6話『4人の王子』
鏡の中に、メイド服を着たウサギの獣人こと私、アンジェリカが微笑んでいる。
スカートをつまんで礼をすると、なるほど自分でもとても似合っているかもしれないと、自画自賛してしまう所だ。
今日の私は城で働くために、あつらえて頂いたメイド服を着用していた。
「サイズは大丈夫そうですわね」
キリリとした口調で告げたのは、この城のメイド長であった。
ニワトリの獣人である彼女は、しわ一つない整ったメイド服、角が尖った三角眼鏡を装着している。
厳しそうな風貌に違わず、懐中時計で時間を確認した後パチリと蓋を閉じた。
「時間通りですわね、では城の中を案内しますから付いてきてくださいまし」
彼女に連れられて城の案内を受ける事になった。
メイド詰め所、大ホール、食堂、客室、倉庫、そして中庭。
所かしこで使用人たちが忙しそうに仕事をしていた。
「あの、この城では人手不足と聞いております。差し支えなければ理由をお教えいただけませんか?」
「ふむ。この国の現状はご存じかしら?」
「いいえ、王様の選抜をすると聞いております。継承ではなく選抜というのはどういった事情なのでしょうか」
「確かに、人間の国から来たアナタでは理解できない部分でしょうね。この国の王は“儀式”によって選ばれているのです」
「「キャー!」」
私たちの話を遮るように、歩いていた通路の先から黄色い声が上がった。
「落ち着て、僕の花達よ。僕はどこにもいかないさ」
詩を唄うかのような爽やかな声。
煌びやかなドレスを着た婦人たちに囲まれた一人の男性――。
薄ピンクのマッシュボブ。
前髪に赤いメッシュが入っており、背中には髪の色と同じように桃色の翼が生えていた。
瘦せ型で、白いシャツを着ているフラミンゴの獣人、勿論美形である。
その男性を中心とした集団が、こちらに向かって歩いて来ていた。
「お辞儀をなさい、アンジェリカ」
メイド長にならい、私はその集団に向かって頭を下げた。
和気あいあいとした上流階級の方々が、眼前を通り過ぎていく。
(……?)
フラミンゴの美男子は婦人たちを見渡すように、しきりに首をうごかしている。
後から知った事だがフラッキングというフラミンゴ獣人の求愛行為らしい。
なんとも異国情緒あふれる光景だろうか。
「……今の方が王候補の一人、アルベティーニ・スコッティ様21歳、公爵家のご子息になります。決して失礼のないように」
「非常にお美しい方ですね……!」
彼の端正な顔立ちと公爵の名に恥じぬような人気っぷりに、そこにいるだけで私はドギマギしてしまった。
これが王城……
これが上流階級……
「中庭の花壇はアルベティーニ様が設計されたものなのですよ」
アルベティーニ様は、園芸に明るいらしい。
人差し指を立てながらも、メイド長は解説をしてくださる。
「話を戻しますと、この王国では古くから伝わる鏡の儀式によって王が選抜されています。今回は有力な貴族の中から選ばれた四人の王候補、つまり王子たちがいるのですよ」
「儀式ですか……なんだか想像もつきません」
「王に選ばれた人物は一つだけ願いを叶える事ができ、その代償として生涯国に尽くす事となるのです」
王とか、尽くすとか難しい事は私にはよくわからない。
だけれども、この動物の国ではそういった風習が脈々と続いており、それはとても大事なのだろうという事は想像ができた。
「ですのでこの時期、王子一同が会する城内はてんてこ舞いなのです。皆さん実に個性派で……ゴホン。ともかくそれで人手が足りないという訳なのです」
(個性派ぞろいの獣人王子様たち……! ああ、たまたないですよ。早く他の皆さまも拝見したいです!)
「ちょうどいいですね。今日はこの後、王子たちが集まる事になっています」
メイド長が懐中時計を確認すると、メガネを押えながら私に厳しい視線を向けた。
「この際に、王子の皆さまのお顔とお名前をしっかり覚えるのですよ」
「はい!」
これからやってくる王子たちの顔を覚える為、王の間に続く通路に私たちは佇んだ。
一度来た時には気が付かなかったが、白い大理石で作られた柱が立ち並び、ステンドグラスから光が差し込んでいる。
(残りの王子様はどんな方なのでしょうか……!)
まさに王城、荘厳な雰囲気と時間の経過によって、私の期待感と緊張感が高まっていく。
まだ見ぬ王子たちへ私は思いを馳せソワソワしていると、ついに。
「メーレスザイレ様がお通りになります!」
(来ました……!)
声の方向を見ると担架に乗せられた素敵な王子様が……担架……?
運ばれてくる所だった。
金髪くせ毛、サスペンダーと短パン、そして猫耳としっぽ。
小柄で私よりも少し背が低いくらいの少年王子が、担架の上で丸まり気持ちよさそうに眠っていた。
本来であれば美しい顔立ちなのだろうが、お餅のようにゆるんだ頬はかわいらしさで膨らんでいる。
「うーん……あまあまで、お腹いっぱいだにゃ~……」
(猫語ですか!? かわいい……)
頭を下げた私達の前を担架が通り過ぎていく、おずおずと私は尋ねた。
「メイド長、あの方は……」
「……ふぅ、あの方はルクス・メーレスザイレ様16歳、伯爵家のご子息です」
短くため息交じりで答えた一言には、メイド長の心労が込められている。
言葉にこそしなかったが、おそらく見た通りのルクス王子の性格を反映した物なのは想像がついた。
(眠ったまま入室したようですが、これは普通の事なのでしょうか……)
一瞬、動物的な習性のためとも思ったが、そうではないと私は直感的に理解した。
あのネコ王子は一癖ありそうだ。
「ルクス様は色んな事にご興味をお持ちで、国きっての天才と言われています。特にお菓子作りが趣味で、日々研究熱心でいらっしゃいますね」
「まぁお菓子ですか、素敵ですね!」
「はい」
短く答えたメイド長には何か特別なニュアンスを感じる。
プロとしての矜持か、主に対しての嫌味は決して言うまいといったようなそれである。
私はメイド長に感心しつつ、今はルクス王子については掘り下げるべきではないと思った。
(さぁ、次の王子はどんな方なんでしょう……!?)
待っていると3人目の王子がやってきた。
背筋と獣耳をピンと伸ばした王子で、私よりもずっと背が高い。
栗毛色の美しい長い髪をポニーテールでまとめており、高級そうな眼鏡が光を反射した。
「シリウス・ヘングスト様22歳、公爵家のご子息になります」
緑を基調とした、豪華だが派手過ぎない品の良い貴族服に身を包んでいるウマの獣人――
ツカツカと迷いなく歩く姿は、間違いなく美丈夫のそれであった。
(眼鏡イケメン王子……!)
私たちの前を、王子と何人かの付き添いが通り過ぎていく。
というか歩くスピードがとんでもなく早い……! まるで競歩のようですよ……!
「その経理は今日中に済ませておくように。それと夜の会議は食事をしながらにするぞ」
「――は」
私は年上の秘書にも動じず、歩きながらも的確な指示をだしているシリウス王子の佇まいに魅了されてしまう。
威風堂々、他の王子にはないようなキリリとした雰囲気に、貴族としての魅力が溢れていたのだ。
「シリウス様はお仕事熱心で、さらに大変歌がお上手でいらっしゃいます。国一番の美声と謡われている方なのですよ」
「国一番の美声ですか……!」
劇場で明かりを受け、観客の前に立つシリウス王子とその歌声を想像して、私は思わずときめいてしまう。
(あぁ……素敵……)
今の私の心情はこの二文字でしか表現ができなかった。
そして最後にやってきたのは――。
「ふん」
グレーの青みがかったショートヘアが揺れる。
私のメイド姿をちらりと見ると、噛み締めるように笑って通り過ぎていくのはジークリット王子。
(もう、何も笑わなくでもいいですのに……)
彼の態度に少し気恥しくなりながらも、私は彼の後ろ姿を見送った。
完治はしていないようだが、以前の怪我は問題ないようだ。
「ご存じでしょうが改めて、ジークリット・シュティーア様20歳、侯爵家のご子息ですわ」
正装に身を包んだ彼は、以前の小屋で見たような荒々しさは感じられず。
貴族の嫡男相応の優雅さが感じられ、より一層かっこよさが引き立っていた。
私は彼の新たなイメージとギャップに浮足だってしまう。
(あのような恰好をされると、まるで別人のよう……)
「ジークリット様は、御父上から引き継いでこの国の軍隊を統括されているご立場ですわ。密かに貴族令嬢たちから人気も高いんですの」
(はい。確かにクールですし粗野な雰囲気ではありますが、実際は面倒見がいいというのは存じ上げています……!)
私はジークリット王子に噛まれた肩に手を触れると、あの夜の事を思い出して少し赤面してしまった。
これで4人全員の王子を見知った事になる。
煌びやかな場所で、しかも素敵な方たちと間近に生活できるなんてまるで夢のよう……
「よぉし、心機一転頑張ろう!」
私は猛烈にやる気を出すのであった。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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