23話『殺戮の一族』
「うぉぉぉぉっ!!」
汗と土埃にまみれ、武装に身を包んだ兵士たちが大声をあげている。
動物的な衝動が、私の前で火花を散らしていた。
(皆さん頑張っていらっしゃいますね)
今日の私は特別に指名を受けて、訓練の補助のような仕事をしていた。
軍を統括されているオオカミの王子、ジークリット・シュティーア王子のお手伝いという事になる。
「よいしょっと」
私は桶で運んできた、給水用の水を樽にざばりと加えた。
近く王国では、毎年恒例らしい部隊同士の模擬戦大会が行われるらしい。
ジークリット王子も本来は将軍という立場でありながら、1部隊の1兵士として出場されるという事だ。
「改めて見ても、すごいですね……」
私は訓練をしている兵士さんたちを見る。
獣人たちは皆歯を食いしばりながらも、丸太運びや短距離走、装備を付けてプール横断や悪路での匍匐前進など厳しい訓練をこなしていた。
その中にはジークリット王子の姿もあり、泥まみれにながりながらも他の兵士たちと一緒に汗を流していたのだった。
(壮絶です。弱々しいウサギの獣人である私は、一つの訓練もできないでしょうね)
「そこ、肩が下がってるぞ! しっかり運べ!」
「は、はい!」
ジーク王子の鋭い叱責が飛ぶ。
大会は100人での部隊でくぎられ、その部隊毎での陣取り合戦が行われる。
その成績が、地位や政治での発言力にかかわるようだ。
(それで王子も気合が入っているのでしょうが……)
しかし王国に始めてやって来た時に、馬上で感じた雰囲気と同じものを私は感じ取っていた。
どうやら兵士さん達と王子の間にはすこしわだかまりというか、距離があるようだ。
「おいお前、そんな事で優勝できると思うのか?」
膝に手を付いて息を切っている小柄なシカの獣人へ、シリウス王子が詰め寄った。
「す、すみません。しかしもう力が……」
見るからに疲労困憊でもう訓練という状態ではない。
しかしジークリット王子はそれでも、
「普段の訓練が足りていないからそうなるんだ、それにお前が飯を残しているのを知ってるぞ、もっと肉を食え!」
「は、はい……」
ジークリット王子は苛立ったように腕を組み、続けてサイの獣人にも声を荒げる。
「おまえはどうだ? 全然コースを回れていないだろう、本気で走れ!」
「ごめんよ王子、だけどこれが限界なんダナ」
「口答えしてる暇があったら、足を動かすんだ!」
厳しい訓練はうまくいっていないようだ。
それに合わせて、兵士さんたちと王子の関係もギクシャクしてしまっている。
「ジーク王子、そろそろ休憩にしてはどうでしょう?」
そんな状況に私は見かねて、つい声をかけてしまう。
一瞬鋭い目つきが私にも向けられたが、ジーク王子はすぐに目を伏せ、はぁと短くため息をついた。
「……そうだな。喜べお前ら! アンジェリカの好意で休憩にする。たっぷり水を飲め!」
疲れた様子で集まってきた兵士さんたちが、私の用意した水を浴びるように飲み始めた。
部隊全体からは、どんよりとした雰囲気を感じる。
「すまない、アン。またお前に助けられたな」
ジークリット王子はいつもの表情に戻り、私の頭にぽんと手を置いた。
しかしその声色は、訓練とは別の所で疲れているようにも思う。
憂い顔の美形も素敵だが、今はそんなことを考えている場合ではない。
「いえ、微力ながら力添えさせていただきます」
私は頭を下げた。
訓練ですから、心を鬼にして相手を貶す必要もあるのでしょうね。
私は演技でも相手を罵倒するなんて、できません。
「そうか、助かるよ」
しばらく休憩したあと、王子たちは再び厳しい訓練へ戻って行くのであった。
ここまで見た兵士さん達の王子への態度は、なんだか腫物に触るようである。
(これはいけませんね……なんとかジークリット王子の力になって差し上げたいですよ)
盗賊討伐の時もそうだったが、私はジーク王子から焦りのようなものを感じていた。
それには、なにかしらの原因があるはずだ。
直接問いただしたかったが、ジークリット王子のスカした性格では、たとえ私が聞いても教えてはくれないだろう。
(なんでしょう……例えば王子の責務、義務とか……そうですよ!)
私は相談すべき相手を思いつき、さっそく話を取り付けるのであった。
「なるほど、貴様から話があるというから何かと思えば、他の男の話か」
机の上で指を組んだシリウス・ヘングスト王子が、眼鏡の奥から私をじっと見つめている。
執政中のシリウス王子はインテリ然としていて、それは大変素敵です!
……けれど今は、
「お願いします。ジークリット王子の事を知っていて、忌憚のない意見をくださるのはシリウス王子しかいません!」
私は必死になって頭を下げた。
シリウス王子は眼鏡を押えて目をつぶると、2、3秒考えた。
「この後の会議をずらせ、しばしこの女と話をする」
「は。しかし、よろしいのですか? この後の相手は……」
「なに、少しくらい待たせてやればいいさ。それと席を外してくれ」
「分かりました、失礼します」
キビキビとした様子で秘書官が退出していく。
え? 何か重要そうな話でしたけれど……
「あの、本当にいいのですか? 会議をずらしていただかなくても……」
「私がお前の為に時間を取ると決めたのだ。息抜きは必要、なのだろう?」
にやりとシリウス王子が笑った。
ニヒルな笑いに私の胸が最高潮にときめく。
「ありがとうございます!」
「――なるほどな」
私がジークリット王子の状況を説明すると、納得したかのようにシリウス王子はアゴに手を当てた。
「確かに、心当たりがある」
「ぜひ教えてください!」
私は思わず飛びつく様に答えてしまった。
ジークリット王子の事を少しでも知りたくて、癒してあげたくて、心の中で強く答えを求めていたのだ。
「ふん、そんなに必死になるなアンジェリカ。私も男だ、嫉妬心を感じてしまうではないか」
言葉とは裏腹に余裕そうな笑みを浮かべて、シリウス王子は私を制した。
私はカッと顔が熱くなるのを感じる。
がっついてしまった事と、何よりシリウス王子にそんな風に思われていたなんて……
「まぁ今はいい、まずはオオカミ族について話そう。オオカミ族は過去に殺戮の一族と呼ばれ、この国では忌避されていたのだ」
「殺戮の一族、ですか……」
それからシリウス王子はオオカミ族について話しだした。
数十年前、国内で内乱があったときに武力によって成り上がった一族。それがオオカミ族だった。
獣人としての強烈な戦闘能力と、一族一致団結していた事によりその実力は広く知れ渡っていたのだという。
戦争は綺麗ごとだけではない。
オオカミ族繁栄の裏では、敵対勢力を徹底的に滅ぼしたり、殺した相手を食べていた、などという逸話も残されているのだそうだ。
「……恐ろしいですね」
私はぞっとした。
今は平和そのものだが、この国で過去にそんなことがあったなんて。
そして、オオカミ族――ジークリット王子の種族が殺戮を行っていたなんて……
「安心しろ、それは数世代前の事で、戦争なのだ。誰が悪いという事ではない。ただオオカミ族は実力を示しすぎたのだ。何よりそれは、オオカミ族が持つ家族への愛情深さが理由と言われているのだ」
『……かぁ……さん……』
私は小屋で聞いたジークリット王子のうわ言を思い出していた。
……ジークリット王子……
「そのような歴史的な背景のために、ジークリット王子は皆から少し距離を置かれているのだ」
「ジークリット王子はそんな恐ろしいことはしないですよ!」
私は我慢できず反発してしまった。
「分かっている、皆それは分かっているのだ。しかし軍人としての家系、オオカミ族として指を差されながら生きてきた環境は、奴を孤独に、そして孤高に育て上げてしまったのだ」
「そんな事って……」
どうしようもないじゃないですか。
私は無念さに心打ちひしがれ、メイド服のスカートをギュっと握った。
「若くして家督を引き継ぎ、この国の将軍として祭り上げられた奴は、もがいているのだ。自分の実力を、意地を示すのに必死でな」
私はジークリット王子の状況を理解し、呆然としてしまう。
そんな事、私は全然知らなかった。
シリウス王子と同じように、彼もまたその立場に苦しんでいたのだ。
(だから皆さんに認められるために、結果を出すために、兵士さんたちと混じって大会に臨んでいたのですね)
「私が言えるのはここまでだな、後は貴様が何とかしろ」
「ありがとうございます。今日はお時間をとっていただいて本当に感謝しています」
私が頭を下げると、固かったシリウス王子の表情が少しゆるんだ。
シリウス王子のこの顔に私は弱い……そんな顔をされたらどんどん好きになってしまいます!
「奴の心を溶かすのは、お前しかできない仕事だ。任せたぞ」
「え、あ。はい! 頑張ります」
意外な視点からの言葉に、私は驚いた。
考えてみれば、王子同士はライバル関係にあるはずだ。
今回のようなアドバイスはまさに敵に塩を送るような行為だ。
しかも私を送り出すなんて……
「奴には王となった私の右腕として働いてもらう。その為の布石といった所だ。こんな所で脱落してもらっては困る」
「流石はシリウス王子、そんな未来のことまで考えていらっしゃったのですね」
「ふ」
笑みを浮かべたシリウス王子が立ち上がり私に近づいてくる。
私の肩に手を乗せると、王子はゆっくりと耳元でささやいた。
「心配するなアンジェリカ、貴様は私が必ず手に入れる。それまで待っていろ」
王子が執務室を退出していく。
残された私はしばらくその場で顔を赤くして、彼の残り香を感じながら、ただ立ち尽くしていた。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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