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44話『難しい歌』

 そしてコンクールは自由曲の発表へと移る。

 シリウス王子は結局最後まで、私に何を歌うか教えてくれなかった。

 純粋な技量を競うのが課題曲ならば、芸術点やその人物の表現力などを競うのが自由曲となる。


(ちょっと不安ですね……シリウス王子は一体どんな曲を歌うのでしょうか)


 課題曲一位通過の王子が、皆の期待を一身に受け歌ったのは、


「ああ、この曲でしたか……」


 私が彼に教えた故郷の童謡(どうよう)だった。

 シリウス王子は、文字通り子供のような満面の笑みで歌い上げている。

 綺麗な歌声というよりも、本人が気持ちよくやりたいようにやっているといった印象だ。

 

(私には芸術というのは分かりませんが……シリウス王子がまるで太陽のように輝いて、楽しく無邪気に歌っているのは分かります……!)


 賛否両論(さんぴりょうろん)、会場には驚いたような顔、楽しんでいる顔、呆けている顔、そして嘲笑(ちょうしょう)、様々な反応が見えた。

 他の登壇者(とうだんしゃ)が歌った曲や周囲の反応から察するに、童謡をコンクールで歌うというのは間違いなく型破りであったはずだ。

 結果、課題曲の時のような拍手満載という訳にはいかず、審査員たちも評価を悩んでいるようだった。


「ふっ どうだこれが私のやりたい事だぞ、アンジェリカ」


「はい、驚きましたよ。まさかあの曲をここで歌われるなんて」


 シリウス王子は周囲の反応とは裏腹に、満面の笑みで満足そうだ。

 すっきりと彼はやりきった顔をしていた。


「見て見ろ、審査員たちは私を計りかねているようだぞ」


 審査員の皆さんはシリウス王子の歌をどう評価するのか、顔を突き合わせて話し込んでいる。

 国際コンクールの評価として、基準をどうするかを定めているようだった。

 それを見てクククと笑うシリウス王子の言葉ぶりでは、こうなる事は分かっていたようだ。


「シリウス王子……失礼なのですが、普通の曲を歌えば一位を取れたのではないのですか?」


「さもありなん。しかしそれではダメなのだ、私は楽しく歌うと決めた。その為にはどうしてもあの童謡でなければだめだったのだ」


「そこまで、あの歌を好きになってくださるなんて……」


 私は光栄な気分で胸がいっぱいになる。

 シリウス王子の人生の目標であったこのコンクールで、彼は私の童謡を選んだのだ。


「歌はあくまで手段だ、それを教えてくれたお前を好いているからだ」


 シリウス王子が私のアゴを持ち上げる。


「ぁっ 王子……」


 もうその言葉だけで、私はどうなってもいいとさえ思えた。

 早く……結果が待ち遠しい、私の胸が詰まる。

 ついに結果がでると、シリウス王子は12位中6位という無慈悲な順位だった。


「残念、ですね……」


 私はこの結果に二重の意味で落胆してしまった。

 自由曲が6位ということは当然、総合優勝は閉ざされたという事でもある。

 優勝できなければ、プロポーズは……

 そんな私の姿を見て、彼は肩に手を置いた。


「しょげるな、私は満足しているのだ。楽しく歌うという事を自己満足では終わらせない、次こそ私の楽しいをもっと周囲に伝えて見せるぞ……次のコンクールでは総合優勝を!」


 シリウス王子が今まで私が見た事の無いような感情を吐き出し、メラメラと燃やしている。

 残念な結果になってしまったが、王子が満足ならよかったのだと、私は自分に無理やり言い聞かせた。


「シリウス王子の楽しいという気持ちが私にも伝わってきましたよ! もちろん周りの観客にもそれが伝わっていたようでした。審査員の一人も大絶賛してくださったじゃないですか!」


「ああ、そうだな」 


 やはり少しは優勝を期待していたのだろう、シリウス王子は私の励ましを受けて隠していた落胆をこぼした。


「でも、私の中ではシリウス王子が総合優勝ですからね!」


「そう言ってくれるか、ありがとうアンジェリカ」


「はいっ」


 シリウス王子は、私を見て笑顔を見せた。

 彼の純粋な表情を見て、私は心がパッと明るくなる。


「さて、コンクールは終わったがまだ仕事が残っている。残りの道中もよろしく頼むぞアンジェリカ」


「勿論ですっ お任せください」


 コンクールを終えたシリウス王子の顔は、どこかすっきりしていたような気がした。




 ――数日後、帰国した私はシリウス王子に離れの塔に呼び出されていた。


「シリウス王子が私を呼び出すなんて、珍しいですね」


 私がワクワクしながらバルコニーに出ると、気持ちのいい風がほほ撫でる。

 そこにはいつものように、シリウス王子が佇んでいた。


「アンジェリカ、今日は貴様に歌を聞かせる。まずは黙って聞くのだ」


「はい? 分かりました」


 いつもの言葉足らずで、とつじょシリウス王子が歌い始めた。

 その歌は私が聞いたことない曲で、王子と姫のセレナーデである。

 シリウス王子は初めて聞いた私にでも、心を揺さぶるような歌声と表現力で完璧に歌い上げた。


「今までとは違う雰囲気の歌でしたけど、私感動で涙が……」


 その詩は、目の見えない王子が政略結婚の相手ではなく、尽くしてくれた女性の本当の愛に目覚めて結ばれるという内容だ。

 初めてシリウス王子とここで出会った時のような衝撃を受けて、私は涙していた。


「そうか、泣くほどに感動したのか……それで?」


「はい……? 素敵なお歌だったと思いますが、あ、もしかして今度のコンクールではこの歌を?」


 どうにも話がかみ合わない。

 私の返答にシリウス王子は少し変な顔をすると、一呼吸おいて告げた。


「鈍い奴め、今のが私のプロポーズなのだ。返事を聞かせろ」


「ぇっ!? ぇぇ……プロポーズって今のが、私にですかっ!」


 私は焦りと恥ずかしさと嬉しさがごちゃまぜになった気持ちが、濁流(だくりゅう)のように押し寄せてきて、どうしようもなく狼狽(うろた)えてしまう。


「貴様の中では総合一位なのだろう? だったらプロポーズしても問題はないな?」


「た、確かにそうかもしれませんけど……」


「ええい煮え切らない奴め、私まで気恥しくなってしまってきただろう」


 シリウス王子が横を向くと照れたように、顔を赤くした。

 彼の恋慕(プロポーズ)を受けて、私は胸が張り裂けそうになっている。


「あの時、貴様に言われて気が付いたのだ。コンクールで優勝する事も大事だが、別に優勝する必要はないのだ。自分が自分であればいい、楽しいを皆に伝えることができればそれでいい、だから一番やこの国の王になる必要はないのだと」


 コンクールの後で見たと同じ、すっきりした顔で王子は告げた。


「シリウス王子……なんだか変わられましたね」


「変えられた、のだろう。無味無臭だった私の世界に(いろどり)を、楽しさを教えてくれた一人のメイドによってな」


 私には偏屈(へんくつ)融通(ゆうずう)の利かないイメージだったシリウス王子が、まるで付き物の落ちたように自然体で見えた。

 気が付くと私は、王子の頬に手を添えている。


「そうかもしれませんね」


 私は目を閉じると、シリウス王子の唇にそっとキスをした。


「これが、私の返答です」


「ああ、今私の人生が大きく意味を持った気がするよ」


 王子は照れた顔で私を見つめて、優しく笑った。


「シリウス王子、今は難しい言葉を使うのを止めてください」


「ふむ、ではなんと?」


「愛してると、ただそれだけを」


「アンジェリカ、貴様を……あ、あい……くそっ 歌ならば簡単なはずなのに」


 顔を真っ赤にしてシリウス王子が困っているのを見て、私はなんだかおかしくなってしまった。


「ふふ、シリウス王子にも歌えない難しい歌があったなんて」


「なに、すぐに歌いこなして見せるさ。なにせ私は、お前の中で一番という事になっているのだからな」


「すぐにできますよ、今のシリウス王子でしたら」


 そう言って、私は再び彼にキスをした。

ここまで読んでいただきありがとうございました。


ポイントをモチベーションに頑張って書いていております。

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