9話『真っ白な花瓶』
私がアルベティーニ王子と湖畔で出会ってから数日が経った。
あの後人を呼び大事には至らず、
「あなたがいてくださって、本当に良かったです」
とメイド長からはお褒めの言葉と賞与を頂いた。
私がこの国の王子を救うのは二度目になる。
なんだか、できすぎではないのだろうか。
(恥ずかしい思いはしましたけれど、こうやって評価を頂けるのは気持ちのいいものですね)
今は仕事の休憩中で、私は行く当てもなくグルグルと城内を散歩していた。
アルベティーニ王子の事に少し浮足立ちながら、頂いたお金を何に使おうかと考えていたのだ。
「よう、アンじゃないか。こんな所で何やってるんだ?」
頭の上にポンと手を置かれる。
驚いて振り返るとそこには、美形。
ではなくオオカミの獣人、ジークリット王子が私を見つめていた。
「こ、こんにちは、ジークリット王子。今は休憩中で城内を散歩していました」
「ふーん。仕事、頑張ってるみたいだな。その給仕服も結構にあってるぜ」
私は思わず赤くなる。
王子の発言は他意がないもので「元気にやっているか?」程度ものだということは頭で分かっていたのだが、
小屋での事……王子に触れた事、その匂い、噛まれたことを思い出し、どうしても王子を異性として強く意識してしまっていたのだった。
「おかげ様で……毎日が楽しいですよ」
私は恥ずかしさを隠すように、少しうつむいて答える。
この気持ちが相手に漏れ伝わらないように。
「そういや聞いたぜ? アルベティーニの奴が溺れかけた所を救ったんだってな」
「はい、本当に運が良かったです」
「流石、だな。お前の奉仕精神は誰にでもマネできるようなものじゃない」
ジークリット王子の笑顔に、私の心が弾む。
本当に偶然が重なっただけだったが、誰かに褒めてもらえるのは、やっぱりすごく嬉しい。
「あいつは自分を見せるのが嫌いだから、こんな事になってもまだ続けるんだろうな」
少し表情落とし、ぽつりとジークリット王子がつぶやいた。
(どういう意味でしょうか……? アルベティーニ王子が自分を見せるのが嫌い? 続けるって何をでしょう……)
私が考えるアルベティーニ王子は、自信家でいつも女性に囲まれているイメージだった。
少なくとも城内ではいつも華やかに過ごしている。
王子には裏の姿があるという事だろうか。
「あの……その話を詳しく聞かせていただけませんか?」
私の言葉にジークリット王子が、しまったというような顔をして少し頭を振った。
「いや、すまない。少し口が滑ってしまったようだ。この話は忘れてくれ」
「そうですか……」
「それに、お前が他の王子にうつつを抜かしている所なんて見たくないしな」
冗談めいて王子が笑った。
しかし、今の私には話半分にしか聞こえておらず、生返事で返してしまう。
「そんなことない、ですよ」
(ああ、モヤモヤします……! アルベティーニ王子の本当の姿、気になります……!)
「おい、つっこんでくれよ……そんなボーっとしてると狩っちまうぜ、ウサギ女?」
ジークリット王子は呆けていた私の肩を強引に抱き寄せ、耳元で囁いた。
不意打ちに、ゾクゾクと私の背筋が逆立つ。
「ひ、ぁ……っ、すすすすすみません!」
肉食動物としての力強さが、草食動物としての屈伏感が、私の中を強く駆け抜ける。
(この方がその気になれば、私なんか簡単に狩られてしまうのでしょうね)
私は立場上これ以上アルベティーニ王子の事を追求する事もできず、話題は切り替わる。
その後、私たちは他愛の無い話をして、この場は別れることになった。
「じゃあ頑張れよ、アン」
手を上げたジークリット王子が立ち去っていくのを見送りながら、私の心はまだモヤモヤしていている。
さっきのアルベティーニ王子の話がどうしても気になってしまうのだ。
目的もなく歩いていると、私はいつのまにか中庭の花壇に足を運んでしまっていた。
(この花壇もアルベティーニ王子が指導して、栽培されたのですよね……)
日の光を受けて、白い胡蝶蘭が品よく咲きほこっている。
花を見つめてぼぉとしていた私は、ふと頂いたお金の使い方を思いついたのだった。
「そうだ花瓶を。真っ白な陶器の花瓶を買いましょう」
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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