2話『不幸な娘アンジェリカ』
――アンジェリカが国外追放される数日前。
とある男爵夫人のお屋敷にて。
「まったく、とろくて使えない娘だね」
少し痩せ気味で家事によって手が荒れた少女、アンジェリカは困ったように返答した。
この後、ウサギの獣人になってしまうなど露知らずに……
「申し訳ありません、伯母様」
高級な調度品が並ぶラウンジで、いつものように冷たい床を磨いていた矢先の事である。
「ソファーの下は掃除したのかしら?」
豪華絢爛なドレスに身を包んだ叔母様は厳しい口調で言及する。
いままでソファーの下は大掃除にしか清掃しないような場所だったが、今度から日常業務として仰せつかっていたのだった。
「はい、綺麗にしておきました!」
私、アンジェリカは伯母様に元気よく満面の笑みで答える。
大きなソファーを床に傷がつかないよう運ぶのは大変だったが、なんとかこなした後だった。
「……この次は煙突の掃除ですからね」
私はこの男爵家で生まれたわけではない。
両親は幼いころに他界して、ぼんやりと記憶がある程度だ。
それから近縁である叔母様の家にずっと厄介になっていたのだ。
私は叔母様、そして雇われメイドさん何人かとこの屋敷でずっと暮らしてきた。
「わかりました、少しお時間がかかるかもしれませんが夕食までにはなんとか終わらせます!」
叔母様の綺麗好きは昔からだったが、旦那様が亡くなってから拍車がかかったかのように思う。
メイドさんよりも私の方が叔母様に頼られることが多く、私はそれが嬉しくていつも働いていた。
「……っ! 丁寧にやるのよ」
(私の態度が何か失礼だったのでしょうか……?)
元気な返事をしたつもりだったが、叔母様は少し機嫌が悪そうだった。
今日も大きな仕事を任されて昼食を取る暇がなくなってしまったが、それだけ信用されているってことですものね。
「ケホッ……ケホッ……」
口を布で覆った私は、ススだらけになりながら煙突の中を掃除していく。
昔から私は体が弱く、少しの事ですぐに熱を出してしまう体質だった。
特に煙突掃除は相性が悪く、掃除が終わると数日は咳がとまらなくなってしまう。
いつも叔母様に、それをうるさいと叱られてしまっていた。
「ふぅー……」
数時間かけ汗だくになりながらも、私は煙突掃除を終わらせた。
真っ黒になりながらも暖炉から這い出てくると、そこには満面の笑みで叔母様が立っていた。
「ご苦労さま、アンジェリカ。まぁやはり全身がススで真っ黒ね。綺麗にしなくてはいけませんね」
そう言うと叔母様はバケツに入った水を私の頭上から浴びせた。
背筋が凍えるような、いきなりの冷水に私は驚き体が縮こまってしまう。
「冷た……!」
「うんうん、綺麗になりましたねアンジェリカ。お礼に夕飯を用意したの」
笑みを浮かべたまま叔母様は、料理が乗ったトレイ持ち上げ私に歩み寄ると、つまずいてしまう。
皿に乗ったパンや野菜達が床に零れていく。
「あらまぁごめんなさい私ったら。でもまあ料理がもったいないし、床はあなたが掃除したばかりですものね。このまま召し上がってくださいな」
「ぁ……」
私は状況が理解できず呆然としてしまう。
「どうぞ召し上がって?」
「……ありがとうございます叔母様」
私の為に料理まで用意してくださったのだから、それを頂かないのは失礼よね……?
寒さに体を震わせながら、私は床に落ちた料理を頂いたのだった。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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