24話『照れ隠し』
数日後、私は再びジークリット王子から指名を受け、部隊訓練の手伝いをしていた。
湿った曇り空の下で、獣人たちが泥だらけで過酷な訓練をこなしている。
「どうした!? もっとお前らのやる気を見せて見ろ!」
本人も息を上げながら、ジークリット王子がついてこれない獣人たちを鼓舞している。
王子はムキになったように、前回よりもさらに苛烈な態度を見せていた。
(流石に今日のはやりすぎではないでしょうか……)
今日の訓練は小部隊に分かれて、大会を想定したぶつかり合いがメインだった。
小柄な獣人たちは体格差によって戦線を支えられず、大型の動物たちは足並みを合わせるのに苦労している。
「しっかりしろ! ハイエナ女に勝てんぞ!」
――ハイエナ女。
部隊の人に聞いたのだが、女性ながらも現王国最強の兵士と言われるハイエナの獣人がいるらしい。
彼女もまた大会に出場しており、所属する部隊は優勝候補筆頭と噂されていた。
(しかも次期将軍を狙っているらしいです。ジークリット王子が意識するのも無理ありませんね)
既に訓練を開始してから、それなりの時間が経過している。
皆疲れ果て、体力は勿論の事、集中力と共にやる気も失っているようだ。
「くそ、こんなことでは全然だめだ! おまえら大会で勝つ気があるのか?」
酔っぱらいのダンスのようだ、と王子が憤る。
彼の一線を越えた一言に、周囲の反発が漏れ出した。
「あーやってられねーよ! もう!」
「無理です、無理ですよ~」
「王子、こんな状態で続けてもしょうがないでのでは?」
ざわめく部隊のメンバーの態度に、ジークリット王子は怒りを露にし、彼らを鋭く睨みつけた。
王子の目が血走り、鋭い犬歯が口の間から見えている。
「……おまえら……!」
これはまずいですよ。
皆さんと王子の限界を感じ、思わず私は声をかけた。
「王子、いったん休憩してはどうでしょう。皆さんオーバートレーニングですよ」
「おまえに一体何が分かるんだ!」
激しい怒号が、今度は私に叩きつけられた。
私を睨みつけた眼光は肉食獣のそれである。
この国にきて私は初めて、肉食動物の獣人が心の底から怖いと……感じてしまった。
「っ! ……ジークリット王子」
私はオオカミ族が殺戮の一族であったという事を、彼がその末裔であるという事を実感する。
確かにそうなのかもしれない。
だけれど、それでも私は――
「私は王子の事は分かりません、でも分かる事もあります」
ジークリット王子を私はやさしく抱きしめた。
彼の荒い息を、逆立った毛を、服にしみこんでいく泥と汗を、彼の心を私は愛する。
「……」
「王子、落ち着いて下さい。王子も皆さんも今は休憩が必要ですよ」
ジークリット王子は深呼吸をすると、私からゆっくりと離れた。
「すまない……お前の言う通りだ。頭に血が上っていた。一度休憩にしよう」
気まずい空気が周囲を包んでいる。
私はその雰囲気を払拭するため、両手を明るく叩いた。
「さぁさぁ皆さん、いらっしゃって! まずは水を飲んでください! そして今日は特別ですよ! 美味しい軽食とお菓子を用意しました!」
私は今日の為に、大量のお菓子を用意したのだった。
包を解くと、あま~いメイプルの香りが周囲にただよっていく。
それにつられるように、ぞろぞろと部隊のメンバーが集まってきた。
「おー、そろそろ腹減ったんだよな!」
「うまそ~」
「僕、甘いものは……」
「大丈夫ですよ! 甘いのが苦手な方のためのお菓子もあります!」
「わあ、アンジェリカさん。助かります」
若いシカの獣人が嬉しそうに、草を練り込んだ無糖のクッキーを食べている。
よかった、用意した甲斐がありました。
「はい、ジークリット王子。あなたの分ですよ」
「お、う?」
きょとんとした声で、水を飲んでいた王子が手で口を拭う。
私はにこやかに小包に入ったクッキーを王子に手渡した。
王子は少し戸惑いながら包を解くと、クッキーを1つ摘まんで口に入れる。
「……甘いな。菓子なんて久々に……これを全てお前が用意したのか……?」
王子が周囲の兵士たちを見渡しながらつぶやく。
皆が嬉しそうに、お菓子を食べていた。
たしかに人数分のお菓子を用意するのは大変だったが、
「いいえ、アルベティーニ王子に声をかけていただいて、貴族のお嬢様たちに手伝っていただいたのです。お菓子作りの指導はルクス王子にしていただきました!」
「……まじか」
「皆さんと一緒にわいわい作ったお菓子作りは、まるでパーティーのようでとても楽しかったですよ。またやりたいと皆さん口をそろえて言っていました」
『僕をアゴで使うメイドなんて……アンジェリカ、やはり君は特別だよ』
『わーなんだか楽しそうにゃ! たくさんのお菓子作りだにゃ~ よーし、色々つくっちゃうぞ~』
今思い出しただけでも笑みがこぼれる。
私もぜびまたやりたいな、と思うのだった。
「王子! 味を言うんですよ、味! 王子だけ小包でもらったでしょう?」
部隊の誰かが茶化した。
ジークリット王子が少し慌てて、見た事の無い変な顔をする。
「む。うまい、ぞ。アン」
「はい! よかったです」
私はそんな王子の様子に、思わず笑いだしてしまった。
不器用な所も、一生懸命な所も全部大好きですよ。ジークリット王子!
「ひゅーひゅー」
「若いな……」
「もっとお菓子ないの!?」
「王子かわいい所あるじゃん」
面々からヤジが飛ばされる。
なんだか周囲から祝福されているみたいで、私は少し照れてしまった。
「おい、冷やかすな」
怒るジークリット王子だったが、先ほどのような苛烈さはそこになく。
困ったように笑っていた。
その笑顔はとても自然で、私はそこにジークリット王子の純朴な本来の性格を垣間見た。
しばらく休憩とった後、私は思っていた事を切り出した。
「王子、少し皆さんの意見を聞いてみてはいかがでしょうか。もっといい訓練のやり方があるかもしれません」
「やり方……?」
「皆さん得意不得意があるようですよ。例えば大型の獣人、サイ族とかトラ族の方は重歩兵での前衛が得意のようですし、サル族とかトリ族などの身軽な方は軽歩兵で横を支えるのがいいのではないでしょうか」
「そうですぜ、そっちならもっとやれます」
「うむ、合わせる分には大丈夫だ」
「いっぱい動ける奴がいい!」
話を聞いていた皆さんから、声が上がっていく。
やはり訓練に不満があったようだ。
「……一考してみるか」
そこからは部隊全員で意見を言い合った。
今までは全隊員が前衛や後衛、遊撃などの役職をローテーションで訓練していたのだが、得意不得意に分けてそれだけを訓練する形だ。
試してみると、隊列や動きに乱れはなく素人目にもうまくいっているのが分かった。
「これなら本番でもうまくいきそうだな」
王子が期待を込めた表情でつぶやいた。
部隊の中でも特筆すべきはジークリット王子その人だ。
元々いい動きをしていたのだが、統率された軍隊の中心となり、よりイキイキとその働きを見せていた。
(ジークリット王子! すごいですよ!)
雲の隙間から西日が差し込んでいる。
かつてない順風満帆な結果で、今日の訓練が終わったのだった。
神妙な面持ちで王子が私に話しかけてくる。
「なぁ。ウサギのメイドであるお前が、何でこんな事に気が付けるんだ……?」
「なんででしょう、横で気楽に見てたからですかね?」
「は。お前にとっては、必死な俺たちもそんな風に見えたのか」
王子がとても楽しそうに笑った。
リリリとどこかで虫が涼しげに鳴いている。
なぜか、夕焼けに照らされた泥だらけのジークリット王子の姿が、私にはとても格好良く見えた。
「……そうですね、人には向き不向きがあります。王子は少し前のめり過ぎたのかもしれませんね」
私は自分の赤くなった顔が、夕日でごまかせているか心配しながら答えた。
「そうか、俺はやりすぎだったかもしれんな」
「こりゃぁ、姐さんには頭があがらないっすね!」
どこかでまた誰かが茶化した。
「おい」
「「わははははは」」
笑顔の輪唱の中でもう一人、西日で赤くなった顔をごまかしているオオカミの獣人がいた。
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