30話『甘噛み』
大会の撤収中、ジークリット王子が私を連れだした。
彼の姿は戦闘の直後で泥や怪我が残ったままだったが、それでも真剣な目をした王子が私を見つめている。
「アン。今日の大会で勝てたのも、俺が真の意味で将軍になれたのも、お前のおかげだ」
「はい……! ジークも部隊の皆さんもすごく頑張った結果です!」
優勝の嬉しさと興奮が、いまだに私をソワソワさせていた。
しかしそれよりも私は、期待感に胸が張り裂けそうになりながら彼の言葉を待ちわびていたのだ。
「今は、俺と一緒にいてくれないか」
「それは……将軍としての命令ですか?」
私はジークリット王子の言葉を引き出したくて、思わずいじわるな質問をしてしまった。
ドキドキと胸が高鳴っているのが分かる。
「ただのオオカミの獣人、ジークリット・シューティアとしてお前が欲しい、アンジェリカ」
「……その言葉を聞きたかったです。はい、よろこんで」
私はゆっくりとうなずいた。
いつの間にか私の頬には、暖かな感涙がつたっていく。
頬に王子のごつごつとした手が添えられ、親指で涙を拭った。
「かわいいぜアンジェリカ、そんな顔をされたら今すぐにでもお前を抱きしめたくなる……」
「うふふ、泥だらけの体では勘弁してください」
それから私はジークリット王子の部屋で待つことになった。
初めて入った彼の部屋は、想像していたように物が少ない。
生活するための最低限の家具類、書類、そして、
「あら? これは……」
目についたのは、工房机である。
机の上には様々な道具――ヤスリやトンカチ、彫金の道具が置かれていた。
近づいてみると、設計図やいままで作ったアクセサリー、その材料が机の上に置かれている。
「まぁ、まぁ、王子が作られたのですか!」
合点がいった私はアンクルを見つめた後、それをうやうやしく頬に寄せた。
ジークリット王子の母親が作ったと思っていたのだが、これは王子本人の意匠だったのだ。
私は彼の新しい一面を知って、嬉しくなる。
(性格とは反対に、ジークは手先が器用なんですね……! こんな趣味があれば、言ってくださればいいのに)
そこへガチャリと、体を綺麗にした王子が入ってくる。
黒いシャツを着た王子は、オールバックに眼鏡という服装だった。
普段見慣れない王子の恰好に、私は思わずときめいてしまう。
「ジーク、そんな恰好も似合っていますね!」
「そうか、眼鏡……まぁお前の前ではいいか」
ジークリット王子は眼鏡に触れながら、少し笑った。
後から聞いた話によると、将軍として内向的だと思われないように普段眼鏡は外しているのだそうだ。
「そんな所で突っ立ってないで、来いよ」
王子はソファーへと腰を下ろした。
持ってきた炭酸水をグラスへと注いでいる。
私が横に座ると、彼の体から石鹸のいい匂いがした。
「すごい青あざですね……」
戦いから時間が経って、王子の頬には大きな青あざができていた。
私は思わず、彼の頬をなぞるように触れる。
「将軍として箔がついただろ?」
「自分の体が傷つくのを喜ぶ人は、好きになれません」
私は少し拗ねたように顔を横に向けた。
ワイルドな王子もいいが、やはり好きな人には綺麗なままでいてほしいというのが私の本心だ。
「おい、今日のお前は俺の物だろ?」
王子が私のアゴを掴むと、顔を正面に向けた。
トパーズのような瞳が煌めいて、私をじっと見つめている。
「はい、今の私はあなたのものです。何が望みですか? ジークリット王子」
少し顔を赤くした王子は視線を外すと、呟く様にゆっくりと望みを口にした。
「恥ずかしいけど……よ。頭をなでろ」
「え?」
私は意外な要望に、思わず聞き返してしまった。
今思えば、いじわるな事をしたと思う。
「いいから。俺に膝枕して、頭をなでろ!」
ジークリット王子は顔を真っ赤にして大きな声で叫んだ。
私の心が嬉しさに舞い上がる。
あのスカした王子が、オオカミの王子が膝枕だなんて!
もちろん、いくらでもしてあげちゃいます!
「はい!」
私は喜んで、膝のスカートを整えた。
準備完了、ぽんぽんと叩き王子の頭を迎え入れる。
心地よい重みが膝の上に加わった。
「ではいきますよ」
私はゆっくり愛情を込めて、王子の頭をなでる。
指の間を彼の青みがかったグレーの髪がサラサラと抜けていく。
「ああ、これが。俺が欲しかったものだ」
王子は満足したように目をつぶると、安らかに、そして気持ちよさそうに笑った。
そんな顔を見てしまったら、ずっとこうしていたいと思ってしまいます。
(ジークリット王子……不器用でスカしていてかっこよくて、大好きです……!)
しばらく甘い時間を王子と過ごし、もう夜もいい時間になった。
「では、そろそろ自室に戻りますね」
「もうこんな時間、か」
私は後ろ髪ひかれる気持ちで、立ち上がった。
足が鉛のように重い……
このままずっとここに居られればいいのに。
「それではおやすみなさい。今日は本当におめでとうございました」
「ああ」
私が王子の部屋のドアを開いた瞬間――バタン。
ジークリット王子の手が、私の背後から差し込まれた。
彼が扉を押し閉めたのだ。
「ジーク……?」
「……」
彼との距離が近い。
私の体温が、上がった。
「いかないでくれ、今夜はここにいろ」
私は王子に後ろから強く抱きしめられた。
彼の体温と吐息、そして強い愛情を感じる。
「ん、ちゅ……」
いつかの小屋でジークリット王子に噛まれた肩を、今度は甘噛みされた。
彼の感触と吐息に、私の背筋がゾクゾクと声を上げた。
「ぁ……ジーク……!」
少し乱暴にアンクルの上から手首を握られ、そのまま私はドアに押し付けられる。
私の体は熱く、心はもっと燃えたぎっていくのが分かった。
「ここじゃ、風は吹いてくれないぜ」
「……はい」
この日は一晩中、ジークリット王子と一緒に過ごしたのだった。
■報告。
次の話は短いエピソードの為。
明日は19時と20時の二回投稿になります。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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