第2話 転生......
俺は真っ黒な場所にいた。
見渡す限り黒い。
壁も床も天井も見えない。
が、暗い訳じゃない。自分の体はくっきりと見える。
そんな異様な場所。
そして、俺の前には、女がいた。
白い服に、白い跳ねを生やした、"天使"と呼ぶのが相応しい姿。
「......思い出しましたか?」
そうだ、思い出した。
俺はあの男に、あの天使に殺された。
「......はい」
「そうですか、では参りましょう」
女は―――天使は淡々と言った後、背中を向けて歩きだす。
怖い。
こいつからは俺たちを殺したあの天使のような殺意は微塵も感じない。
だが、あの羽が恐怖を掻き立てる。
返り血で赤く染まった白い羽を思い出して、思わず吐きそうになる。
よろけた瞬間、声がした。
「お~、見つけた?」
声の方を向くと、この天使よりも小さい、少女がいた。
俺と同じくらい背丈の、16か17くらいだ。
ポケットに手を突っ込んで歩いてくる。
全体的に黒い上着を着ていて、内側には白いシャツ。
髪は短めのサイドテールの白髪で、瞳は深い緑色。
「はい。今からそちらへ向かうところでした」
天使は跪いてから言った。
誰だ? この子。羽も無いし、天使じゃなさそうだが、何か、それ以上に、異様なものを感じる。
俺が色々考えていたら、少女が口を開いた。
「そ、ありがと。さて、キミは......まだ15か16くらいだったかな? まだ子供なのにのにここに来ちゃうなんて、残念」
少女がこっちを向き、明るい口調で言った。
しかしその言葉には、どこか悔しさを感じた。
「あ、俺背は低いけど一応成人はしてる」
「あぁ、そっか。あの世界は15で成人だっけ」
深い緑色の目が闇色の空間を見つめている。
「命は成長して、衰えた先に終わりを迎えるのが―――いや、こんな話じゃないか。この子はボクが連れてっちゃうから、キミは他の子探してて」
「承知致しました」
そう言われると天使は、その白い羽を広げ、飛び去った。
「さて、じゃあボクたちも行こっか」
くるっと背を向け、歩きだした少女に、俺は慌ててついていく。
▶▷▶▷▶▷
「―――キミさ、なんで死んじゃったの? 病気? 事故?」
「え?」
向かう先も分からないまま少女についていってると、不意にそんなことを訊かれた。
「答えたくなかったら、別にいいけどさ」
彼女なりの気遣いか、つけ加えて言った。
病気、事故。
そんなものだったら、まだ納得できたのかもしれない。
「―――殺された」
「......そっか」
少女はそれ以上何も言わなかった。
足音の聞こえない道のりが、異様に長く感じた。
「なぁ、俺、どこに向かってるんだ......?」
「ん? あ、言ってなかったね。閻魔神のところだよ。そいつが君の処遇を決めるんだ。まぁ殺されたってんなら、地獄には行かないと思うよ」
「そうなのか......」
少女は俺が返事をする前に向き直って、髪を揺らしながら歩き続ける。
「あ、ほら、見えてきたよ。あのドアの向こうにいる」
少女は指を指し、小走りでそこへ向かう。
俺も慌てて追いかける。
少女が扉に手を掛ける。
扉の後ろ側を見てみると何も無いように見えた。
が、そんなことはどうでもよくなる程に、扉には存在感があった。
ガチャン
扉が開いた。
▶▷▶▷▶▷
そこは全体的に赤い部屋だった。
しかしあの溜場との違いは、明確に床と呼べる床があることだろう。
俺は地面に足が着いている感覚を懐かしむ。
「生命神、何も言わずに出ていかないでください」
その声で我に返り、見上げると、1人の青年が青い瞳でこっちを―――いや、生命神と呼ばれたこの少女を見ていた。
この人が閻魔神だろう。顔立ちは優しそうで、知性的な雰囲気だ。
「ごめんって。すっごい暇だったからさ」
横を見ると、生命神が頬を膨らませていた。
「はぁ、なぜ8代目の私が、6代目のあなたを叱るのでしょうか......まぁいいです。そろそろ閻魔裁判を始めます」
閻魔神が俺に右手を向けた。すると、左手の方に数枚の資料が出てきた。
始まった。生命神いわく、俺が地獄に行くことはないらしいが、やはり少し心配だ。
「アルタ。376番世界、アセラクト王国の外れの村に生まれる。幼少期から父より稽古を受け、周囲からの評価も高く―――」
閻魔神は資料を読んで、判断材料を揃えている。
生命神はというと、部屋の隅で俺の生前の記録を聴いて、安心と悔しさが混ざったような頷きを何度もしていた。
「明確に大きな悪行は積まず、稽古期間中は小さな善行を数多く積み―――」
生前の行いを聴いていると、父さんと母さんとの思い出がよみがえる。
父さんと母さん―――そうだ。
「あの!」
「はい、何か間違いが?」
「いえ、ただ、俺の父さんと母さんもここであなたに処遇を決められたのかと思って」
「あなたの両親?......私は見ていませんね。」
閻魔神は少し考えてから言った。
「それはともかく、あなたの処遇が決まりました。あなたの人生は転生行きに当たります」
「転生......?」
「はい、残念ながら天国に行く程の行いや辛い人生はありませんでしたので」
「いや、そうじゃなくて、転生できるんですか?」
「はい?」
お互いに不思議そうに見つめ合う。
沈黙を破ったのは、生命神だった。
「あ、いけない。地獄のことしか話してなかったっけ。ごめんね」
生命神は、軽々しい声色で一応謝罪した。
「全く、あなたはいつも―――」
「ままま、お叱りはあとで。―――ほら、転生するってことならこっち来て、頭出して」
そう言って彼女は手招きする。
俺は言われた通り彼女の前に立って、頭を差し出した。
彼女の手が、俺の頭にポンと乗る。
「転生したら、前世の記憶は無くなるよ。たまに例外の子もいるけど、あんまり無い。もう始めるよ」
生命神の手に少し力が込められた。不思議なことに恐怖はない。
新しい生物に生まれ変わる感覚は、むしろ心地いい。スゥーっと消えてしまいそうで、だんだん眠くなってくる。
きっと、父さんも母さんも転生行きだろう。
世界はいくつもあるみたいだし、もう会えることも無いのかもしれない。
でもいい。
どこか別の場所で、父さんと母さんには新しい人生を生きてほしい。
そこで、目の前が真っ暗になった。
真っ暗になる直前、バチっと音がした気がした。