンダから見込まれて、受けることになった。
ミーヴだけは1人でひたすら本を読んでいるけど、この場所に魂術を扱う者はミーヴしかいないから仕方ない。
そして俺たちは冒険者でもある。
しかしそれは資金集めのためだった。
この前の大会で賞金を得て、しばらく依頼を受ける必要も無かった......はずたった。
「―――で、ヌィンダさん。カジノ、楽しかったですか?」
「いや、その......」
ミーヴがヌィンダを問い詰めている。
ヌィンダは強者の風格など欠片もなく、目が左右に泳いでいる。
正座して縮こまったヌィンダを見ても、とても大会優勝者には見えないだろう。
「私たちの天貨、どうなりました?」
「全部......無くなった」
ヌィンダは今日もカジノに行った。
俺たちが賞金として得た天貨を持ってだ。
普段はこんなことしないのだが、どうやらカジノで賭け友達と勢いで約束してしまったとのことだ。
「まったく、趣味を嗜むのは勝手ですけど、自分のお金でやってくださいね」
「......はい。ごめんなさい」
ヌィンダが力無く頷いた。
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そんな訳で俺たちは冒険者ギルドに来た。
ウドレストではなく、サトゥーアの方。
金貨はまだあるが、買い出しとかその他の支出を加味するとすぐに無くなる、
というのがミーヴの考えだった。
相変わらず人が多い。
力比べをしている者。
それを見て賭け事をしている者。
それを無視して食事をとるもの。
それを賭け事に誘う者。
それを力比べに誘う者。
彼らを横目に、依頼掲示板の前に立つ。
「どれにする?」
「これだ、強欲級悪魔の討伐!」
シュゼは迷わず討伐系の依頼をとる。
相変わらず、といったところだろうか。
依頼書を取ったらとっとと受付に走っていって、
とっととギルドから出ていってしまった。
「じゃあ私は......これにしよっかな」
ミーヴが手に取ったのは捜索系の依頼だった。
「じゃあ俺は......そうだな......」
どれにしようか。
俺も2ヶ月で結構強くなったつもりだ。
でも魂気の操作もまだ不完全なところがあるし、
練習がてら悪魔討伐でもやろうか。
強欲級......はシュゼが取ったやつしか無い。
じゃあこっちの暴食級にするか。
色欲級だと弱すぎる。
「―――ねぇアルタ、何か見られてない?」
「え?」
ミーヴに言われて振り向いてみると、確かに数人の冒険者がこっちを、俺たちを見ていた。
どうしたのかと思っていると、そのうちの1人が話し掛けてきた。
眼鏡が特徴的な金髪の、穏やか気な男だ。
「武闘大会で2位になったっていう冒険者は、君かい?」
「え? はい」
俺がそう答えると、彼は驚きと安堵の表情を浮かべた。
「おぉそうかい。最近噂になってたよ?
有望な新人が2ヶ月どこのギルドにも姿を見せないからね」
「あ、なるほど」
そういうことか。
大会で2位を取った新人冒険者、強欲級も倒せる。
そんなやつが2ヶ月姿を見せなければ、怠惰級が出た可能性とか出てくるだろう。
実際はヌィンダに弟子入りして修行してただけだが。
そうか、じゃあこれからもせめて1週間に1度くらいはギルドに顔出そう。
「ん? そっちの子はパーティメンバーかい?」
彼はミーヴに目を向ける。
その目にちょっとだけ萎縮してミーヴは答える。
「はい、アルタのパーティメンバーのミーヴです」
「ミーヴちゃんか。これから依頼かい?」
「はい。アルタ、行ってくるね」
「あぁ、行ってらっしゃい」
ミーヴはシュゼとは対照的にゆったり歩いて受付に向かった。
「それで、何か用件が?」
「あぁ、少し大変な依頼を受けてね、強い者を集めてるんだ。勿論報酬は分配する。頼まれてくれるかい?」
「はい、いいですよ」
悪魔討伐に行こうと思ってだが、それはまた今度でいい。
「そうかい、ありがとう。僕はヘブアルだ、よろしく」
「アルタです。よろしくお願いします」
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「ちなみに、そのリーダーってどんな人なんですか?」
「パーティの資金をカジノに持ってくクズ女さ。
まぁ、増やしてくることも多いんだけどね」
......ヌィンダと気が合いそうだ。
ヌィンダは減らす方が多いけど。
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サトゥーア領の南、東方平原。
1人の冒険者がそこに向かっていた。
短い金髪に青い瞳。腰に携えた剣は、彼女の強さを誇示している。
名をシュゼといった。
シュゼは馬車に乗り、
サトゥーア領の外に向かう馬車を乗り継ぎ、
東方平原に着いた。
シュゼは歩く。
周囲をキョロキョロしつつ、広い平原に1歩1歩歩を進める。
今回受けた依頼は、強欲級の悪魔の討伐。
シュゼの十八番である。
シュゼは考え事をしていた。
アルタのことである。
2ヶ月前、シュゼはアルタに裸体を晒した。
以降、アルタは模擬戦で手加減するようになった。
同年代の女子を殴るのは気が引けるとのことだ。
シュゼはそれに気にせず自分と戦えと返した。
以降アルタは攻撃はするようになった。
しかしそれだけだった。
明らかに威力が弱かったのだ。
「......」
シュゼは剣を抜き、手近にあった1本の木を斬った。
木はピキ、ボキと音を立て、最後は低い音で倒れた。
「はぁ......」
シュゼはため息をつく。
アルタに、どうしたら本気を出させられるのか。
最近の模擬戦は、シュゼが勝っている。
何度かアルタが勝ったこともあったが、それはどちらかというとシュゼが勝たせた、と言うのが正しい。
シュゼは、互いに本気でやり合うことを望んでいる。
会った当初、シュゼはアルタを見くびっていた。
しかしその考えは払拭された。
自分を一瞬で倒したヌィンダと、アルタは戦うことができた。
シュゼはそれを受け入れ、本気のアルタに勝つことを目指した。
シュゼが女と判明する前は、彼女はアルタに勝ったことが無かった。
シュゼが女と判明した後は、彼女はアルタに勝ったことがあった。
しかしシュゼが望むのは本気のアルタ。
今の手加減された状態で勝っても、嬉しくないのである。
「どうすりゃいいんだ」
そんなシュゼの呟きに答える声―――
鳴き声がいた。
「ガルル......」
黄色の色石を持つ悪魔。
狼に近い姿をした、黒い毛並みの強欲級悪魔である。
「ガウッ!」
悪魔がシュゼに飛び掛かる。
黒く染まった毛並みがキラリと光った。
「ふっ!」
シュゼは剣を振った。
悪魔の首目掛けて、当然殺すつもりで。
そして悪魔の首は胴と泣き別れとなった。
肉塊が落ちる音が2回続く。
「これで終わりか? じゃあギルドでまた違う
依頼でも......いや、あの力比べに参加してもいいな」
シュゼは気づいていなかった。
悪魔の体が溶け出さないことに。
黄色い色石が、白色に染まって行くのを。
悪魔が怠惰級に変異していくのを。