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46話『浮かぶ月』

 足首を完治した私は早速ジークリット王子にせがんで、彼の母親との面会を取り付けた。

 そして今現在、彼の愛馬に揺られシューティア家の領地に来ていたのだ。


「本当に来られるとは、思ってませんでしたよ」


「どうせ週に一度は帰ってたから、ついでだよ、ついで」


 ジークリット王子がぶっきらぼうに答える。

 私と一緒に帰郷するのを恥ずかしがって、彼は無理に理由をつけていた。

 でも結局は私のお願いをきいて下さる、不器用でかわいい王子様なのだ。


「わざわざそんな言い方しなくても分かってますよ。それにしても自然豊かでいい所ですね」


「まあ、それしかないつまらない場所だよ」


 彼の領地は森と盆地(ぼんち)が大部分を占める、農耕(のうこう)が盛んな土地だった。

 領民は皆、ジークリット王子を見かけると気さくに声をかけてくる。


「こんにちはジークリット様、今週もおかえりなさい」

「ああ」


「なんだぁ、今日は女連れかぁ? ついに結婚か?」

「はは、うるせぇよ」


「おーい、シューティアのせがれ。これ母ちゃんに持って行ってあげな」

「こんなにいらねぇけどよ、まぁさんきゅ」


 会話から住民たちとジークリット王子との距離が近いのが分かる。

 王子としての立場いぜんに、領主として好かれているのだなと私は思う。


「ジーク、領民の皆さんと仲がいいのですね」


「ああ、ここではみんなが家族みたいなもんだからな」


 珍しくジークリット王子が、素直な表情で笑った。

 やはりオオカミ族の血筋だけあって、仲間意識が強いのだろう。

 面倒見の良い彼は、やっぱりリーダーに向いているのかもしれない。


「すごいっ こんな感じなんですね」


 私たちは森を抜け、王子の実家に到着した。

 領主という事で私は大豪邸を想像していたのだが、彼の家は純和風だった。


「珍しいか?」


「ええ、こういうデザインは初めて見ましたよ」


 勿論大きいのだが洋風の建物とは全然違い、石壁などはなく一階建てで横に広々としたお屋敷だ。

 周囲の木々や自然も私が見慣れている様子とは違い、全体的に古風な印象を受ける。


「古いだけだ、入れよ」


「わぁすごいっ」


 苔むした木の門を抜け、私たちはジークリット王子の家に入った。

 家じゅうどこからでも中庭が見えるような作りになっており、池やししおどし(後で聞きました)が見える。

 この時点で私はすっかり、異国情緒豊かなこの家が気に入ってしまった。


「まぁ変な人だけど、悪い人ではないな」


「私はジークのお母さまなら、どんな人でも大丈夫ですよ」


 ふすまの前で、ばつの悪そうなジークリット王子が母親の短評を告げる。

 彼は少し改まると、中の母親に声をかけた。


「コホン、俺だ。入るぜ」


「はいはい、待ってましたよ」


 ふすまを開けると、そこには和服を着た初老の女性がにこやかに座っていた。

 彼女の瞳と眼元がジークリット王子そっくりで、言われなくても彼女が王子の母親だと気が付いただろう。


「おい、寝てろって言ったじゃねーか」


「うふふ、だって息子が彼女を連れてくるのですもの、こんな時くらいはしゃいでもいいじゃない」


「はぁ……まぁその、母親だ」


 ジークリット王子が少し気まずそうに、お母さまを紹介してくださった。

 彼女のしたたかさと、コロコロした様子に私はシンパシーを感じる。

 王子が私と母親が似ていると言ったのも、まんざらではないかもしれない。


「初めまして、私アンジェリカと申します。お城のメイドで、ジークリット王子にはよくして頂いております」


「まぁまぁ、あなたが! 想像していたよりも可愛らしい感じね~」


「あはは、ありがとうございます。お母さまは全然お元気ですね」


「勿論っ、まだまだ私も若いつもりですから」


 手を合わせニコニコしている彼女だったが頬は痩せこけており、体の線が細く病気だというのは間違いなさそうだ。


「あ、そうだ、これお見舞いです。よろしければ着てください」


「丁寧にありがとう。まぁ、手編みのカーディガンね! う~ん素敵よ」


 嬉しそうに彼女は、私がベージュの毛糸で作ったカーディガンをさっそく羽織って下さった。


「アンジェリカちゃんは裁縫が得意なのね~ そうそう知ってる? ジークってば裁縫、結構得意なのよ。女の子みたいよね」


「はい、すごく手先が器用ですよね。この間も雑巾作りで……」


「おい、余計な事は言わなくていい」


「なによ~? 女同士の会話を邪魔しないでよ」


 この後、王子いじりに私たちは花を咲かせる。

 ジークリット王子は私たちの会話にたじたじで、ずっと照れたり気まずそうにしていたのがすごく可愛かった。


(うふふ、今日は来てよかったです)


 今日で私はジークリット王子のお母さまとすごく仲良くなり、着なくなった着物まで頂いてしまった。

 私は「アンジェリカの着物姿が似合っている」とジークリット王子に無理やり言わせようとする、茶目っ気のあるお母さまが大好きになってしまった。


「今日は調子がいいし、お料理でも作ろうかし、ら……ゲホっ……ゲホっ……」


 にこやかに立ち上がったお母さまが、とつじょせき込み始める。


「おふくろっ」


 血相を変えて、ジークリット王子が彼女を支えた。

 お母さまの顔は真っ青で、とても体調が悪そうだ。


「ゲホっ……せっかく来てもらったのに、ごめんなさ……ゲホっ……ゲホっ……」


「いいから、落ち着くまで黙ってろっ」


 その後すぐにジークリット王子がお医者さまを呼んで、今は部屋で安静にしている状態だ。

 夜になって私たちは縁側(えんがわ)に座り込み、静かに中庭の池を見ていた。

 ししおどしと水の流れる音、そしてリリリという涼し気な虫の音が聞こえてくる。


「ったく年甲斐(としがい)が無いんだからさ、ちょっとは落ち着けっての」


 王子が母親を揶揄(やゆ)する瞳にはその言葉とは裏腹に、強く深い愛情が池に写る月のように浮かんでいた。


「ジーク、お母さまのご病気なんですが、もしかして……」


 じつは彼女の病気に私は心当たりがあった。

 以前私が人間だった頃に上流の人間だけがかかる病気、と言われていた物にそっくりだったのだ。

 王子からお母さまの病状を聞いた私は確信を得て、彼に治療方法を伝えた。


「確かに症状はそっくりだな、でもそんな方法で?」


 その病気は特定の栄養不足からくるもので、特定の野菜を食べると簡単に完治するというものだったのだ。

 結果、私の国では解決策が広がるとすぐに根絶されている。


「言われてみれば、おふくろは食も細いし結構偏食(へんしょく)だったな……」


「はい、ぜひ試していただきたいですっ」


 あんな素敵な人が病気に伏せているなんて、考えるだけで胸が苦しくなる。

 ただでさえジークリット王子の母親なのだから早く元気になって欲しいと、浮かぶ月に私は強く願った。

ここまで読んでいただきありがとうございました。


ポイントをモチベーションに頑張って書いていております。

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