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56話『スキあり』

 ――女王アンジェリカ襲撃事件から数か月後。

 戦争直前の緊張状態は解かれ、動物の国は元の平穏な国へと戻っていた。


「これはこれで、大変ですね。メイドのお仕事が懐かしいですよ」


 すっかり私の中から呪いは無くなって、めでたしめでたしだと思っていたのだが……

 なんと形式上の私は女王のまま、この国の支配者になってしまっていたのだ。


「でもそれもあと数年だけ、頑張りますか」


 シリウス・ヘングストとアルベティーニ・スコッティ案による王政の廃止。

 それを施行(しこう)するまでの数年間、私はこの国最後の女王として勤めるというわけだ。

 帝王学なんて何もわからない私は、臣下に支えられながら忙しくも楽しい日々を過ごしていた。


「さてさて、今日のお仕事は……」


 私にとって待ちに待った日がやってきた。

 今日はジークリット将軍指導の軍事演習を視察という、公私混同な目的で彼に会いに来ていたのだ。


「うふふ」


「女王陛下、顔が緩んでおられますよ」


 メイド長の鋭い突っ込みも、私は全然気にならなかった。

 だって大好きな人ともう少しで会えるのですからっ

 平原の演習場に足を運ぶと、そこから兵士たちの怒声が聞こえてくる。


「おいおいおいおい。お前最近、筋肉がついてきたからってちょーしにのんなよ」


「いえいえ、貴女だって最近肉が付きすぎて動きが鈍ったんじゃないですか?」


「お前らっ もう少しで女王が来るんだ、くだらない事で揉めるんじゃないっ」


 兵士たちの中でハイエナの獣人とシカの獣人がもめていた。それをジークリットが(いさ)めているようだった。

 本気で喧嘩しているという訳ではなく、一定のニュアンスが込められたじゃれ合いのようだ。

 

(相変わらず、彼らは賑やかのようですね)


 血気盛んな様子を見て懐かしくなった私は、無言で彼らの後ろに近づいた。

 女王である私がいきなり話しかけて、びっくりさてやろうと思ったのだ。


「おい、てめぇもだオオカミ野郎。いつまでも踏ん反りかえってられると思うなよ?」


「はっ やる気ならいつでもいいぜ? だが今は……」


 ジークリットが振り返って私を見た。

 どうやら私の茶目っ気はすでに察知されていたらしい。

 彼の青みがかったグレーの短髪が風に揺れ、爽やかな微笑で私の気持ちを吹き飛ばした。


「ようこそいらっしゃいました、女王陛下」


 ジークリットが私に敬礼すると、兵士たちが一斉に私に敬礼をする。

 私は一瞬、自分に向けられたことだと理解できず気恥しくなってしまう。


「久しぶりだな、アン」


「あはは、慣れないですよ。なんだか照れちゃいますね」


 そこからは兵士たちの演習を見学させていただいた。

 制服を着て指示を出すジークリットは堂に入った佇まいで、以前よりも一回り大きく見える。


(ビシっとした彼も素敵ですね。ジークばかり目に入ってしまいますよ)


 休憩時間には、お決まりとなった私のプレゼントを兵士たちに配った。

 お酒やお菓子、タバコなどの趣向品の類だ。もちろん草食肉食の両対応である。

 本来であれば兵士たちに国から100%与えられるものを90%ほどにしておき、残りの10%をこういった機会で私から渡すというアルベティーニの入れ知恵である。


(なんだか、悪い気分になってしまいますね)


 兵士たちの歓声を受けて、私は手を振って笑みを返した。

 この世は綺麗ごとだけではままならない。私の弱い女王としての立場を守るためこういう事も必要、らしい。

 でもせめて、私の好きな人だけには……


「ジークリット将軍、少し話をしましょう」


「そうだな、座るか」


「はい」


 私たちはいつかの海デートと同じように、草原に座り込んだ。

 メイド長が椅子を差し出してくれたのだが、今はこのままがよかったので断った。

 人払いを済ませると、私たちはただのアンジェリカとジークリットに戻る。


「はい、ジークにはこちらをどうぞ」


「おお、これはっ さんきゅーなアン」


 少し上ずった声で、彼は本当にうれしそうにプレゼントを受け取ってくれる。

 以前ジークリットが、作業用の高倍率ルーペ(むしめがね)が欲しいとこぼしていたのだ。

 彼に頭をなでられた私は、はじけるように嬉しくなる。


(これじゃどっちが犬か分からないですね)


「そのアンクレット、まだつけてるんだな。前に新しいのをやっただろ」


「あはは、これが一番好きなんですよ。あなたが繋いで、守ってくれた私たちの絆ですから」


 私はつけていた少し傷んだ貝殻のアンクレットをなでる。


「絆か……いい言葉だな」


 ジークリットが噛み締めるように微笑んで、想いを馳せている。


(この顔ですね)


 私はその横顔に、彼に恋している事を改めて思い知らされて顔を赤くしてしまった。

 それを自覚して更に恥ずかしくなった私は、思わず話題をそらしてしまう。


「そういえば、お母さまのお体はどうですか?」


「嫌な事を思い出させてくれるな、もうすっかり元気でな。今度、城にくるらしい。そんときはまぁ……よろしくな」


「まぁ! 嬉しい知らせですねっ 早くお母さまに会いたいですよ」


「お前らにイジられるのは、あまり好きじゃないんだよ」


 ジークリットがぶっきらぼうに照れた、その頬には食べていた菓子がついている。

 私は迷うことなく、それをつまんで口にいれた。


「隙ありですよ、将軍」


「おい……だったら俺はこうしてやるぜ」


 そう言うとジークリットが、お菓子をつまんで私の頬に無理やりつけたのだった。


「あっズルいっ」


「愛してるぜ、アン」


 そういって彼は、菓子ごと私の頬にキスをしたのだった。

 私たちは見つめ合い、お互いの気持ちが高まるのが分かる。


「私も愛してますよ、ジーク」


 そう言って私は、彼の唇を塞いだのだった。

ここまで読んでいただきありがとうございました。


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