トラックを『異世界転生』の道具にすんじゃねえっ!!
真夜中だってのにやたらと暑苦しい夏の季節。
俺こと山内卓三はお客さんの笑顔のため、今日も元気に配達物を運送してたんだ。
配達は良いぜ! 荷物が届いた時のお客さんの待ちきれないような笑顔。
俺ァあの笑顔を見るためにこの仕事についたといっても過言じゃねえ。
たまに何度行っても留守の家や、届けても「遅えよ!」と舌打ちしてくるお客さんもいる。
けど冬の時期。 クリスマスプレゼントを頼んだママさんの、自分の子供が喜ぶ様を想像して思わず笑みが溢れる瞬間や、「来週、彼女との記念日なんです……!」と教えてくれた兄ちゃんの照れ顔なんか見ちゃ、落ちた気分なんざたちまち復活しちまうってもんだ!
だから俺は生涯この仕事をやり続ける。
俺と、相棒のトラック『トシエ』でな!
「あ? 横の運転手なに見てやがんだ……?」
俺の横の車線にいるトラックの運転手が窓に顔を貼り付けながら正面の何かを見てる。
どっちも車内の窓を開けてるからソイツがなにかブツブツ呟いているのも聞こえてきた。
何て言ってるかは聞き取れねえがな。
気になっちまったもんだから俺もそれに続いて前を見たんだ。
「……えれぇ疲れた顔してるな。」
仕事の帰りっぽい若いOLはコンビニの袋を手に提げて歩いてた。
残業続きなのか分からねえが顔色がマジで良くねぇ。
「倒れなけりゃ良いんだが……。」
俺がそう独り言を言った時、横のトラックが動きだしたのが見えた。
「なんだアイツ……? まだ赤だぞ……?」
横のトラックが赤信号だってのにブレーキを離してやがる。
声を掛けるか? そう俺が思ったとき奴はアクセルを徐々に踏みながら加速していった。
「馬鹿野郎ぉ!! おいっ! 止まれぇっ!!」
俺は必死で運転手に呼び掛けた。
だが奴は先程と同じようにブツブツと何かを呟いてる。
「『轢いて……送る……。』だと? どういう意味だ……?」
奴が言っている意味は分からねえ。 けどそんな血走った目した奴がさっきのOLに向けてハンドルを切っている。
しかも嬢ちゃんはクラクションを鳴らしてもそれに気づいてねえ、このままだと……。
「糞ッタレがぁっ!!!」
ブレーキパッドから足を除けてアクセルを踏み鳴らす。
今俺が乗ってるのは帰宅用の軽『ナオミ』だ、横入りしたところでなんの意味もねえ。
だからせめて、嬢ちゃんの進行方向から逸らせりゃーー。
「それで良いっ!!」
すまねぇ『ナオミ』……! お前を奴の前輪にぶち当てる!
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!!」
奴のトラックにぶつかった直後、『ナオミ』の端正な顔立ちがひしゃげた。
周りに響くほどの轟音を出しながら突撃したおかげで、嬢ちゃんが渡ったその後ろギリギリをトラックが横切っていく。
「へへ……トラックは軽傷、嬢ちゃんは無事ときたもんだ。 俺と『ナオミ』でやり遂げたぜ……『トシエ』……。」
景色が逆転するような衝撃の後、俺の意識はそこで途切れた。
◇
「…………て……さ……い。」
……あ……?
「お…………て……くだ……い。」
誰かぁ……呼んでんのか……?
「起きてください卓三さんっ!!!」
「うるせえぇぇぇ! 耳元で叫ぶんじゃねえよっ!!」
キンキン高い声で呼びやがって! 耳がぶっ壊れるだろ!!
文句を言ってやろうと横で騒いでるバカを見て俺は驚愕した。
外人さんみてーな綺麗な金髪に、金色の輪っかが生えてやがる。
しかもなんだ? 背中に羽がついてるみてえだが……。 ……あ~。 これはーー。
「なんでえ、コスプレか。」
「絶対言われるだろうなって思ってましたよっ!?」
俺の甥っ子くらい小せえお嬢ちゃんがほっぺた膨らましながらぷんすか怒ってやがる。
「あ~、ちょっと待ってな……ほれ、アメ食う?」
「要らないですよっ!」
「悪い悪ぃ、ガムの方が良かったか?」
「そういう問題じゃないですっ!」
参ったな……どんどんヘソ曲げてやがる。
……てか、ここどこだ。 見渡す限り真っ白なんだが病室ってわけでもなさそうだな。
「やっとお気づきですか?」
嬢ちゃんがコホンと咳払いしてこっちを見てくる。
「え〜簡潔に説明しますと、あなたは死にました。 死因はお分かりですね?」
「ああ、トラックと衝突事故を起こして即死ってとこだろ?」
ドライに答える俺を見て嬢ちゃんはきょとんとしているがそのまま話を続けてきた。
「ええ、なのでこれから魂を浄化されてあなたという存在は消えてなくなります。ですが……。」
「……?」
「実は今回のあなたの死亡は、この世界の予定調和リストに入っていません。」
「どういうことだ……?」
「簡単なことですよ」
そういって嬢ちゃんは俺を見定めるように観察しながら口を開いた。
「この世界以外からの干渉があったからです。」
◇
「この世界以外からの干渉?」
「ええ。 さらに詳しく言うならば、あなたが助けたOLも本来あのような危険な目に会うことはなかったのです。」
「なんだと……? それもこの世界じゃないところからの干渉って言いてえのか。」
「はい、その名を私達はこう呼んでいます……『異世界』と。」
いまいち俺が理解できてねえ顔をしてると嬢ちゃんはさらに説明を加えた。
「最近多発している交通事故の件数……あまりにも多すぎると思いませんか?」
確かに最近のニュースはもっぱら車に轢かれて亡くなった人達のことで埋め尽くされている。
専門家もグラフで明らかに分かるほどの件数増大を問題視してたっけな……。
「あれも殆ど『異世界』側からの干渉です。」
「はっ!?」
何いってんだこいつは……。
「理解できないって顔ですね、ですがおかしいとは思いませんでしたか? 近年増加を続けている事故を引き起こした当該車種、そのすべてがーー。」
ーーーー「トラックなんですよ。」
ドクンと心臓が跳ねた。
確かにニュースで見る見出しは俺が覚えている限り全てトラックだった。
だが、だとしてもなんで……。
「なんでそんな事をする? 人を轢くことになんの意味が……。」
「送るためですよ。 『異世界』にね?」
嬢ちゃんは話を続ける。
「もともとこの世界の住人は『異世界』の者達に比べて持っている素質が高いんです。 それが世界の境界を渡る際の刺激でさらに覚醒を促され、尋常ではない力を持って生まれ変わるのです、そんな人材誰だって欲しいと思いませんか?」
「おい待てよ……。 それじゃ……今まで亡くなった人達は……。」
「みな送られたのです。 人材を欲している各『異世界』に。」
「ありえんのか……そんなことが……。」
「ええ、そして送られた者達はその力を存分に発揮し、現代で生きていた時では到底成し得なかった夢や目標を叶えています。」
「だったら……良いのか……?」
そっちの世界に行くことで幸せになれる奴がいるなら一概に悪い訳じゃないのかもしれん……。
「ええ、とても充実しているでしょうね。 夢を叶えた一部の者達は。」
「どういう意味だ……?」
嬢ちゃんの声が一段と下がる。
「考えても見てください。 こちらの世界でさえ自身の夢を叶えた人はほんの一握りです、それを世界を越えただけで全員が同じように力を手にすることが可能だと思いますか?」
「……。」
「あのOL、もしあなたが救っていなければどうなっていたかお教えしましょう。」
そう言って嬢ちゃんが指を動かすと空中にいくつもの映像が映し出される。
「…………!? これ……は。」
映し出されたものを見て瞬時に吐き気を催す。
一つ目は外だった。 大勢の人がいる中で、やけに時代錯誤な服を着たおっさんが若い少年を張り付けにしてる映像だった。
少年は泣きながら何か叫んでるが、おっさんは構わず切れ味の悪そうなナイフを取り出すと、少年の身体にその刃先を当てて皮を剥いでいきやがった。
「なん……だ、よ……これ……?」
見てられねえと俺が顔を逸らすと、また別の映像が目に入ってくる。
室内だ、ボロ布を着せられた少女が腕に錠をつけて縛られてる。
少女がそれを外そうともがいていると、やけにガラの悪い集団がぞろぞろと部屋に入ってきた。
「おいまさか……ふざけんな……やめろ!」
俺の予想は最悪の形で的中した。
野郎どもは嫌がる少女にむらがって着ているボロ布を破くと、そのまま順繰りに犯し始める。
「うっ……おぇぇっ!!」
腹から湧き上がってくる不快感そのままに地面に吐いた。
「……け……んな。」
「……。」
「……ふざけんなっ!! こんな……こんなことが許されて言い訳がねえ!」
「そうでしょう、そう思うのがこの世界の人間の思考です。 ですがあちら側はそうではない。 素質がある者は潰れるまで世界に貢献させ、その後子孫を残す為の道具に。 ですが彼らはまだ良い、利用されていることに気付いていないのだから。 反対に素質が無いと分かればこの通り……待っているのはおぞましいほどの破滅です。」
「…………っ。」
ありえんのか……たかが世界一つ越えただけで、俺より若い子供達がこんな凄惨な目にあってるって現実が……。
「ーー救いたいですか?」
……救いてえよ。 俺だって……救えるもんなら救いてぇに決まってんだろ……!
「けど、俺に何ができる……? このクソみてえな世界相手に、ちっぽけな俺一人に何が……。」
「ーー出来るのです、あなたになら。」
そう言って嬢ちゃんは俺をまっすぐ見る。
「本来彼らを止めることは出来ません。 あのトラック達には強力な魔法がかけられています。 私の力ではビクともしないほどに……。」
「だったら……。」
「ですが今日、あなたはあの女の子を救った。」
「おれ、が……?」
「ええ、あの子はこちらの世界での適性が高すぎるために『異世界』からの反発を受けたかもしれません。 そういった子たちは軒並みあちらの世界での適性が低いのです。」
「もしあなたが動いていなければ、今頃あの子は映像の者達のような目にあっていたでしょう。」
俺が救ったとか言われることに戸惑った。
あん時俺はただ必死だっただけだ……。
特別何か出来る訳でもねえ、あるのはーー。
「それですよ。」
俺の心を読んだみてえに嬢ちゃんがニコッと笑う。
「彼らがいたずらに人間を危地に送るのとは違い、あなたは相棒のトラックとその足で、人々に喜びを届けているじゃないですか。」
「……。」
「あなたが届けているお客さんの笑顔。 そして並々ならぬトラックへの愛が、『異世界』の脅威から女の子を救ったんですよ。」
「……。」
「この世界を……彼らの干渉によって不幸になる人々を救うために……力を貸してくださいませんか?」
「…………。」
ーー分からねえ。
全然分からねえよ。
さっきからごちゃごちゃとしたモンが頭ん中でぐるぐるしてやがるし……。
けど。
けどよ……。
そんな馬鹿な俺にも……。
この胸の中で……。
温かくなるような気持ちだけはハッキリと分かる。
こんな俺にも。
こんなちっぽけな俺にも誰かを救えるってんならーー!
「一つだけ……。 一つだけ聞かせてくれ。」
「はい。」
「なんでトラックなんだ。」
初めに頭ん中に浮かんだ疑問を聞いてみる。
「ーー効率が良いんです。」
「は?」
「あちらの世界に送られるとき、肉体も一緒に送るということは予期せぬエラーを引き起こす原因になります。 なので魂だけを取り出す工程が必要なのです。 そして意図的な病死や人間を操っての殴殺、刺殺等はコントロールが極めて困難なため現実的ではありません……。」
「てことは病死でもなく、人を操るとしてもただ突っ込ませるだけでいいーー。」
「ーートラックが最適なのですよ。」
「は……はははははははっ!!」
なんてこった、何か深いワケがあるんだと思ってたが……まさかここまで単純でふざけた理由だったとはな……。
ーーーー上等じゃねえか。
教えてやるよ。
そいつらに。
そのふざけた仕組みを思いついた『異世界』にーー!
「トラックを『異世界転生』の道具にすんじゃねえっ!!」