41話『私の命令』
「今日もいらっしゃるのかしら……」
私は仕事の暇を見つけ、離れの塔にやってきた。
ここではたまにシリウス王子と会う事ができる私の癒しポイントだったのだが……
「ララララ」
叙情的で、よく響くテノールが上階から響き渡ってくる。
しかし私はその綺麗な歌声を聞くと、あらぬ心配が高まってしまうのだった。
シリウス王子は忙しい政務の間を縫って、ここで練習しているという感覚だったのだが、
(最近、いつでもここに居らっしゃるような気がします)
私がバルコニーに出るとシリウス王子の真剣な顔が見える。
懸命に栗毛のポニーテールを揺らし、空に向かって高らかな歌声を響かせていた。
その相貌は鬼気迫るような印象で、少し怖いと感じてしまう。
「今日も素敵ですね」
歌が終わったのを見計らって、私はタオルと飲み水を王子に差し出した。
私に気づいていたのか、シリウス王子が少し浮かない表情でゆっくりとこちらを見る。
「今日も素敵、か……」
肩で息を切った王子の額には汗が浮き出ており、その顔は上気していた。
なんだか、煮詰まっている様子だ。
私はムチで自分を叩くシリウス王子の恐慌を思い出して、ますます不安になってしまう。
「最近、以前にもまして練習に励まれていますね。大丈夫ですか?」
「大丈夫だ、問題はない」
短く答える彼は、何かを隠しているようだ。
(いえ、アンジェリカには言う必要がない。といった所でしょうか)
昔の関係性であれば、恐縮してしまっていただろうが、今日の私は心配の方が勝っていた。
「もしよろしければ……私でよければ相談に乗りますよ」
「ふっ、貴様に心配されるとはな」
シリウス王子は少し気を楽にしたようで、笑みをこぼした。
その顔を見て、いつもの王子の雰囲気を感じ取り、私も少しだけ安心する。
「近く、国をまたいでの音楽コンクールがある。これは7年ぶりの催しで、ずっと私は開催を待ちわびていたのだ」
「なるほど、シリウス王子もそこに参加されるという事でしょうか?」
「そうだ、コンクールで優勝するのが私の目標なのだ。ずっと両親の呪いかと思っていたが、コンクールが近づいた今は違うと感じている」
シリウス王子は噛み締めるように目を閉じた。
彼の顔が先ほどから赤い。
「それは……アンジェリカ。貴様の下手な歌をここで聞いたからだ」
王子が私に近づき、眼鏡の奥から慈愛のこもった瞳で私を見つめた。
彼との身長差によって少し圧迫感を感じ、私はこんな時でもドキドキしてしまうのだった。
(あ……)
シリウス王子は、ハニカミながら手の甲で私の垂れ下がったウサギ耳をなでた。
「うぅ、シリウス王子ぃ」
私は彼の魅力にやられてしまい、顔を赤くしてモジモジするしかなかった。
「コンクールは実質的に世界で一番を……決めるものだ。この総合優勝は私の人生において……絶対の価値がある」
「そうだったのですね、だから最近毎日のようにここで練習をしていたのですか」
「だから……あまり貴様の色香で、邪魔をしてくれるな。さて……休憩はこのくらいにして、練習に、戻ると……しよう」
再びシリウス王子が練習に戻ろうとする。
しかし私は、さきほどから王子の様子がずっとおかしい事を気にかけていた。
「ちょっと待ってください、シリウス王子っ」
私はとっさにバルコニーのフチへ歩いていく彼のしっぽを、文字通りポニーテールを掴んでしまった。
「なっ はぁぁっ」
気の抜けた様な声を上げ、シリウス王子はその場にぺたりと座り込んだ。
「な、なにをするのだ……」
シリウス王子が顔を真っ赤にしている。
そうだ、先ほどからシリウス王子の顔色が悪いのであった。
残念だがこれは私との会話に照れているわけではない、はずだ。
「失礼します」
私は彼の前髪をかき分け、額に手を当てる。
熱い……やはりそうだ。
「シリウス王子、すごい高熱ですよ!?」
「だが……それでも私は、歌わねばならないのだ」
王子が肩で息をしながらも立ち上がり、顔をしかめた。
凄まじい執念である。
「何を言ってるんですか、こんな状態では練習どころではないです。今すぐお部屋で休んでください!」
「しかし……」
私は融通のきかない彼に少し怒ってしまい、彼のしっぽを再び握った。
「はぁぁぁぁんっ」
シリウス王子が奇妙な声をあげて脱力する。
私は無理に怖い顔をして彼を見下ろした。
「王子、今は私の命令に従ってください」
「く……アンジェリカ、貴様卑怯だぞ」
「卑怯でもなんでも、私にとって王子の体は何よりも大事ですから」
こうして私は無理やり彼の肩を抱き、シリウス王子と一緒に塔から降りていくのだった。
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