第15話 初老の猛者
ウドレスト領。
そこの領主が主催する大会。
多くの者が出場する、世界的なもの。
この大会で上位の成績を残した者は、領主から家来として勧誘されたりもする。
また、1~5位の者には賞金がある。
平均して天貨20枚。金貨200枚分である。
賞金目当ての者。
強者と戦いたい者。
実戦修行の代わりにする者。
様々な者が集まり、観客席からは興奮が溢れる。
「ハッ、ガキじゃねぇか」
「......」
選手は既に舞台に立っている。
赤髪の少年と、屈強な男。
男は刃術使い。両手に両刃のナイフを持っている。
相対する少年はというと、武器を持っていない。
体術使いである。
天使の三術。
体術、刃術、魂術。
それらは最終的には極めれば体術が最強である。
だが彼らの風貌は少年と大男。
子供と大人だ。
観客も、男も、少年が負けると思っていた。
「第―――試合。よーい、始めっ!」
しかし審判のひと声の後、その認識は裏返る。
「悪いなガキ、俺の勝ちだぁぁあ!!」
男か走り、突っ込んでくる。
ナイフを前に突き出し、目は少年だけを捉えている。
「はっ!」
「ぁあ! ......あ?」
直後チャキんと音が鳴る。男の手からナイフが落ちた。
少年が一瞬にして近づき、振り落としたのだ。
「ガラ空きだッ!」
「ごぶぇ!」
1発、また1発。
両手を前に突き出していた男の腹に少年連撃が撃ち込まれる。
「終わりだ!」
少年が男を蹴り上げる。
低い音と共に、男の体が床に叩きつけられた。
「......」
男は白目を向いている。気絶だ。
「ーーー勝者、アルタ選手!」
少しの間の後、歓声があがった。
▶▷▶▷▶▷
「あ、アルタ。お疲れ様」
「あぁ。でもまだまだこれからだ」
「あは、確かにね」
観客席に戻ってきた。
ミーヴの隣に座って、息をつく。
シュゼはいない。次の出場者だからだ。
俺と入れ替わりで待機場に行ったんだろう。
「第―――試合、始め!」
審判の大きな声が観客席に響き渡る。
舞台にはシュゼと、相手の女が立ち、互いに構えている。
相手も戦い慣れているらしく、警戒を緩めずにその場を動かない。
さっきの男とは大違いだな。
「やぁぁぁあ!!」
女が動き出した。剣を構えて凄まじいスピードでシュゼに向かっていく。
ドンッ!
シュゼも動いた。
相手より速い。瞬きする間に間合いに詰め込んだ。
「なっ......!?」
「隙ありッ!」
シュゼが相手を斬る。
斬った箇所から血が噴き出し、足下が赤く染まっていく。
「し、勝者、シュゼ選手! ―――おい、早く魂術を!」
「分かってます! 魂術『再生現象』」
すかさず待機していた魂術使いが駆け寄り、傷を治す。
腹から脇にかけてできた大きな傷がみるみるうちに再生していく。
この大会は、片方が欠損や重傷を負った場合即決着。
運営側の魂術使いが駆けつけ、それを治す。
怖さがないと言えば嘘になるが、大会出場者はほとんどが冒険者だ。
斬られる覚悟くらいはあるんだろう。
俺だってある。
シュゼは倒した相手に一瞥くれることも無く、舞台を去った。
「―――シュゼ、強いけどちょっと怖いね」
「あぁ。この大会のこと聞いた時も1番目輝かせてたし、戦闘狂だよな」
「でも仲間としていてくれるなら心強いよ。アルタと一緒で」
「ハハ、ありがとうな」
常にがやがやした観客席の中。
ミーヴの笑顔だけ印象的に目に残る。
「あ、そろそろ私の番だ。じゃあね」
「おう、無理しなくていいからな」
ミーヴが席を立って、歩いて行く。
そこに入れ替わりでシュゼが来た。
「シュゼ」
「何だ?」
「お前......容赦ないよな」
俺の言葉にシュゼは不思議そうに首をかしげる。
あのくらい当たり前だろ? って顔だ。
その辺、やっぱり凄いな、シュゼは。
父さんに何度も"迷い"を指摘された。
「何言ってんだよ。―――次ミーヴか? もうすぐ始まりそうだな」
ミーヴが舞台に立っていた。
相手は......馬車で会った女だ。
▶▷▶▷▶▷
―ミーヴ―
「おう。無理しなくていいからな」
アルタに見送られて、私は今舞台に立っている。
相手は馬車で会った女の人だ。
納めていた短剣をサッと抜く。刃術使いだ。
緊張する。
ここ1週間、魂術の特訓も積んだし、実戦修行もした。
でも相手は冒険者。悪魔討伐のプロ。
勝てる? 私が?
「―――緊張してるかい?」
冷や汗が頬を伝うとき、彼女は構えたまま口を開いた。
「アンタ、戦闘慣れしてないだろう?」
「......はい」
彼女は「やっぱりか」といった顔をする。
「私も負ける気は無いけどね。この戦いがアンタにとっていい機会になるよう、やってやるさ」
その言葉と共に、彼女は短剣を持ち直す。
私も手を前に出す。
「第―――試合、始め!」
審判の掛け声と同時、彼女が走ってくる。
「魂術『水貫現象』!」
私の叫びと同時に手の先に水の線ができる。
当たれば彼女のお腹に穴が開く。
彼女はそれをジャンプして避けた。
彼女の体は空中にある。
今! 今なら当てられる!
「魂術『水貫現象』!」
「ふっ!」
水の線は身をひねった彼女に避けられた。
距離が近い。私は後ろに飛び退く。
「魂術―――」
「他のは無いのかい?」
目の前に捉えていた彼女の姿が消える。
どこ、どこ!?
見回すと、頬に痛みを感じる。
手で抑えてみると、手か赤く染まっていた。
「......と言っても、中々の速さだったよ。油断すれば負けそうだ」
励ましのつもりか、彼女は構えをほどいて元の口調で言う。
「アンタ、冒険者だろう? なってからどのくらいだい?」
「まだ1週間ちょっとです」
彼女はそれを聞くと目を見開いた。
そして続けて言う。
「何だって!? それだけででこんなにかい。
私も歴は長いはずなんだけどね......。いや、そうかい、アンタ才能あると思うよ」
「それは......ありがとうございます」
彼女が構え直す。
私も手を向けて、最初の状態に戻る。
「魂術『水貫現象』!」
「一芸だけなのかいッ!?」
彼女はまた、私の攻撃を空中に避ける。
着地の瞬間、私は呟く。
「......魂術、『波動現象』」
「おわっ!?」
足下に撃った。
彼女の体勢が崩れる。
行ける。
今なら貫ける!
「魂術『水貫現象』ーーー!」
▶▷▶▷▶▷
―アルタ―
ミーヴが戻ってきた。
表情は固い。無理もない。負けてしまったんだから。
あの女、無理に体を曲げてミーヴの魂術を避けたのだ。
ミーヴはそれが意外だったらしく、そのまま斬りつけられて負けた。
「ごめんアルタ。負けちゃった」
「いいんだよ。頑張ったと思うぞ」
席に座ってうつ向くミーヴを励ましてやる。
ミーヴは戦い慣れていないんだ。
それでいて冒険者相手にあそこまでやるのは、むしろ凄い。
「そうだぞ。1週間であの強さなら、伸び代あんだろ」
シュゼもフォローを入れる。
そんなことを話し込んでいると、審判の声が闘技場に響き渡った。
「第―――試合、始めっ!」
舞台に目をやると、男と女がいる。
男の方は斧を持つ手が小刻みに震えている。
冷や汗の滴る顎から、歯を食い縛っているのが分かる。
対する女は、何もしていない。
何も武器を持たず、何も構えず、何も言わない。
ただその場に静止して、男の方を見ている。
少し白髪の混じった茶髪の女。薄灰色の道着と白いズボン。
印象といえば......初老の女。
「だりゃぁぁぁあ!!」
「遅い」
男のけたたましい叫び声が聞こえた瞬間、俺の視界にはこんな景色が映った。
男が斧を振り上げ、女に突進する。
女はそれを嘲笑うように近づき、斧を砕く。
そして男の頬、腹、腰、脚。
そこに的確に、一瞬でほぼ同時に攻撃を打ち込んでいた。
「ぬ、ヌィンダ選手の勝利ィッ!」
初老の女、ヌィンダ。
あれが猛者か。