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4話『オオカミ男の正体』

 ――アンジェリカが、小屋でオオカミ男に押し倒された所から。


「痛っ……ぃ……」


 私は痛みに体を強張(こわば)らせる。

 (おお)いかぶさってきた男性の体格は私の一回り以上に大きい。

 重く強い力で押しつけされ、どうすることもできなかった。


(あんなケガで動けるなんて……!)


「ぐぅぅぅ……」


 男性の低い唸り声をきっかけに、私は(ひらめく)く様に思い出す。

 そうだわ、以前同じような経験をしたことがある。


「だいじょうぶ……大丈夫ですよ」


 私は男性の頭をやさしく撫でた。

 同じような経験とは、野良犬に手を噛まれた事だった。

 その時は優しくあやし、手持ちの食べ物を与えると野良犬は大人しくなったのだ。


(この方も状況が分からずに、いきなりの事で怯えているだけ)


 頭を撫で続けると次第に男性の力は弱まり、ゆっくりと私の上から退いた。

 そのまま男性は尻もちをつくかのように床に座り込む。


「……お前は……いや、すまなかった」


 いまだ混乱気味の男性は、初めて私をしっかり見据(みす)えた。

 少し息を荒げなら、状況がまだ飲み込めていないようだ。


「私は、アンジェリカと申します……あなた様がこの小屋でケガをしているのを見つけて手当をしました」


 答えながらも体を起こすと、彼に噛まれた肩口がズキリと痛む。

 私の言葉を聞くと、男性は自身に巻かれた包帯に目を向けた。


「これは、お前が……そうか……」


 ようやく男性は状況を理解したようだ。

 相当な怪我だ、今もひどく痛むようで顔をしかめている。


「いきなり襲い掛かって悪かったな、敵だと思ったんだ」


 獣人というのは、生命力あふれる種族と聞いていたが本当のようだ。

 普通の人間だったら、動くことすら難しいだろう。


「お気になさらずに、気が付かれたようで本当に安心しました」


 ここで私は彼が目覚めた事に嬉しくなって、救う事ができたという実感を得た。

 よかった、この方は助かったんだわ。


「……お前……俺が怖くないのか?」


 私がニコニコしていると、どこか冷たく突き放すように視線を外しながらオオカミの男性はつぶやいた。


「どういう意味でしょう……?」


 私は男性の言っている意味がわからず首を傾げた。

 獣人にはルールのようなものがあるのでしょうか?


「私は最近、何故か獣人になってしまいまして、その……作法というかよくわかっていませんの。もし失礼な事をしていたのでしたら、ごめんなさい」


 ぽかんと驚いたように、男性は目を丸くした。


「……俺はオオカミの獣人だぞ」


「……? はい。獣人と言えども、人は人ですよね?」


 男性はしばらく固まった後、表情を崩して自嘲気味(じちょうぎみ)に笑い始めた。


「――は、はははは。なんだお前。俺はオオカミでお前はウサギだろ?」


 彼は呆れたように目を手で覆った。

 にやりと笑った口からは鋭い牙が見えている。


「狩る側がこんな弱い動物、しかも女に命を助けられ、その上怖くないだと……これは、傑作(けっさく)だ!」


 私は彼の言っていることが良くわからず、困惑してしまう。

 後から聞いた事なのだが、肉食と草食の関係は昔から微妙らしい。

 特に、二人きりになるのは普通ではしない事なのだという。


「お前みたいな面白い女、初めてだ」


 笑った彼の目は再び私を(とら)える。

 朝の光を反射して、そのトパーズのような美しい黄色の光彩に思わず吸い込まれそうになってしまう。


(ぁ……なんて綺麗なの……)


 彼の視線に私の胸は高まっていく。

 ドキンドキンという音が、私の心臓から聞こえてくる。


 ガシャリ、ガシャリ。

 二人を邪魔するように小屋の外から金属がぶつかる音が聞こえ始める。

音はそのまま小屋に近づいてくると、扉が乱雑に開かれた。


「王子! ご無事でしたか!」


 私は不意を突かれ、慌ててそちらに目を向けた。

鎧を装着した見知らぬ兵士たち数人がやってきたのだ。

 全員がイヌやネコ、トリ、ブタやウマなど多種多様な獣人である。


「ああ、心配をかけたな」


 王子と呼ばれた彼は、傷をかばいながらゆっくりと立ち上がった。


(おうじ……王子様ですって……!?)


「このウサギの女は?」


「俺の命の恩人だ、丁重に扱え。城に帰るぞ」


 オオカミの王子はさきほどとは雰囲気がガラリと変わり、キビキビとした口調で部下に指示を出す。


「あの……あなた様は……」


 私はどうしていいか分からず、座り込んだまま彼を見上げた。


「驚かせて悪かったな、俺はこの王国の“王候補の一人”ジークリット・シュティーアだ」


 ジークリットと名乗った王子様は、私に腕を伸ばし引き立たせた。

 彼は私よりも頭一つ分背が高く、その体つきは労働者のような盛り上がった筋肉ではなく、訓練によって鍛えられたしなやかな肉体美であった。

 朝日が後光のように煌めき、その端正な顔立ちがよりはっきりと浮かび上がる。


(ああ、ジークリット様。王子様でしたの……私はあなた様にキスを……)


 高貴な身分の方だと知り、改めて昨日の出来事を思うと私は思わず赤面してしまった。


「お前をこれから城に案内する」


 こうして私は動物の国へとやってきたのだった。

ここまで読んでいただきありがとうございました。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 相手が王子と知って、イケメンに恥じらう、アンジェリカちゃんがとても可愛らしいです。 [一言] 怖がらないのか、と言われてきょとんとするウサギちゃんが目に浮かぶようでした。
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