27話『いませんが』
明日は19時と20時の分割二回の投稿予定です。
夜の窓を、雨が強く打ち付けている。
乱雑で単調なリズムが、今晩の私を少し不安にさせていた。
「なんだか、落ち着かないですね」
雷が鳴り始め、雨と闇は一層濃くなったようだ。
その不穏な演奏を打ち消すように、部屋のドアが叩かれる。
「はい、どなたですか?」
「よう」
やってきたのはジークリット王子、心なしか顔が青白く見える。
これはなにかありそうだぞ、と私は直感した。
「……なるほど」
王子の話を聞くと、雨の夜に誰もいないはずの部屋から、叫び声が聞こえるという報告が相次いでいるらしい。
その確認と解決をジークリット王子が引き受けたのだという。
(地道に影響力を稼いでいらっしゃるのですね……)
こういった、誰がやるの? といった仕事は皆やりたがらない。
私はよく頼み事をされるので、追加仕事の大変さをよく分かっているつもりだ。
さらにジークリット王子の背景を知っているのもあって、私は王子の頑張りに共感するのであった。
「どうせ酔っぱらいか、なんかだろうがな」
王子がいつもの調子でスカしている。
しかし彼は何故私に相談してきたのだろう?
荒事や探偵事なら私よりも適切な人物がいるはずでしょうに。
「これからお前も一緒にこい」
「ぇえっ?」
(なぜ、なぜ、私がっ!?)
「いいから」
――数分後。
私は訳も分からず、王子と一緒に城の離れへやってきていた。
この建物は誰も使っていないので、夜間の間は照明の類は一切ない。
王子が持っている燭台だけが、唯一の明かりだった。
「うーん、思っていたより暗いですね……ジーク?」
ジークリット王子は何故か、さきほどからずっと沈黙していたのだ。
いつもは私の前をズイズイと歩いていくというのに。
なるほど、ここで私は王子の目論見を看破した。
「ははあ、分かりましたよ。もしかして怖いんですか? お化けとか?」
「……言うな」
冗談半分だったのですが、どうやら的中させてしまったらしい。
まさか、あのオオカミ王子、ジークリット・シュティーアが?
この国の将軍ですよ? 殺戮の一族ですよ?
「意外ですね?」
「俺はオオカミの獣人だから耳はいいし、夜はよく見えてしまうんだ……そのせいでよけいに……その、分かるだろ。特に暗闇が……ダメなんだよ」
「そ、うなんですね」
思わず私は吹き出しそうになってしまう。
あんなに強くて、あんなにかっこいい、あのジークリット王子がお化けや暗闇が怖かったなんて!
(ジークでも、怖いんだぁ……)
しかしここは武士の情けというやつである。
ぐっとこらえて、私は何も言わなかった。
えらいぞ、アンジェリカ!
「……雨が強くなったみたいだな」
ロウソクの頼りない光を頼りに、私たちは真っ暗な廊下をゆっくりと進んでいく。
揺れる明かりに、夜の雨。
これ以上ないほど不気味で、恐怖感が煽られていく。
「おい、誰かいるぞ……」
王子が小声で私に囁いた。
なんと私たちの怯えに呼応したかのように、誰かが廊下の奥に佇んでいたのだ。
「こんばんは、どなたですか?」
私は少し警戒しながら声をかけた。
ジークリット王子と言えば、怯えたように私に身を寄せてきていた。
(ジーク……ここは前に出て私を庇う所ですよ!)
とつとつと軽い足音を立て、近づいて来たのは小さな少年だった。
6歳くらいだろうか、小ぎれいな洋服と精巧なヒツジのお面をかぶっている。
「どうしました? 迷子になってしまったのですかね?」
私はしゃがむと少年に目線を合わせた。
リアルなヒツジの目が、感情の無い四角く黒い瞳が、じっと私を見ている。
(これは怖い……ですね)
王子ほどではないが、私も怯えてしまった。
嫌な汗が、ひやりと背中を伝っていく。
「お、おいおまえ何者だ? こんな所で何をしている。仮面を、は、外したらどうだ」
ジークリット王子が声を裏返しながら、私の後で声を上げる。
お面の少年はそれに答えるように、首を横に振った。
「ジーク、ダメですよ。相手は子供なんですから」
私はなんとか勇気を出し、少年に手を差し出す。
「トイレの途中で迷子になっちゃったのかな? お姉ちゃんたちと一緒に帰りましょう」
少年は無言で私の手を取った。
なんだ、やっぱりただの迷子じゃないですか。
「ど、どうする気だ?」
ジークリット王子が怯えながらも私に尋ねる。
強気なのか弱気なのかわからない態度に、私はついに少し笑ってしまった。
「ぷくく……」
「なんだよっ」
「いいえ、なんでもありません」
怖がりながらも拗ねているジークリット王子をなだめ、私たちは一度来た道を戻ることにした。
ピシャリ、ゴロゴロゴロ。
雷鳴が響き渡った。どうやら城の近くに落ちたらしい。
「ひゃ」
短い悲鳴と共に、王子は持っていた燭台を取り落としてしまったようだ。
その衝撃でろうそくの火が消えてしまう。
周囲はほとんど見えないくらい真っ暗になって、ただ雨の音だけがざぁざぁと鳴り響いていた。
「も~ジークリット王子、頼みますよ」
「す、すまない」
元々たよりなかった明かりだったが、消えてしまうと流石に私も焦ってしまう。
横に王子がいるから耐えられているんだろうと、私は思った。
「……アン、手を」
震える声で王子が私の手を握ってきた。
しっとりと、彼の手が少し汗ばんでいるのがわかる。
不本意ながらここでは、私が先頭で進む事になってしまったようだ。
(普通は逆ですよね? なんなのですか、このシチュエーションは)
私の右手は少年と、左手をジークリット王子と繋いでいた。
私だって守って欲しいのに……と、少し怒りの気持ちが湧いてきてしまう。
「こんな俺を……笑うか?」
王子がためらうように、不安そうに聞いて来た。
まったく、しょうがない人なんですから……!
「いいえ。前にも言いましたけれど、人には向き不向きがあるんです。苦手な事くらい私を頼ってください」
「そうだった……な」
(この様子では、今晩は私が王様かもしれませんね……)
ジークリット王子相手に主導権を持つのは心地よかったが、こんなシチュエーションでなければもっと良かったのにと思う。
それから私たちは来た道を戻ったのだが……
「あれ、ここから来ましたよね?」
なんと、私達がやってきたはずの階段が無くなっていたのである。
普段は能天気な私も、流石に怯えてしまった。
これは、ホラーですよ……!
「すまない、目をつぶっていたから俺には分からん……」
「はぁ、そうですか」
今晩はちょっとかわいすぎですよ、ジークリット王子……!
私は自分の不安を打ち消すように、王子の手をギュっと握った。
「言ってなかったが、この棟には怪談があるんだ。この通路の奥には13番目の開かずの部屋があって……」
(え……そんな話、今までしてなかったのに……)
「そこは昔、拷問部屋だったらしい。もちろん今は使われていないが、どうやら出るらしいんだ」
「何が……ですか」
よせばいいのに、私は思わず訪ねてしまった。
「幽霊が、だ」
「や、やめてくださいよ。こんな時に、冗談でも……」
なんですか! なんですか! 怖いですよ!
王子の怪談話に合わせて、強い雨と雷が良い塩梅に話を盛り上げ、私は鳥肌がたってしまった。
「進むしかないよ」
「ひぇ!?」
「うおぉっ?!」
突然の声に、私は思わず少年の手を放してしまった。
いままでずっと黙っていた少年が、突然口を開いたのだ。
いつの間にか、私とジークリット王子は抱き合っていた。
「ま、まって……」
ヒツジの仮面をかぶった少年が、一人で歩き始める。
そしてそのまま、私たちに手招きをしながら通路の闇へと消えていくのだった。
(……)
それを見送った二人の沈黙がしばらく続く。
私たちは恐ろしさのあまり、暗闇の中で青ざめた顔で抱き合っていたのだった。
こんな状況でなければ、興奮して鼻をフガフガ鳴らしていたのだろうが、もはやそれどころではない。
ウォォォォ、ウゴォゴゴゴォォ……。
「な、なんですか!?」
状況に追い打ちをかけるかのように、通路の奥から恐ろしい叫び声が聞こえてくる。
それは地獄の底から響き渡るような、低く暗く恐ろしいものだった。
「か、帰ろうアン」
「帰るってどうやってですか? こうなったらもう進むしかないですよ……!」
「お、おい、冗談じゃないぞ。こんな状況で、す、進めるかよ」
王子は暗がりでも分かるくらい顔が真っ青で、体を震わせている。
可哀そうですけど、今は怖がっている場合じゃないですよ……!
「この手の怪談って逆らうとだめじゃないですか、流れに乗った方がいいですって!」
「でもそれだと、結局最後にやられちゃうだろ!」
私たちはパニックになりながらも、体を抱き寄せつつ声のするほうへゆっくりと進んでいく。
そしてついに、最奥の部屋の前までたどり着いてしまったのだ。
ウゴォォォと、間違いなくこの部屋の中から声が響いている。
「ま、待て。俺が、俺が先に行く」
針の先ほどの勇気を振り絞り、ジークリット王子がついに男を見せた。
私は彼の男気に嬉しくなって、付けていたアンクレットを撫でた。
(さすがジーク、いざという時には頼りになります……!)
ギィィィと嫌な音をたて、年季の入った扉がゆっくりと開かれていく。
部屋の中は閑散とし、カーテンがかかっていない。
ただ窓にトントントンと、強い雨が打ち付けていた。
「なんだ、なにもないじゃ――」
その瞬間、ピカッと雷光が部屋を照らした。
誰もいないかと思われたそこには、なんと全身血だらけの甲冑が佇んでいたのだ。
「ひ、ひぇ……」
恐ろしさのあまり私は腰を抜かしてしまった。
ギギギギ、軋んだ音が鳴り響く。
なんとその甲冑は私に向かって、手を伸ばしてきたのである!
「ア、アンは俺がままままもるぅ……!」
ジークリット王子が私たちの間に割り込むように入ってくるが、その勢いのまま王子は通り過ぎていく。
そのままバタリと、床へ向けて気絶してしまった。
「ジークリット王子!?」
迫る甲冑の手!
もうだめです! 短い獣人生でしたが、さようなら! みなさんありがとうございました!
(……あれ?)
いつまでたっても怖い事にはなっていない。
ゆっくり目を開けるとそこには――
「あなたたち、こんな所で何をやっているのですか?」
なんと甲冑の中にはメイド長が入っていたのだった。
よくみると血だと思ったものは、ただのサビである。
「メイド長!? あなたこそ、こんな所で何を……?」
「私シリウス王子にあこがれて、最近オペラの練習を始めましたの。まだ初心者ですから、雨の日であまり音が聞こえないようにこの離れで、この甲冑も音がなるべく響かないようにと」
私は愕然とする。
ここまでやっておいて、声の正体がメイド長……?
「……せめて明かりくらい、つけてくださいよ」
「いつも節制しなさいと言っているでしょう? 私の趣味ごときに、ろうそくなんて使えません」
(なんですか、そのはた迷惑な気遣いは……)
私は全身にドッっと疲れを感じる。
これにて無事、雨夜の奇声の謎は解けたのだった。
しかしここで、私はいらぬことに気が付いてしまう。
「そういえばヒツジのお面をかぶった、小さな少年はどこに? こっちに来たと思うんですけど」
メイド長は小首をかしげた。
「小さい少年……ですか? 城にそんな年頃の方はいませんが」
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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