38話『いらないネコ』
「うにゃ~」
何度目かの声をルクス王子が上げた。
王子は、あの爆発してしまう泡のお菓子を完成させるためにずっと開発に励んて来たのだが……
「うーん、これはちょっとすごいですね」
爆発対策にシートをキッチン周りにかけていたにもかかわらず、それを押し越える形で泡が爆発してしまったのだ。
「なんで逆に泡々になっちゃったんだにゃ~」
少しプリプリしたルクス王子が、大量にあふれた泡の中から頭を出した。
うふふ、マスコットみたいですごくかわいらしいですよ、ルクス王子。
「あ。ルクス王子、そういえば言っていた論文はどうなりましたか?」
「あ! あ! にゃ!! ぁあ~!! 嫌な事思い出しちゃったにゃっ!」
私の言葉に、ルクス王子はむすっとした様子で泡の中から飛び出してきた。
体を拭こうとする私にも足を止めず、そのまま椅子に着席して論文を書き始める。
「も~しょーがにゃいから、こっちやるにゃ! お姉ちゃんはキッチンを片付けてにゃ!」
「……はい、分かりました」
どうやらルクス王子を怒らせてしまったらしい。
とはいえ、論文を仕上げるというのもルクス王子に課された重要な仕事である。
彼は他の王子たちのように、普通の政務で評価されているわけではなかった。
彼の天才的な発明や論文、そういった、非凡な頭脳を評価されていたのだ。
(天才ですか……弟みたいに接してきたつもりでしたが)
「にゃぁ~……にゃぁ~……」
ルクス王子が机に向かって、唸り声を上げている。
彼の性格上、一定の成果を上げ続けるというのは難しいのかもしれない。
そんな風に考えながら、私は黙々と泡をふき取っていたのだが……
「にゃ~~!! もう!! 無理っ! にゃ~!!」
今度はルクス王子が爆発したのだった。
彼は壁に向かってペンを放り出すと、部屋の窓を強く押し開いた。
「ルクス王子っ!? どうしたのですかっ」
「無理無理カタツムリにゃ! しばらく一人にしてほしいにゃ~!」
そう言い残すと、王子は窓から木をつたって出て行ってしまったのだ。
焦った私は、必死でルクス王子の痕跡を辿ったのだが……。
しかしネコの獣人である彼を見つけることができず、結局は何時間も探し回る事となってしまった。
「やっと見つけましたよ、ルクス王子」
夕暮れ時、小さな公園のブランコで一人、王子は揺られていた。
「お姉ちゃん……」
王子は下を向いたままぽつりと呟き、顔を上げなかった。
私は王子の隣のブランコへと腰かける。
「なんだか懐かしいですね。靴をどれだけ飛ばせるか、小さい頃にやっていたのを思い出しました」
「……帰って論文やれって言わないのにゃ?」
ルクス王子が、寂しげな顔を上げた。
そのオッドアイは夕日に照らされて、ウルウルとにじんでいる。
「いいえ、今の私はルクス王子の専属メイドですから、王子のやりたい事にお付き合いしますよ」
「……うん。うん、にゃ」
王子が確かめるように迷うように、同じ言葉を二度繰り返した。
「……」
私たちの間に、無言の時間が流れていく。
遠くでカァカァと、カラスの鳴き声が聞こえてきた。
声の方へ顔を向けると、ぽつぽつゴマのような黒い点が、どこかへと飛び去っていく所だった。
「カラスがいっぱい飛んでいますね、彼らもお家に帰るのでしょうか」
「群れにゃ」
「はい?」
「弱い動物は集まって、群れを形成するにゃ。そうすればすぐに敵を察知したり、ごはんを見つけたり、奥さんを探したり得だからにゃ」
「ははぁ、ルクス王子は物知りですね」
私が彼をほめると、ルクス王子がブランコを握り締め、少し揺れた。
「ルクスは、群れの中でもよわっちぃ、いらないカラスなんだにゃ」
「ルクス王子……?」
ルクス王子が、溜めていた涙をこぼした。
それはキラキラと夕日に反射して、そのせいかルクス王子の影が強く見えた気がした。
「ルクス❝王子❞なのに他の王子達みたいに役になってないにゃ。たまに変な論文を書いて珍しい、すごいって言われて、それでなんとか暮らしてるにゃ」
「それは違……」
「違わないにゃっ!」
ルクス王子がブランコから飛び降りて私に向き直ると、彼の涙があふれた。
西日を浴びて王子の影が長く伸びる。
「ルクス、特別って言われるけど普通の事なんにもできないにゃ! シーちゃんに経費見せてもらったら、ルクスだけ赤字だったにゃ! ダメダメって事にゃ! やりたいことしかできなくてっ……! もし、王さまになってもっ……」
(だからあの時、私について来たのですか。ルクス王子はそれがコンプレックスで……)
ルクス王子の言葉と私の思考を遮り、私の心は彼をやさしく抱きしめた。
私はそのまま、胸に収まった彼の頭をなでる。
「それでもいいじゃないですか。できる事や、あなたのやりたい事をやればいいんですよ」
ルクス王子が鼻をすすり、どもりながら話す。
「そっ、そ、そんなわがままでもいいのにゃ……?」
胸の中でくしゃくしゃになったルクス王子が、私を見上げた。
私はそれにほほ笑みで答える。
「わがままでも、あの泡のお菓子が完成したらきっとすごいですよ。私は完成したらぜひ食べたいです。えへ、食いしん坊ですかね」
「泡のお菓子、完成……」
「だから、そんな悲しい顔をしないで。はい、今はこれしかないけど食べてください」
私はポケットに入っていた、普通で特別な飴玉をルクス王子に渡した。
王子は無言で包を開けると、口に入れる。
「甘い、にゃ」
「そうですよ、お菓子を食べると幸せになりますからね」
ルクス王子は、くしゃくしゃな顔のまま微笑んだ。
この顔を見て、この笑顔の為だったら私はなんでもできるぞと、改めて思う。
「ルクス王子の事、私は大好きですよっ! だから今のままでいてください」
「うんっ」
袖で顔を拭った王子が、今度は照れ笑いをした。
「やっぱり、お姉ちゃんはお姉ちゃんなんだにゃ~」
「?? はい、私はお姉ちゃんですよ」
「違うにゃ~ 昔ここで会ったお姉ちゃんだにゃ! そのお姉ちゃんにお菓子を食べると幸せになるって教えてもらったんだにゃ! だからアンジェリカお姉ちゃんは、お姉ちゃんなんだにゃ!」
私は彼の話をよく分かっていなかったが、とにかく私はルクス王子のお姉ちゃんという事らしい。
「じゃあお姉ちゃんが聞いちゃいます。ルクス王子がしたいことは何ですか?」
「ルクスがやりたい事は、皆を笑顔にすることにゃ! お姉ちゃんや皆にお菓子を食べてもらって、それで笑ってくれたら嬉しいにゃ!」
王子が元気よく両腕を上げた。
そうですよ! ルクス・メーレスザイレ王子はこうでなくては!
私は気が付くと、ガッツポーズを取っていた。
「その意気ですよ! それでいいんですよ! ルクス王子!」
「にゃぁぁぁぁ! なんだかもーれつにやる気になってきたにゃ! 一足先に帰るにゃ~~!!」
そう言いながら、ルクス王子はすごい速さで走り去っていった。
私も微笑みながら彼を追いかけたのまではよかったが、途中で泡の掃除がまだ残っていることを思い出してしまったのは余計だったかもしれない。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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