50話『鏡の儀式』
「なん……ですと」
荘厳な王の間で、カバの宰相ヒッポリーニが赤い冷や汗を流している。
それもそのはず、次代の王を選抜する鏡の儀式、その候補である4人の王子たち全員が辞退してしまったのだ。
「悪いが辞退させてくれ、王になる目的が無くなってしまった。これから新しい家族も増えるしな」
とオオカミの王子、ジークリット・シューティアが答えた。
「王なんて羽が窮屈そうだ、僕は自由でいたいしね。それよりも今は大好きな人を振り向かせる方が重要なのさ」
とフラミンゴの王子、アルベティーニ・スコッティが答えた。
「つまんなそうだからにゃ。絶対おねーちゃんと一緒にいる方が楽しいにゃ~!」
とネコの王子、ルクス・メーレスザイレが答えた。
「忙しいからだ。政務の他に、これからは愛する人と一緒に楽しい歌を皆に届けなくてはならない」
とウマの王子、シリウス・ヘングストが答えた。
と、このように彼らは王になる事を拒絶したのだった。
青ざめた顔でヒッポリーニ宰相は、それでもどうかと王子たちに頼み込むのだった。
「こ、こんな事、この国の歴史が始まって以来の大事件ですぞ……!! 王子達、どうかもう一度考えてくれませぬか」
「そもそも王なんて必要なの? 絶対王政なんて、はっきり言って古いよね」
「私は現状の形態で十分に国は回っていると思うが」
「大体、王の命令がなければ動けないってのがなぁ」
「もう、帰っていいにゃ?」
「ではっ 一体誰がこの国の責任を取るのですかっ」
今度は顔を真っ赤にしたヒッポリーニ宰相が叫んだ。
それから数十分に渡って、議論が繰り広げられる事になったのだが……
「この国はっ 王がっ いなければ成り立たないっ!」
ついに我慢の限界を超え、ヒッポリーニ宰相が動き出す。
彼は広間に置かれていたとある置物へ向かうと、そこにかかっていた布を外した。
それは黒く禍々しい大きな鏡で、一目で曰く付きであると分かる。
「これが儀式の鏡か、仰々しいな」
「キモイにゃ」
「まったく悪趣味だねぇ、美しさの欠片もない」
「売っても二束三文にしかならないだろう」
「青二才どもが、そう言ってられるのもそこまでですぞ!」
怒り狂ったヒッポリーニが合図をすると、兵士に拘束された一人のメイドが連れてこられる。
「アンっ!?」
「君はっ!?」
「おねーちゃんっ!?」
「アンジェリカっ!?」
「すみません……皆さん」
私は力無く、うな垂れるしかなかった。
王子達と懇意にしたことで、まさかここまでの大ごとになってしまうとは。
動揺する王子達を尻目に、ヒッポリーニ宰相が勝ち誇ったように笑う。
「そもそも、彼女を城に入れたのが間違いでしたぞ。王子たちの王を目指すモチベーションになっていたから放置していたものを、まさか身の程を越えて虜にしてしまうとは。傾国の美女とはこのこと、まったく恐ろしい娘ですな」
「人質のつもりか? すぐにアンジェリカを放せっ」
間髪入れずジークリット王子がヒッポリーニ宰相に飛び掛かる。
しかし、私の首筋に向けられた刃によって動きを止めるしかなかった。
「私も本意ではない、ないのです。しかし全てはこの国のため、申し訳ないが王子達、犠牲になっていただきますぞ」
ヒッポリーニ宰相が、鏡に向かって怪しげな呪文を唱える。
すると鏡から黒い煙が湧きだし、王子たちに襲い掛かったのであった。
「ガハッ」
「ぁぁっ……」
「止めてにゃっ」
「グッ……」
すぐに王子たちの体が黒い煙につつまれ、苦しみ悶え始める。
その強烈な痛みに、皆が膝を折って耐えていた。
「皆さんっ! すぐにやめてください、ヒッポリーニ宰相!」
私はさっきから拘束を解こうともがいていたが、どうしても解くことはできない。
縛られた紐が腕に食い込み、赤くうっ血している。それよりも100倍痛い胸が張り裂けそうになりながら、私はただ事の成り行きを見守る事しかできなかった。
「この呪いをどなたかが受け入れて頂きますぞ。でなければ鏡の呪いによってこの国は滅びてしまうのです!」
この光景を見ていた兵士たちは、どうしていいか分からないようで戸惑っているようだ。
「ヒッポリーニ宰相! これはいささか……!」
「今は大事な鏡の儀式の途中ですぞ! 何人たりも、これを邪魔することは許しません! もし邪魔をするようであれば、誰であっても死刑ですぞ! これは、この国の未来がかかっているのですぞぉっ!」
そんな叫び声の中、私の背後に気配を感じる。
「アンジェリカ、今のうちにお逃げなさい。王子達の事は残念ですが、あきらめるのです」
メイド長が、このどさくさに紛れて私を開放してくださったのだった。
「ありがとうございますメイド長っ だけどそれは無理です。何故ならば……」
私は目標を定め全力で走り出す。
数メートルの距離を大きくジャンプすると、そのまま拳を鏡に叩きつけた。
「私は王子達を愛していますからっ!!」
ガシャァンという大きな音と共に鏡が砕け飛び散っていく。
それに合わせて王子達を包んでいた煙が霧散した。
「なぁぁぁにぉお!? あなたはぁ!」
「犠牲の上に成り立った未来なんて、誰も納得しませんっ」
私は叫びながらも王子達の方に顔を向ける。
全員が床に伏し、強烈な呪いによって気絶しているようだった。
「アンジェリカっ! あなたは何をやったか分かっているのですかっ! 何を綺麗ごとを言っているのですかっ!」
「綺麗ごとなんかじゃありません! 私の愛する人が死にかかっていれば、絶対に助けますっ」
「愚かなっ! そんな事でこの国は終わってしまうのですよ!」
「この国だって終わらせません! そんな事で、私が未来を変えて見せます!」
いまや飛び散った鏡からは大量の禍々しい黒い煙が噴き出し、王の間にあふれかえっていた。
轟音を立て嵐のように部屋のカーペットや調度品が舞い上がり、窓ガラスが次々と割れていく。
「この呪いを私にっ! 私に王子達にしたようにしてくださいっ」
「鏡の呪いを全て受け持つというのですか! あなたのような小娘が!」
「早く!」
今や部屋は呪いによって崩壊しつつあり、まともに立っているのもやっとだった。
ヒッポリーニ宰相が呪文を呟くと、呪いが竜巻のように一点に集約していく。
次の瞬間、呪いの束が槍のように私の中を突き抜けた。
「ぁぁぁぁああああっ!!」
私のつけていたアンクレットが、衝撃によってちぎれ飛ぶ。
覚悟していたつもりだったが、それをあざ笑うかのように一瞬にして私の自我が塗りつぶされていく。
体がバラバラになる痛みを越えた痛み、全ての神経がささくれ立って悲鳴を上げている。
でもそれでも、例え自分が分からなくなっても、私は最後に残った王子たちの顔を思い浮かべて全ての呪いを受け入れた。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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