37話『やっと分かったんだ』
――なんでもない夜。
その日、私はゆったりと自室で本を読んでいた。
ドアのノックに扉を開けると、
「こんばんは、アンジェリカ」
いつかのようにアルベティーニ王子がやってきたのだった。
ただし前回のような、大仰でおめかししたような雰囲気ではない。
服装も変哲の無い白シャツで、なんというか彼は普通である。
「こんばんは、アルベティーニ王子。どうしたのですか?」
「今日は、君に愛の告白をしにきたよ」
とつぜん彼の真剣な言葉と瞳に見つめられ、私は顔がぽっと赤くなる。
いつもの派手な服を着ていなくても、化粧をしていなくても、ただそれだけで絶世のイケメンなのである。
「ええ? ここで、ですか? 今から?」
「ここだから、だよ。君の前では取り繕うのは止めたんだ」
この花瓶みたいに、と言う王子は飾ってあったシンプルな白い陶器の花瓶を撫でた。
「王子として着飾った僕じゃなくて、本当のアルベティーニ・スコッティとして告白したいんだ」
アルベティーニ王子も、そう言いながら顔を赤らめている。
私の手を取った彼の手が、緊張で震えているのが分かった。
(アルベティーニ王子、雰囲気が……)
彼のいつも見ないような、たどたどしい様子に私も緊張が高まってくる。
ど、どうしましょう……
「僕がここまで持ち直せたのは君のおかげだよ、これを受け取って欲しい」
そう言って王子は、何の変哲も無いバラを一本、胸ポケットから取り出したのだった。
「この、バラをですか……?」
私は王子の行動に少しとまどっていた。
派手好きな彼が、普通の恰好で普通に登場、そしてプレゼントもなぜかバラの一輪。
もちろん嬉しい事なのだが、アルベティーニ王子としてはあまりにも地味であった。
「このバラはただのバラじゃないよ。僕が丹精込めて育てた一本だ。ずっと、これが咲いたら君に告白しようと思っていたんだよ」
なんともいじらしい王子の行動に、私の胸が高まる。
思わず黙って受け取ってしまった私は、じっとバラを見つめた。
「そのバラは今の新しく変わった僕自身といってもいい。それを受け取るという事は、この城中の花を君に、いや僕の全てを君に捧げよう。君には僕の女王になって欲しいんだ」
少し早口で、王子が照れながら言い切った。
いつものナルシストな彼ではなく、山で見たアルベティーニ・スコッティとして、等身大のむき出しの彼が私に愛の告白をしたのだ。
さっきから私の心臓が、これ以上ないくらいにドキドキしている。
「私メイドですよ?」
「知っているさ」
「元人間ですよ……?」
「この国では異類婚姻なんてあたりまえさ」
「陰口も言われてますし……」
「僕なんて君の何倍も言われているよ」
「……」
ついに私が引き伸ばしの言葉に詰まる。
アルベティーニ王子が私に一歩近寄り、私の肩を引き寄せた。
「君もナイーブな所があるんだね、でも大丈夫。人は、変わって成長していけるから」
それはまるでスローモーションのようだった。
彼のエメラルドグリーンの瞳がゆっくりと近づいてきたと思ったら、優しく甘い感触が私の唇に触れた。
私はただ動けずに、彼の長いまつ毛を見つめている。
「っは……」
ゆっくりと王子の顔が離れ、私は止めていた息を吐き出した。
今は、全身がとにかく熱い。
キスを、私はアルベティーニ王子とキスをしてしまったのだ。
「目先の事に囚われていた僕はもういない、僕が王かどうかなんて関係ない。やっと分かったんだ、愛しているアンジェリカ」
自信を持って言い切った彼は、いつものナルシスとオーラとは違う、真の王子としての輝きで眩しく見えた。
私は顔を真っ赤にしながら、少しだけ困って、少しだけ迷って、そして、
「はい、私もアルベティーニ王子が――」
「待って。君が僕だけを愛していないのは知っているんだ」
いつかのように王子は私の唇を撫で、いつものように優しく笑った。
「すぐに返事は聞かないよ。僕の事だけを本当に好きになった君から返事が欲しいのさ」
「アルベティーニ王子……でも私、それは……」
「大丈夫、アルベティーニ・スコッティが言っているのさっ! 君は気楽に僕を好きになってくれればいいんだよ!」
王子は前髪をかき上げ、高笑い共に部屋から退出していく。
私は王子から頂いたバラを白い花瓶に生けると、しばらくそれを赤くなった顔で見つめていた。
――王城通路。
いつかのように窓越しに月の光がアルベティーニ王子を照らしている。
月の挨拶にも答えることなく、王子は顔を真っ赤にして、足早へどこかへと立ち去って行くのだった。
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