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45話『家庭的な王子』

「本当に、ついていませんね」


 ベッドの上で私は何度目か分からないため息をつくと、包帯が巻かれた足首をなでた。

 先日荷物を運んでいた時に、外れていた床のタイルにつまずいてしまい、


「足首をくじくなんて」


 結果、自室で休養という事になってしまったのだ。

 私は少しでも取り戻そうと、大して必要でもない裁縫仕事を請け負ったのだが、あまり進みは良くない。

 アンニュイな気分で窓から庭を見下ろすと、忙しそうに仕事をする使用人たちの姿が見えた。


(働きたいのに働けない……やきもきしますよ)


 そんな中、ノックの音と共に私に声がかけられる。


「よう、俺だ。入っていいか?」


「はい、どうぞ」


 その人物は、換気のために開けていたドアに寄りかかってこちらを見ていた。

 腕を組んでスカしているのはオオカミの王子ジークリット・シューティアである。


「ケガをしているのでベッドの上から失礼しますね」


「ああ、話を聞いてな。見舞いに来た」


「そんな、大した事ないですのに」


「その割には、寂しげに窓の外を見てたじゃないか」


「あはは、ばれちゃいましたか。結構つまらないものですよ」


 ジークリット王子は私の見舞いに、手作りである木彫(もくちょう)のスズランとお茶葉を持ってきてくださった。

 私は王子にお茶を淹れさせてしまい恐縮しながらも、それを頂く。


「なんだかほっとする味ですね。このお茶は初めて飲みました」


「ああ、俺の地元のお茶でな。ほうじ茶って言ってミルクで割ってもうまいぜ」


 そんな取り留めのない話をしながら、私たちは昼下がりを過ごしていく。

 誰かとおしゃべりするだけでも十分だったのに、それがジークリット王子ならなおさらで、ずいぶんと気が楽になった気がする。


「なぁ、さっきから気になってたんだが裁縫仕事、結構あるな。雑巾作りか?」


 ジークリット王子が、まだまだ残っていた古布の束を見た。

 少し照れくさくなりながら、私はえへへと返事をする。


「はい。手持無沙汰(てもちぶさた)だったもので請け負ったんですけど、あんまり進んでなくて」


「暇だし手伝うぜ」


「そんな、王子に雑務の手伝いをさせるわけには……それにジークはご自身のお仕事がありますよね」


「ばか、言わせるなよ。今日の仕事はもう何もないんだ」


 どうやらジークリット王子は私の為に、今日一日を使ってくださるという事らしい。

 沈んでいた私の心と世界に、色がついたようにパッと明るくなるのが分かった。


「そこまでおっしゃるなら仕方がありませんね、じゃあ一緒に作りますか」


「なんでお前が偉そうなんだよ」


 王子は笑いながらも眼鏡を取り出すと、私たちは一緒に雑巾を作り始めた。

 こっそり王子の姿をチラ見すると、眼鏡姿、片足を組んで作業をするイケメン王子、というのがすごく様になっていて、


(ぶっきらぼうだったり、戦いの荒々しい姿とは打って変わって、なんというか、すごくいいですね)


 黙々と作業をする彼の姿に私はぐっときていた。

 しばらくして気が付いたのだが、なんと私より王子の方が雑巾を作るペースが速いのだ。

 私は少しむきになって、頑張って作るスピードを上げてみたのだが、


(むむむ、ジークリット王子の方が早いですね)


 私は潔く負けを認めて、彼に尋ねてみた。


「ジーク、すごく手際がいいですね」


「ああ、知ってるだろ? 俺は細かい作業が得意なんだよ」


「家庭的な王子なんですね。普段こういう事もされるんですか?」


 工作が趣味だという事は知っていたが、まさか裁縫までできてしまうなんて。

 私は彼の生活感あふれる技量に、なんだか嬉しくなってしまった。


「まぁ、母親が動けないからな。代わりにやってたら、いつのまにか結構好きになっちまって……」


 そこまで言って、ジークリット王子はしまったというような顔をした。

 その隙を見逃さずに私は追及する。以前海に行った時からずっとジークリット王子のお母さまの事が気になっていたのだ。


「あの、もしよければお母さまの事を聞かせていただけませんか?」


 王子は私の押しに、観念したような表情で答えた。


「はぁ……しょーがねーな。おふくろは病気であんまし動けねーんだよ。本人は元気なつもりみてーだが、危なっかしくてな……そういやお前もそんな感じかもな」


「まぁジークったら、私はまだまだ元気ですよ」


「だったらその怪我を早く直さないとな?」


「もぉ……口が減らない人なんですから、じゃあそうですね」


「ん、なんだ?」


 期待するようにジークリット王子が、私をチラリと見た。

 その何でもない仕草に、私は浮足立ってしまう。


「お母さまのお見舞いに、今度いきましょうっ」


「なんでそうなるんだよ」


 拍子抜けしたかのような声でジークリット王子が答えた。


「お見舞い返しですよ」


「おいおい、本人同士で返すもんだろうが。しかも意味が違うだろそれ」


 やれやれと首を振る王子をからかいながら、私は最後の雑巾を仕上げた。


「はい、雑巾づくりは私の勝ちです」


「あっ!」


 ジークリット王子が驚いて椅子から立ち上がる。

 私はこっそりと会話の裏で、雑巾を急いで仕上げていたのだ。

 王子の反応を見る限り、やはり彼も私に対抗して急いで作っていたようだった。


「お前……やるな」


「勝者の特権ですよ、私の言う事を聞いていただきます」


「おいおい、ずいぶん強引だな」


 ぞんがい気分悪くなさそうにジークリット王子が腕を組んで、噛み締めるようにクククと笑った。


「じゃあ、傷が治ったらお見舞い返しということで」


「まじかよ……」

ここまで読んでいただきありがとうございました。


ポイントをモチベーションに頑張って書いていております。

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