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34話『知っていますから』

 そして眠れぬ夜が明け、私は朝早くにある場所に向かって歩き出した。

 空を見上げると、まだ小雨が降っている。

 地面はぬかるみ、雨粒が付いた草によって私の足は濡れていく。

 だけれど、そんな事は構わない、


(アルベティーニ王子、アルベティーニ王子……!)


 私はその名前を心の中で呼び続け、想いを馳せ、そしてついにその場所へたどり着いた。

 以前、薬草を採りに来た時にアルベティーニ王子と出会った場所。

 ――そこには、


「君は……どうして、こここが……?」


「やっぱり。ここに居らっしゃると思いましたよ」


 木にもたれかかるように、膝を抱えて座り込んだアルベティーニ王子がこちらを見上げていた。

 目の周りを赤く泣きはらし、鼻水をすすっている。

 あのナルシストイケメンであるアルベティーニ王子とは思えないような、ひどい顔だ。


「アルベティーニ王子、大丈夫ですか?」


 私は濡れた地面に膝をつき、アルベティーニ王子を優しく抱いた。

 湖畔で倒れた時と同じように、今や王子の体は冷え切っている。


「僕は……っ! もうだめだよ……目先の事に、王になる事に、君に好かれることに囚われて、王子失格だ……」


「アルベティーニ王子……」


 彼はひどく傷つき、何よりも心を凍えさせていた。

 昨日のパーティーの失敗によって、周囲にひんしゅくを買ってしまった王子の自尊心はズタズタになっていたのだ。


「あの花達のように、僕はもう散ってしまった存在なのか……? この美貌もいずれ、薄れていってしまうのか……?」

 

 彼はみじめに泣き叫んだ。

 その姿はどこまでも悲しく、威厳はなく、あまりにもちっぽけで、王子のそれではなかった。

 それでも私は、彼を強く抱きしめる。


「いいえ違いますよ、アルベティーニ王子」


「アン……ジェリカ?」


「いい事だけが人生ではありません、私も以前は苦しい仕事をしてきました。でも今はアルベティーニ王子と出会て、こんなにも幸せです!」


 精一杯に笑ったはずだった表情は上手くいかず、なぜか私も泣いていた。

 たぶん、雨の音がうるさくて、私の心も傷ついていたのかもしれない。


「ダメだっていいです。失敗したって人は、成長して変わっていけるんですよ!」


「……僕にも、できるかな……?」


「勿論ですよ! だって私はアルベティーニ王子が努力している事を知っていますから!」


 気が付くと私は、彼にキスをしていた。

 王子の泣きはらした目が、大きく見開かれるのが見える。

 なぜ彼にキスをしたかのは、私にもわからない。


「アンジェリカ、君は……」


「散ってしまった花びらを集めてドライポプリを作りましょう! そしてもう一度、花園を作りましょう、アルベティーニ王子!」


 今度こそ、私は満面の笑みで答えた。

 降っていた小雨がやみ、暖かな朝日が山の傾斜から差し込んでくる。


「あぁぁ……! アンジェリカ……っ! アンジェリカぁぁっ!」


 崩れるようにアルベティーニ王子が私に抱き着く。

 私は優しく受け止め、彼の頭を撫で続ける。

 王子の体からは、かすかな温もりが確かに伝わってきた。

ここまで読んでいただきありがとうございました。


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