26話『全力、出しちゃいますか』
数分後、私たちは海沿いの丘にやってきていた。
一帯は草原になっており、潮風に草花がサラサラと揺れている。
「う~ん! 気持ちいいです!」
私は乗馬によって固まった体をめいっぱい伸ばした。
最近本気を出せず、鬱憤の溜まっていた気持ちが風に洗い流されていく。
「だろ? 気晴らしによくここに来るんだ」
今くらいの季節が一番気持ちいいんだぜ、なんて言いながらジークリット王子は愛馬を繋いだ。
「こっちにこいよ」
王子に肩を叩かれ付いて行った場所は、切り立った海沿いの崖だった。
高さは10メートルほどだろうか、なかなかに高い。
「ちょっと怖いですね……」
「大丈夫だ、ここから飛び降りても死にはしないぜ」
「それは経験あり、という事でしょうか?」
「ガキの頃、度胸試しでな。ああ、この風景が俺の思い出なんだ 」
王子は海のその先にある記憶に、想いを馳せている。
ザザーンと音を立て、波が岸壁に打ち付けられた。
(思い出の場所ですか……いいですね)
「座れよ」
取り出したピクニックシートを引くと、王子は崖沿いに腰かける。
私もおっかなびっくりジークリット王子の左隣に座った。
改めて崖から大海原を見下ろすと、確かに絶景である。
果てしなく遠くに、水平線がぼやけて見えていた。
(ああ、私の悩みなど、ちっぽけに感じますよ)
私は自分の胸に手を当てると、目をつぶり深呼吸した。
潮の匂いが鼻孔を突き抜け、海風が髪をなでる。
心から気持ちがいい、と感じた。
「すごい景色ですね、今までこんな風景見た事なかったです」
「だろ? ……所でアン、渡したいものがある」
少し奥ゆかしい雰囲気で、王子が切り出した。
何かはあるかな、と予想はしてしまっていたが、やっぱりプレゼントというのは嬉しいものだ。
私の胸中に、期待感が花のように咲いた。
「……はい、なんでしょう」
王子は内ポケットから一つのアンクレットを取り出す。
小さな貝殻や鉱石があしらわれた、この景色のように風情があるものだ。
「これをお前にやる。大事にしろよ」
「ありがとうございます……! ええ、素敵ですよ」
太陽にかざすと、白や水色のプリズムがキラキラと輝いている。
涼し気な雰囲気もあいまって、今の私の服装にばっちりだっただろう。
この嬉しさが少しでも霧散してしまう前に、私は彼の想いを腕に付けた。
するとアンクレットのように、さらに景色が輝いて見える。
「本当にきれいです! 今日は来てよかった……!」
「そんだけ喜ぶとはな、まぁ連れてきたかいがあったぜ」
そう言って、王子は照れたように笑った。
普段のクールな彼とは違った表情に、私の心はときめく。
「これはもしかして、手作りなのですか? なんだかとっても趣味がいいです」
「ああ、母親がこういうのが好きでな」
ジークリット王子は、少し気まずそうに視線を逸らした。
「まぁ、お母さまがお作りに? では今度ご挨拶を……」
「いや、それはいい」
短く王子が答えた。
それは少し冷たいニュアンスで、私はこれ以上、踏み込むべきではないと感じる。
(俺が作ったなんて、今更言えねぇよ……)
それから私たちは、他愛のない話をした。
その中でジークリット王子は、訓練が最近うまくいって楽しいという話を零した。
おそらくそれは不器用な王子なりの、私に向けた感謝の言葉だったのだろう。
「王子、どうして今日はここに連れてきてくれたのですか?」
「アホか、言わせんなよ」
ジークリット王子が左肩で私を小突く。
「まぁ、なんですか!」
私も負けじと王子に右肩を寄せた。
そして、そのままゆっくりと頭を王子に預ける。
恥ずかしさはなかった、自然にそうすべきだと体が動いたのだ。
(私、幸せです)
そのまま視線を上げると、彼のトパーズのような瞳が、太陽の光に煌めいて私を見つめていた。
ジークリット王子は私の左肩に手を回し、ゆっくりと抱き寄せた。
(……)
私はそのまま、王子の唇に向けてゆっくりと顔を寄せる。
ジークリット王子の顔が赤くなっていくのがわかる、そんな所もすごくかわいくて、かっこいい。
(好きですよ、王子)
私たちは視線を合わせたまま、キスを……
「あっ……!」
とつじょ、強風が吹き荒れた。
私は慌てて頭を押さえたが、帽子が吹き飛ばされてしまう。
「待て……!」
瞬間、ジークリット王子がジャンプして、舞い上がった私の帽子を見事掴んだ。
そして空中で私に帽子をパスすると、そのまま崖下へと落ちていったのだった。
あっという間の出来事である。
「ジーク!?」
どぽんと下から水音が聞こえてきた。
「どうしましょう、どうしましょう! 大丈夫ですかジーク!?」
私は慌てて崖の下を覗き込む。
ぷはぁという息継ぎと共に、王子が水面に顔を覗かせた。
「あー! だっせぇな、俺……ダメダメじゃん……」
照れ笑いと共に私を見上げている。
それを見て安心感を覚えた私は、なぜか突然に、ある事を思い立ってしまったのだった。
(全力、出しちゃいますか)
私は帽子やアクセサリー、靴を脱いで、飛ばされないよう石で押さえた。
セッティングを済ませた私は、すごし崖から離れると声を上げるのだった。
「行きますよ王子! 見ていてください!」
私は全速力で駆け抜け、崖を踏み切った。
ウサギの獣人の跳躍力は凄まじく、10メートル以上ジャンプしたかもしれない。
「な、に――!?」
驚く王子の顔を飛び越して、私は足から勢いよく海面へ飛び込んだのだった。
深く水中に沈んだ後、浮力によって私は海面へゆっくりと昇っていく。
見上げると、海面から光の柱がキラキラと降り注いでいた。
(キレイ……)
「ぷっ、はぁ!」
私は飛び出すように大きく息を吸った。
久しぶりに、本当の息をしたかもしれない。
もしかしたら、生まれて初めての息だったかもしれない。
「はぁ~気持ちがいいです!」
「馬鹿かよお前……っ! ってかすげージャンプ力」
「あはははは!!」
王子と私は満面の笑みで、しばらくそのまま笑いあった。
そしてびしょ濡れになった私たちは、そのまま騎乗し城へと帰る事になる。
「今日は楽しかったな」
「はい、そうですね」
塩水に濡れた服で密着するのが気持ち悪かったのも、帰った私達二人の姿に皆が驚いていた事も、そんな事いっさい気にならなかった。
「てかそのままジークって呼べよ」
「はい、分かりましたジーク!」
そういって別れ際、私は誰にもばれないようにジークの頬にキスをする。
考えていた通りの塩味だったが、それは特別で濃厚な味わいだった。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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