28話『ジークリット将軍』
「よし! お前ら、いくぞっ!」
意気揚々とジークリット王子が部隊のメンバーを鼓舞している。
王国ではついに、模擬戦大会が始まったのだった。
この大会で勝つことで、ジークリット王子が将軍として皆に認められるのである。
「おお! やれますぜ王子!」
「やってやりましょう!」
「やるよ!」
大会は数日間をかけて、国内の平原で行われる。
部隊事に1対1で陣地の争奪戦をするというルールだ。
訓練用の刃が潰された武具を使っての勝負になるが、当たり所が悪ければ怪我やそれ以上の危険が伴う。
「頑張ってください! ジーク王子! 皆さん!」
「まかせろ」
短く呟いた王子は、私の頭にポンと手を置いた。
ここまでジークリット部隊は、厳しい訓練をこなしてきている。
私がお菓子を配って以来、部隊の皆さんは本音で話すようになって、とてもいい雰囲気だった。
その汗と泥にまみれた成長を、私は真横で見守ってきたのだ。
絶対に優勝して欲しいと、心から思っていたのだが、
(たしか特別陣形……でしたか)
王子や部隊の皆さんを信じたい、信じたいのだが……
ジークリット王子発案の特別陣形、あれはあまり効果があるようには思えなかった。
(時間は有限ですし、もっと有効な部分を練習した方がよかったのではなかったのでしょうか)
そんな私の不安を払拭するように、ジーク王子の部隊は順調に大会を勝ち進んでいった。
片手剣を使いこなし、吠えるように戦うジークリット王子。
彼個人の戦闘力は凄まじく、間違いなく彼はこの国でも1,2を争う猛者だったろう。
そして時は流れ、ついに――
「きたぜ! ついに決勝戦!」
「やるしかねぇ!」
「お肉いっぱい食べたから大丈夫!」
見事、ジークリット部隊は決勝戦までやってきたのだった。
部隊の皆さんたちも、高ぶっている。
「ついにここまできたな、お前のおかげだ」
いつものように王子が私の頭の上に手を置いた。
数日間で勝利を重ねたその顔は、以前よりも勇ましく見える。
(かっこいいです! ジーク)
「はい、ここまできたら優勝しちゃいましょう!」
私も心の底から王子の勝利を願っていた。
そんな中、ジークリット王子が私の耳元に口を寄せ……
「優勝したら、お前が欲しい……」
「え?」
王子のいきなりの言葉に、思わず私は硬直してしまった。
固まったまま、ゆでタコのように時間差で顔が赤くなっていくのが分かった。
(あぁ、ジーク……! そんなに求められたら私……!)
私がおずおずと返事をしようと口を開いた、その時。
会話を邪魔するように、間に割り込むように、私たちに声が浴びせられた。
「おいおい女連れとは余裕だね? 妬けちゃうね?」
言葉と共に太陽が陰った、いや私達に影がかかったのだ。
まるで壁のような彼女は、噂の優勝候補――ハイエナ女だ。
体長は2メートルを超えるかのような長身で、それにつり合った筋骨隆々の肉体。
左目には眼帯をつけ、荒々しい髪、そして巨大な骨付き肉をむしゃりと頬張っていた。
(お、大きい。怖いです……)
「その女さんが、大会に出るとはな? てめぇこそ場違いなんじゃねぇのか?」
威嚇するオオカミのように、髪を逆立てた王子が啖呵を切った。
瞬時に戦闘モードに切り替わった彼は、私を手で庇うように後ろに下げる。
「はっ! このアタシを女扱いとは言うねぇ、おぼっちゃん! こいつは楽しめそうじゃねぇかぁ」
バキリと、ハイエナ女は肉についていた骨を噛み砕いた。
彼女の口の間から尖ったギザギザの歯が見える。
「アタシが勝ったら、将軍の立場はアタシが貰うよ。少年」
「だったら俺が勝ったら、何をくれるんだ?」
「そりゃありえないね。まぁそうだね、仮にもしそうなったら……最大の称讃と忠誠をお前にくれてやるよ」
ハイエナ女は自信満々で、王子を挑発するように空に向かって掌を広げた。
それを見た私は、もう我慢できなかった。
「なんだ。だったら予定通りじゃないですか、ジークリット王子はこの国の将軍なのですから。あなた一人くらい従わせて当然ですよね?」
先ほど、私と王子の大事な会話に割り込んできたこの女。
ハイエナの獣人女に、私は強い怒りを覚えていた。
ジークを侮辱したら、ゆるさないんだから……!
「お?」
彼女は今更気が付いたように、私を睨んだ。
その目は深く鋭く、まるで獲物を見つめる猛禽類のようだ。
しかし、
「ジークリット王子は負けませんよ、絶対に」
私は強い意志を持って、彼女を睨み返す。
メラメラと、私の中に闘志が燃えたぎっていた。
「アン、お前……」
「おいおい、随分と好戦的なメイドちゃんじゃねーの? これはますますやる気になっちゃうねぇ~」
ハイエナ女は肩に担いでいた大斧をブンブンと振り回した。
巨大な質量が私たちの近くを通り過ぎていく。
一通り振り回し、私たちに睨みを利かせた後、
「百パーセント、アタシが勝ぁぁつっ!」
ガハハハと豪快に笑いながら、そのまま立ち去って行くのだった。
「王子、私その気でいますからね! 絶対に勝ってくださいよ!」
思わず私は、王子から頂いたアンクルを上から握った。
私の剣幕を見たジークリット王子は、ニッっと笑う。
「おう、まかせてくれ」
ブォォォン!
角笛が鳴り響き、ついに決勝戦が始まった。
ジークリット部隊、ハイエナ女部隊が共に叫び声を上げながら、正面切ってぶつかっていく。
その地響きと気合が観客席にいる私にも届いていた。
「がんばってくださぁぁぁぁぁい!!!! ジークリット王子ぃぃぃぃぃ!」
私はその熱量に負けないように、大声で応援をしている。
部隊のぶつかり合いが始まって数秒後、すぐに趨勢が見え始めた。
残念ながらジークリット王子の部隊は力負けし、ジリジリと戦線が押され始めていたのだ。
「ぁぁ……頑張ってください皆さん!」
私はここまで何回か戦いを見てきたが、正面切っての戦いになると単純な力比べになることが多い。
一度負け始めた場合、そのまま時間をかけてずるずると負けていくパターンばかりだった。
相手は国内最強と言われるハイエナ女の部隊である。彼女たちは最強の名前通り攻撃力に特化した部隊で、それを正面から受け止めてしまったのだ。
(それはジーク王子も分かっているはず……何か作戦がきっと……!)
あれよあれよという内に、ジークリット部隊の戦線がギリギリのところまで押されている。
取られたら負けの陣地、その直前まで迫られてしまっていたのだ。
このままでは――
「頑張って皆さん! 負けないで!」
私は思わず、負けという言葉を使ってしまった。
重い言葉が私の心に、鈍く響き渡っていく。
そうだ、もう目の前にジークリット王子の負けが迫っていたのだ。
私は自分の言葉を聞いて、それを自覚してしまった。
(ジーク……!)
私は祈る様に手を握り、思わず目をつぶってしまった。
その瞬間、私の闇を切り裂くように、
「てめぇら! あの地獄の訓練を思い出せ! こんなのヘでもねぇだろう!?」
ジークリット王子の声が、観客席に響くような大声が、戦場に響き渡ったのだった。
遠目から見ていた私にはよくわからなかったのだが、そこから部隊の動きが変わっていく。
そして、いつの間にか相手を押し返してしまったのだ。
(これが特別陣形ですか……!)
逆転した勢いは変わらず、そしてハイエナ女部隊の陣地を飲み込むように占領したのだった。
つまりジークリット隊が優勝したのだ!
「やった! 勝ちましたよジーク!!」
嬉しい! 嬉しい! 嬉しいですよっ!
私はまるでウサギのようにぴょんぴょんと、その場で飛び跳ねてしまうのだった。
いてもたってもいられません!
気が付くと私は戦場へ向かって走り出していた。
(王子! ジーク王子! 私はあなたの物です……!)
救護班が忙しく飛び回る中、ジークリット隊の皆さんが一か所に集まっている。
私は足元が泥だらけになるのも気にせず、べちゃべちゃと泥を跳ねさせながら皆さんの所に近づいていった。
「おーい、お前ら! ジークリット王子がここで死んでるぞー!」
おい、お前ら止めろ! という焦った王子の声が輪の中から聞こえてくる。
そのまま部隊の皆さんによる勝利の胴上げが始まったようだ。
わっしょい! わっしょい!
皆さんの歓声が弾けた。
「いて、いてぇ! お前らやめろ! やめてくれっ!」
「やめませんぜ! 訓練で受けた王子への恨みをここで一同、晴らさせていただきやす!」
疲労困憊でドロだらけの中、皆が満面の笑みで王子を担いでいた。
皆が王子を信頼し、王子も皆を信頼した。
その団結こそが勝利へとつながったのである。
「いやぁでもすごかったっすね! あんじぇりかぁぁぁって」
「ばか! 言うな!」
すでに私に気が付いていたジークリット王子が、あわてたように皆さんを止める。
その視線によって、部隊の皆さんまで私に気が付いてしまうのだった。
「おお~ 勝利の女神の登場だ!」
アンジェリカ! アンジェリカ!
と、いつのまにか皆さんの掛け声が私の名前になっていた。
「ふふ」
私は喜びに震えながら、その胴上げに加わる。
ここに名実ともにジークリット将軍が誕生したのだった。
■お詫び。
この後の29話は、恋愛小説とは雰囲気が異なる戦いのお話を書いてしまいました。
ですので本日は連続投稿、という形を取らせていただきます。
物語の大筋には触れない王子側の話なので、読み飛ばしていただいても大丈夫です。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
ポイントをモチベーションに頑張って書いていております。
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