20話『次の機会』
あの後、私は約束通りシリウス王子に童謡を教えた。
王子は物覚えが良く、2~3回歌うとすぐに覚えてしまうのだった。
それから数日後――
「「ララララ」」
今日も二人の合唱が見張り塔の上から聞こえてくる。
突き抜けるような晴天に、私たちの笑顔を乗せた歌がどこまでも響き渡っていく。
最近の私たちは、顔を合わせれば一緒に童謡を歌うようになっていた。
「うーん、気持ちがいいですねぇ」
「ふぅ……楽しく自由に歌うか。この感覚、いつの間にか忘れてしまっていたな」
シリウス王子の顔が和らぐ。
彼の穏やかな表情に、私の心はメトロノームのように揺れ動いている。
「ゆとりの時間があるって良いですよね。やっぱり気を休める事も必要です」
「そうだな、私には返す言葉もない」
シリウス王子が苦笑する。
本当にどんな表情をしても絵になってしまう方だ。
その顔は王宮で見かけるキビキビとしたシリウス・ヘングスト王子のものではない。
(私だけがこの表情を、シリウス王子の仮面の下を知っていると思うとなんだかとってもドキドキします……!)
「それはそうと、アンジェリカ」
あ、この顔はお小言ですね。
私はこの後来るであろう、王子の説教に備えた。
逆に言えば、そこまで彼の事を理解したという事でもあるのですが……
「何度言えば分かるんだ? 5小節目の最後は高く伸ばすように、だぞ」
「はい、すみません王子」
思わず唇に拳を当て、今度は私が苦笑してしまう。
メイドとして不敬千判だったが、私たちはもうそんな関係でもなかったのだ。
「……?」
ポニーテールを傾けた王子は、私の苦笑の意味が分からなかったようだ。
たまには、王子にも分からない事があってもいいでしょう。
なんだかいじわるな気分になった私は、そのまま何も言わなかった。
日々は移ろい、今日の私は中庭でルクス王子と日向ぼっこをしていた。
私に下された昼間の仕事は、ルクス王子のおもりである。
草花の香りが漂い、虫たちが花の蜜を求め忙しそうに花園を飛び回っている。
「ん~きもちいいにゃぁ~」
「はい、気持ちいいですねぇ~」
私たちは芝生に寝転んでおり、暖かな陽気がポカポカと一帯をやさしく包み込んでいる。
自分のふわふわのウサギ耳をぬいぐるみのように抱いて、とても気分がいい。
まるで時間がゆっくりと進んでいるようだ。
「ラ、ラララ」
油断した私は思わず、いつもの童謡を口ずさんでしまう。
当然ルクス王子の興味の的になってしまい、シリウス王子との塔の上での話をすることになってしまった。
なんだか、気まずい気がしたのはなぜでしょうか。
「にゃるほど~、まじめなシーちゃんっぽいにゃ~。もっとルクスみたいに楽に生きればいいのににゃ~、っていつも怒られてるルクスがいっちゃダメかにゃ」
ルクス王子は眠たそうにまぶたを擦った。
たまりません! 本当に猫みたいでかわいらしい王子ですよ、ルクス王子。
「そうですね、ルクス王子ももうちょっと頑張りましょう」
「うーん、お姉ちゃんに言われちゃったら、がんばるしかないかにゃぁ……」
言葉だけのルクス王子だが、これはいつものことで慣れっこだった。
ふふふ、かわいらしくて怒る気にもなれないですよ。
思わず王子のかわいらしいほっぺたをつつきたくなってしまう。
「そういえばにゃ、シーちゃんね。お酒を飲むとすごいって知ってたにゃ?」
「お酒、ですか? それはとてもお飲みになるという事ですか?」
「逆にゃ逆にゃ。もうね、シーちゃんにお酒は絶対ダメにゃ。まさにしゅ……」
「ほう、誰の話をしているのだ?」
私たちの背後から、鋭い口調の言葉が差し込まれた。
「にゃ」
「シ、シリウス王子!?」
予想外の人物の登場に、私は急いで身を起した。
地面に寝転んで完全に気を抜いていた所に件の王子現る、である。
私はだらしない姿を見せてしまったことに、赤面するしかなかった。
「私の話はともかくルクス、貴様また何かやったな? メイド長が怒髪天だったぞ」
「あ~そうだにゃ。メイド長に今日中にやるって言ってたにゃ~」
ルクス王子が気まずそうに、頭を抱えて目をつぶった。
ゴロゴロ、ゴロゴロとそのまま地面を転がっている。
む、そんな姿もかわいいです。ずるいです。
「にゃ~にゃ~にゃ~、流石に三回目だからもう伸ばせないかにゃ、シーちゃん後は頼んだにゃ」
たっぷり悩んだ後、ルクス王子は観念した様子で立ち上がり、自分のお尻を叩いた。
そじゃあまたにゃ~お姉ちゃん、そんな事を言いながら立ち去っていく。
一体何を伸ばしていたのでしょうか……私は怖くて内容を聞くことができなかった。
「コホン、アンジェリカ。ちょっといいか?」
「は、はい」
私は慌てて立ち上がり、襟を正してシリウス王子に向き合った。
そういえば城内で言葉を交わすのは初めてかもしれない、そういえば今日はお付きの方がいないようですが……
「アンジェリカ、礼を言いたいのだ」
「はい、礼ですか?」
身構えていた私は、予想だにしなかった言葉に驚いた。
わざわざ礼を言いに、王子が? ここまで?
「童謡を教えてくれた事と、私の気晴らしに付き合わせている礼だ」
「そんな、私はそのような事……とんでもないです……」
もじもじと委縮して、私はスカートの端をぎゅっとつかんだ。
よかった私、王子の役に立てていたのですね……!
「謙遜するな。以前は息が詰まるような毎日だったが、最近は気が楽なのだ。間違いなくお前のおかげだ」
「それは……よかったです。私もお役に立ててうれしいです……!」
嬉し恥ずかし、私の胸の中がぱっと明るくなる。
シリウス王子からその言葉を聞いただけで、私は本当に幸せだった。
「それで今日は私の主催で舞踏会があるのだが、貴様を招待しよう」
「……え?」
「今晩だ。何か問題か? 仕事があるようなら言って変わらせるが」
一転、私の心がひっくり返った。
舞踏家! お城の舞踏会である。
メイドの私がそんな所に出るなんて、場違いが過ぎます。
「あの……心の準備が……それにダンスなんて私……」
「そうか、そうだな。少し急すぎたか、すまない」
「あ、はい。ぜひまた次の機会に……」
言葉の途中で、自分でも分かるくらい私は落胆していた。
せめて数日あればいろいろと準備ができたでしょうに。
お城の舞踏会、行ってみたかったですよ……
「では次の機会だな、それでは」
そう言うと、シリウス王子はそそくさと立ち去って行った。
彼の切り替えの早さに私は少しモヤりとしてしまう。
(女の子を誘っておいて、断られたらさっさと退散ですか……シリウス王子のこういう切り替えの速さは少し苦手かもしれません)
「いえいえアンジェリカ、気を取り直して! 王子の役に立っていた、それだけで十分に嬉しい事なのですから」
私はその場で深呼吸する。
シリウス王子に習い切り替えると、私はさっそく次の仕事場に向かった。
「よぉし、この気分は汚れにぶつけて! きれいさっぱり掃除しちゃいましょう!」
私はぴしゃりと顔を叩いて、気合を入れた。
言いつかっていた掃除をするため、部屋の扉を開けるとそこには、
「やあアンジェリカ、奇遇ではないか」
「シリウス王子!? なぜこんな場所に……?」
何故か部屋の中に、先ほど別れたシリウス王子が待ち構えていたのだ。
唖然とした私は、ただ王子を見つめる事しかできなかった。
「ふ、私を舐めるなよ?」
何故ここに、王子がいるのでしょうか?
何故王子は、得意げなのでしょうか?
私には、わかりません……。
「貴様の考えていることが手に取るようにわかるぞ? 別の方向に向かった私は、たまたま窓からこの部屋に入って、たまたまそこで貴様出会ったのだ。断じて一緒の場所に向かったわけではない。あくまでたまたまなのだ」
よく見ると、王子は少し肩で息を切っている。
まさか……走ってここまで来られたのですか?
「パターン4だ。貴様が断ったときに次に向かうのは仕事場の可能性が高い、あらかじめ想定済みだ」
そ、想定していた……?
そもそも私とは逆方向へ向かっていったはずですのに……
「ぇ……ぁ……はい。でも、どうやって?」
王子が自慢げに眼鏡を押え、ふふんと鼻を鳴らす。
どうやら随分とご機嫌のようだ。
「舐めるなと言った。私は馬の獣人なのだ。地上での早さなら誰にも負けん」
そう言うと、シリウス王子は内ポケットから取り出した招待状をスマートに差し出してきた。
「次の機会といっただろう? 今がその次の機会というやつだ」
「たしかに次の機会とは言いましたけれど……」
シリウス王子は私に近づき、以前のように私のアゴを持ち上げた。
ドクンと、体温が一気に上がるのを感じる。
「嫌とは言わせないぞアンジェリカ、私は計算高い男だ。欲しいものは絶対に手に入れる質でね」
「わ、分かりました王子……舞踏会に出席します」
驚きと嬉しさに私の心はぐちゃぐちゃだった。
しかし、そんなことは気にならないほど、私は今晩の舞踏会ですごい経験をする事となる。
私がまだ知らないシリウス王子の側面を、嫌と言うほどに味わう事になるのだった。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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