29話 番外編 『言っただろ』
このエピソードだけは、読み飛ばしても問題の無い、ジークリット王子の戦いのお話になります。
恋愛小説という区分ではないのでご注意ください。
ジークリット部隊が決勝戦で、敗色濃厚になった所から――
「おい! てめぇらぁ!」
阿鼻叫喚の中、戦いの最前線。
その波をかき分けるような、さらに大きい声が戦場に響き渡った。
「てめぇら! あの地獄の訓練を思い出せ! こんなのヘでもねぇだろう!?」
ジークリット王子が泥だらけになりながらも、吠えた。
それに鼓舞された部隊の兵士たちも、次々に声を上げる。
「「うぉぉぉぉぉ!!!」」
叫び声と共に、なんと押されていたジークリット部隊の戦線は持ち直したのである。
「へぇ、流石に少しはやるか……ねっ」
巨大な斧を軽々と振るい、ハイエナ女は2、3人の兵士をまとめて吹き飛ばした。
数百キロはあるかというような質量を感じさせない、恐ろしい一撃だ。
それから数分後、
「「ぐぉぉぉぉ……」」
前線の兵士たちが唸る様に吠えている。
一度は押し返した前線だったが、それは短い間だけで、ジークリット部隊は再び押され始めていた。
「中々手間取ったが、それでもアタシらの勝ちだね!」
ハイエナ女は過去の経験から勝利を確信していた。
ジークリット部隊の前線はもう耐えられず、次の瞬間にでも土砂流のように崩れそうである。
そこに――
「そろそろか! 特別陣形に切り替えろ!」
「特別陣形!」
「特別陣形!」
「特別陣形!」
ジークリット部隊に号令が響き渡る。
その声を受けて、少しずつ部隊の陣形が変わり始めた。
「……なんだ?」
ハイエナ女は、相手の奇妙な陣形に首を傾げた。
ジークリット部隊の重歩兵が下がり、脇を支えていた軽歩兵が前に出てきて、ローテーションしたのだった。
「なめてンのか? 軽歩兵で前線張るとか、できるわけねーだろ!」
怒りのままハイエナ女は、交代してきた軽歩兵に向けて斧を振り下ろした。
ガギン!
鋭く鈍い金属のぶつかった音が響き渡る。
「なんだと……」
軽歩兵であるシカの獣人が、その脚力をいかして、ハイエナ女の斧に攻撃を合わせたのだった。
「や、やりましたよ王子!」
(アタシの一撃を、本気じゃなったとはいえこのヒョロヒョロが受け止めたのか……?)
今までにない展開に兵士としての経験が、ハイエナ女の警鐘を鳴らし始めていた。
周りを見渡すと、ローテーションしてからの前線は膠着状態に陥っている。
(こいつら、軽歩兵で前線を支える訓練をしてきたな!?)
「おい、横から挟み込まれてるぞ!」
味方の怒声に目を向けると、先ほどまで前線にいた重歩兵が集結し、横から回り込んできていた。
本来であれば、そういった素早い役回りは騎兵や軽歩兵の動きなのだが、
「ぐぁぁぁ、なんだこの転がるような動きは!? 重すぎる!」
「こうすれば短い間だけど素早く動けるんダナ!」
集団ででんぐり返し突撃してくる重歩兵に、横の戦線がみるみる崩れ始めた。
「舐めるんじゃ……ねぇっ!」
ハイエナ女はウザったらしいシカの獣人を蹴り飛ばした。
ジークリット部隊による本来であればありえない、攻防の逆転戦法。
(こいつら、役割を逆転させたのか! 狙いはまさか――)
「どうだ、これが特別陣形だ!」
「ゲホッ……ジークリット王子!」
吹き飛ばしたシカの獣人をかばうように、オオカミの将軍が現れた。
「……狙いはスタミナ切れか。うちの部隊は最高火力、それを生かすための短期決戦型だ。途中で重歩兵と軽歩兵の役割をあえて交代させて、消耗と体力を分配させた。そして戦闘の長期化を狙ったのか」
「へぇ、そんな態でしっかり分析できてるじゃないか」
剣を肩に乗せたジークリット王子は、余裕そうに斜めからスカした。
それを見たハイエナ女はギリリと歯を食いしばる。
「一歩間違えば、一瞬で戦線が崩壊する戦法だぞ……!」
「知ってるか? 人には向き不向きがあるらしい。だけどよ、苦手を克服したっていいだろう。俺は信じたかったんだ、部隊の皆を」
ジークリット王子は、アンジェリカの訓練提案を受け入れてなお、当初のように全員が苦手な事も訓練することに拘った。
そこから生み出されたのが、特別陣形なのである。
「……そうかよ、たしかにこのまま部隊は負けるかもしれねぇ、だけどアタシはまだ負けてねぇよ?」
そういってハイエナ女は、ジークリット王子に向かって斧を低く構える。
表情に迷いは一切なく、そこには歴戦の戦士がただ純粋に戦闘とその先の決着を求めていた。
「もちろんだ。どうやらアンタを従わせるのは、当然みたいだからな?」
「――ぬかせぇ!」
その巨体が一瞬にして迫ってくる。
まるで巨大な岩石が、弾丸のように突進してきた。
ドォォォォッ!
強く地面を踏みつけた力が、足先を太ももを腹筋を胸を肩を腕を伝わって、全霊をかけた大斧が王子の横腹に振り下ろされた。
その攻撃はあまりにも早く力強く、通常の兵士であれば太刀打ちできなかっただろう。
――しかし、最初から防御目的であれば別だった。
(ハイエナ女の一撃は間違いなく俺より上だ、だったら逆に一撃を耐えてしまえば攻撃のチャンスはある!)
バギリと受け止めた剣が勢いよく折れ飛び、ジークリット王子の鎧に大斧がめり込んだ。
地面を引きずられるように王子は、大きく横に薙ぎ払われながらも、しかしなんとか攻撃を耐え抜いたのである。
王子の鎧が地面へガシャリと砕け落ちていく。
(いっ……ってぇえぇぇ!)
まさに骨を切らせて肉を断つ作戦。
模擬戦で刃が潰されているのを前提にした捨て身であった。
――が、
「なめんじゃ、ねぇっ!」
まるでそれを想定していたかのように、ハイエナ女は流れるように斧を手放したのだ。
そのまま隠し持っていた布を王子に覆いかぶせたのである。
バサリとジークリット王子の視界が真っ暗になった。
(しまっ……)
暗闇という弱点により、ジークリット王子は硬直してしまう。
一瞬だが、戦闘の中ではそれはあまりにも致命的な時間だった。
「てめぇは暗闇が弱点だって知ってンだよ!」
そのままハイエナ女は、ジークリット王子の顔面を素早く殴り抜いた。
攻撃を受けた王子の体がふらふらと揺れる。
「ぎ……っ」
そこに今度は足を踏みしめてのもう一発、王子の腹を強く殴りつけた。
ドグリと鈍い音が響き渡る。
「が、ぁ……っ」
ジーク王子は腹に深々とパンチを受け、そのまま震えるように膝をついた。
「だいたいアタシが本気でやってたら模擬専用の斧でも、もう死んでンよ」
ハイエナ女が勝ち誇ったように、さらに追撃を入れようとふりかぶった瞬間。
パシリと、右腕が掴まれた。
「な、に!?」
ハラリと布がズレ落ちる。
その瞬間に、二人の目が合った。
そこには、気絶したはずの王子が執念に燃える男の瞳が開かれていた。
「ざけッ……」
瞬間、ハイエナ女は左手で振り払うように王子を殴りつける。
ジークリット王子の目には、ゆっくりと迫るその拳が見えていた。
(……なんで、こんな時にアイツの顔を思い出すんだろうな)
ジークリットの頭の中で思い出されるのは、ウサギのメイドの事だ。
小屋での出会い。
初めて見たメイド姿。
王城での会話。
他の王子と話している所。
訓練での笑顔。
暗い中で密着した事。
そして崖から飛び降りる彼女の姿。
王子の心中には、いつでもあの少女がいた。
(そうだ。俺はあいつが好きだから)
「あんじぇりかぁぁぁっっ!!」
ジークリットはそのまま掴んだ腕を伝うように、素早くハイエナ女の背中に回り込む。
後ろから、首に抱き着く様にホールドしたのであった。
「て、め、ぇ……」
「言った……だろ、苦手を克服って」
ジークリット王子は暗闇の中ですぐに持ち直し、寸での所でハイエナ女のパンチをズラしていたのだった。
ゆっくりと巨体から力が抜けていく。
そのままドスリと音を立て、ハイエナ女は倒れ込んだ。
「っしゃああああ!! ハイエナ女を倒したぞっ!」
ジークリット王子は大声で周囲に勝鬨を上げた。
「隊長がやられた……!?」
「もうダメだ!」
「無理だ逃げろ!」
特別陣形によって膠着していた戦線は、その言葉により一気に瓦解した。
ここにジークリット王子の部隊が勝利したのだった。
「ってぇ……」
痛みに顔をしかめたジークリット王子が、踏み荒らされた地面に倒れ込む。
しかしその口元は満足げに笑っていた。
(アンジェリカ……勝ったぞ! お前は俺の物だ!)
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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