53話『作戦はこうだ』
灰色の女王アンジェリカが即位して数ヵ月。
動物の国の情勢は荒れに荒れていた。
今にも泣きだしそうな曇天、その暗闇の奥で雷がゴロゴロと音を響かせている。
この国の将軍、オオカミの獣人――ジークリット・シューティアは疲れ切った顔をしかめていた。
「……」
「本当に戦争になってしまうのですか」
シカの兵士が不安そうにジークリットに尋ねる。
女王の命によって、城には大量の武器と兵糧が集められていたのだ。
兵士たちの間では、近く動物の国による戦争が始まるという噂でもちきりであった。
「女王は、そのつもりのようだ」
「そんなっ アンジェリカさんはそんな人じゃなかったはずですよ!」
その言葉を受けて、更に顔を歪ませたジークリットはなんとか将軍としての言葉をひねり出した。
「今の女王は……昔と違う」
「僕たちに優しくしてくれたあの人は、どこにいってしまったんですかっ 嫌ですよ侵略戦争なんて、人殺しなんて……」
「俺が絶対に、戦争だけは止めて見せる」
オオカミの将軍は、胸ポケットに入れたアンクレットを、その覚悟と共に握りしめた。
王城の庭園で、フラミンゴの獣人――アルベティーニ・スコッティが花々に水を与えている。
かつて国の大きな観光名所だったここは放置され閑散としていた。
いまや見る影もなく植物は枯果て、今ではアルベティーニが趣味で小さなバラ園を栽培しているだけとなっていたのだ。
「ふぅ……」
彼の表情は暗く、いつものような華やかさはない。
「このバラ、まだ育てていらっしゃったんですね」
アルベティーニを囲っていた令嬢の一人が、彼にそっと話しかけた。
「君か。ここだけはなんとかね、みんなで作った花園だから少しでも形をとどめておきたかったんだ」
「ご立派な事です、ですけれどアルベティーニ様は外交のお仕事で休む暇もないと聞き及んでいます。お体、ご自愛ください」
「ふふ、僕の花に言われてしまったら、沈んでいる事もできないね。ところで、今日は何の用だい?」
少しだけ元気を取り持出したアルベティーニは、絞り出すように笑ったのだった。
「私、疎開するんです。ですので、お別れのご挨拶をと思いまして」
「すまないね……ここまで来てしまったのは僕の力不足だ。でも最後の一線だけは絶対に越えさせないから、安心したまえよ」
アルベティーニは無理にキザなセリフとポーズをとるが、言葉とは裏腹にその瞳は信念に燃え上がっていた。
「367,368、369……」
難しい計算式を前に、ネコの獣人――ルクス・メーレスザイレが何かを計算している。
彼の机の周りには山積みの羊皮紙が積み上げられ、その全てにはびっしりと計算式や図形、難しい文章が書かれていた。
「失礼します。ルクス様、そろそろ休憩されてはいかがでしょうか?」
ノックして入ってきたのは、ニワトリの獣人――メイド長であった。
トレイには紅茶と、ルクス本人考案のお菓子、メーレスザイレが乗せられている。
「んにゃ~ 書きながら食べるにゃ~ 適当にそこに置いといてにゃ~」
見向きもせずにルクスが指さしたところには、実験器具だらけでトレイを置けるような場所はなかった。
それを見たメイド長は一瞬目だけつぶると、少しためらいながら口を開いた。
「ルクス様。最近、勤勉になられたのは大変喜ばしい事なのですが、少し打ち込みすぎなのではないでしょうか」
「だってにゃ~ お姉ちゃ……じゃなかった女王サマにゃ、にお願いされちゃったら断れないにゃ~」
メイド長は少し部屋を片付けると、床にトレイを置いた。
彼女の目に一枚の羊皮紙が映る。そこには兵器らしきものが描かれていた。
「失礼ながら、ご自分が開発しているものがどういった使われ方をするか、ご存じの上でおっしゃられているのでしょうか?」
疲労でボロボロになった顔をメイド長に向け、それでもルクスは満足そうに微笑んだ。
「ルクスはお姉ちゃんのためならなんでもするって決めたにゃ、これが今のルクスのやりたい事なんだにゃ!」
「左様でしたか……それならば、これ以上何も言うことはございません。失礼します」
そう言って深々と頭を下げたメイド長が部屋を出ていく。
「だいじょうぶ……だいじょうぶにゃ……もうちょっとだけにゃ……」
小さな明かりがルクスの瞳に写り込んで揺れている。
ペンの動く音と共に、床に置かれた紅茶は冷めていくのだった。
「……」
ウマの獣人――シリウス・ヘングストが山のような書類の間で腕を組み、沈黙している。
彼の表情は疲れ切っており、目の下には大きなクマができていた。
「そろそろ、限界だな」
「シリウス様、お疲れのようでしたらお休みになったほうがよろしいのでは、もう三日目になります」
秘書の提案に、しかし彼は否と答えた。
「そうではない、我が国の事だ。このままでは例え戦争に勝っても持たん」
「流石はシリウス様、そこまでお考えですか。それでは女王に陳情を……?」
「残念ながら、我らの女王陛下はそんな事で心変わりする事は無い」
シリウスはイスから立ち上がると窓の外を見た。
土砂降りの雨を見ながら彼はしばらく沈黙し、ゆっくりと口を開いた。
「……私がこれから行うのは反逆だ」
稲光がとどろき、シリウスの顔を青白く照らす。
「……それはたいへん恐れ多い事ですね。しかし私はあなた様が決めた事でしたらどんな所でも付いて行く覚悟があります」
「その必要なない。貴様は今現在をもってクビだ」
「シリウス様っ!」
「勘違いするな。貴様は私が失敗した時の保険だ。万が一の時はこの国を頼むぞ」
「……」
秘書はその言葉を聞くと静かに涙を流して、それ以上は何も言わなかった。
「そんなしょぼくれた顔をするな、こういう時にはな……歌を歌うのが一番だ」
シリウスは大雨の中、それに負けないくらいの大きさで、とある童話を歌い続けた。
――深夜、あるメイドの空き部屋。
真っ暗で閑散とした部屋に一人の男が足を踏み入れた。
部屋に置かれていた白い陶器の花瓶を撫でると、そこに一本のバラをさす。
「アンジェリカ……君は……」
明日は女王アンジェリカの誕生日パーティー。
アルベティーニ・スコッティは彼女との思い出に浸るため、ここへやってきていたのだ。
「なにおセンチになってンだよ」
暗がりから声がかけられ、驚いたアルベティーニが振り向く。
そこには柱によりかかったオオカミの獣人男が、腕を組んでこちらを見ていた。
「ジークリット君……」
「ルクスもいるにゃ!」
ベッドの中に隠れていたルクスが顔を覗かせた。
口の周りにはお菓子の食べカスがついている。
「はは、なんだ君達。考える事は一緒か」
三人で静かに笑っていると、そこにズカズカとシリウスまでもがやってきた。
彼は部屋を見渡すと開口一番、
「よし、全員いるな。では会議を始めるぞ」
「え? どういう事にゃ みんにゃ呼ばれたのにゃ?」
「いや……」
「これは、参ったね」
「なに、パターン1だ。貴様ら全員来ると信じていたぞ。正直悔しいがな」
三人を見渡したシリウスは不敵に笑った。
その様子に、ジークリットが憎まれ口を叩く。
「何を喜んでやがるんだ、俺は別にお前と足並みを揃えなくたっていいんだぜ?」
「ふふん、君達だけでは力不足もいい所。やはり姫を救うというのは王子の役目。存分に僕をたてるといいさ」
「お~? みんにゃ何かをやる気にゃ?」
「鏡の呪いからアンジェリカを取り戻す――私たちの力で」
シリウスが空に手を差し出すと、追従するように三人が手を重ねた。
「アンジェリカの為に」
「アンの為に」
「アンジェの為だね」
「お姉ちゃんの為に、にゃ!」
暗がりの中、元王子たちはアンジェリカの為に一致団結するのだった。
「作戦は、こうだ――」
※明日は物語クライマックスのため、19時および20時の二回更新予定です。
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