16話『できないこと』
「まったくどうしたのですか、ルクス王子?」
荷物整理をしていた私の周りを、ルクス王子がバタバタと走り回っている。
不思議がる私の感情と一緒に、ちりや埃が部屋の中で舞い上がっていた。
「これはこっちにゃ? これはどっちにゃ~?」
ルクス王子が元気よく私に尋ねてくる。
今日の私はルクス王子にちょっかいを出され続けていた。
「これ運ぶにゃ?」「ここ掃除するんだにゃ!」「ルクスに任せてにゃ!」
後ろをついてきたと思ったら、私が何か新しい仕事をするたびに、すかさず割って入ってくる。
一体なんの遊びなのでしょうか、
「もう、今日はどうしたんですかルクス王子?」
これでは仕事にならず、私は苦笑しながらも訪ねた。
「うーんとね、いつもアンジェリカお姉ちゃんが助けてくれるから、今日はルクスが助けようと思ったんだにゃ!」
元気いっぱいに頭の上に手を伸ばした王子は、屈託の無い笑みで私に返した。
(むむむ……かわいい)
このままでは王子のかわいさに負けてしまいますよ。
負けじと私は目をつぶり、人差し指を立て大げさにポーズをとった。
「ルクス王子に、私たちの仕事をさせるわけにはいきません」
子供を注意するように彼をなだめた。
私の本心を言えば、王子の目論見がわかって一安心という気持ちだったが、流石に王子に仕事をさせたとなれば大ごとだ。
特にメイド長にお叱りを受けるのは間違いない。
「えーいいよにゃ? ルクス頑張るからにゃ! あとはねー、お姉ちゃんが来ているメイド服も着てみたいにゃ!」
激しい舌戦の末、結局私が折れる事になった。
判断を仰いだメイド長が終始無表情で応対していたのが気になったが、結局はルクス王子の好きなようにやらせるのがいいという事であった。
つまり、今日一日は新人の使用人であるルクス王子を私が監督するという事になったのだ。
「どーおにゃ? にゃがいスカート! 似合ってるかにゃ、にゃ?」
王子が私の前でクルクルと回っている。
ロングスカートから小気味よく出たしっぽ、ピンと伸びた三角の耳にヘットドレスが良くマッチしている。
(わぁ! なんてかわいらしいのでしょう……!)
美少年であるルクス王子は、想像以上にメイド服を着こなしている。
元々そういうものであったかのような姿に、私はとても興奮してしまい鼻をヒクヒクさせるのだった。
「ええ! とてもお似合いですよ」
「へへー! これでお姉ちゃんとおそろいにゃ!」
それから私たちは意気揚々とメイドの仕事を始めた。
掃除、部屋メイク、整理整頓、荷運び。
そして今現在――私たちは衣服を干すために外にやってきた。
「気持ちいにゃ~」
「はい、絶好のお洗濯日和ですね」
私は手で作った影から太陽を仰いだ。
少し強いくらいの風が、私たちの間を踊る様に通り過ぎていく。
ルクス王子と一緒にいると、いつもの仕事もなんだかワクワクしてしまうのだった。
「わーい! ぐい~ん!」
ルクス王子が洗濯竿にぶら下がり、楽しそうに遊んでいる。
予想していた通り、ルクス王子はすぐに仕事に飽きてしまったようだ。
「いけません王子、洗濯物が落ちてしまいますよ」
私は苦笑しながら、王子に注目した。
やはりネコ科の獣人なだけあって、身体能力は特別に高いようだ。
「いくよお姉ちゃん! 見ててにゃ!」
得意げな王子は、両足を洗濯竿にかけると、勢いをつけ一回転、二回転。
そのまま空中に飛び出し更に一回転!
両手を上げて、しゅたり。
見事に着地したのだった。
「わぁすごいです王子!」
私は驚いてパチパチと拍手をした。
小さい頃に見たサーカスの曲芸のような動きに、思わず童心が蘇ってしまう。
「どう? すごいにゃ? ぁ……」
王子が私越しに後ろを見る。
そちらに視線を合わせると、洗濯竿は王子の曲芸によって外れてしまい、洗濯物が地面へと落ちてしまっていた。
「ぁ、ぁ……ごめんなさいにゃ……」
意気消沈。
王子は途端に小さな声になって、うつむいてしまう。
「もう、仕方ないですね王子」
王子の憂い顔を見ると、私は強く怒れなかった。
こんな王子の表情や性格も、愛しいと感じてしまう。
「うぁ……ぁ、にゃ、にゃ」
ルクス王子は焦ったように洗濯物を拾い始める。
「大丈夫ですよ落ちたのは数枚ですし、元々この後にもお洗濯しなくてはいけなかったですから」
「そうなのにゃ……?」
「ええ、一緒に洗えばいいだけです。ほとんど変わらないですよ」
私の返答を聞いた途端に、ルクス王子の表情に色が戻る。
「よかったにゃ~アンジェリカお姉ちゃんに嫌われちゃう所だったにゃ~」
ばつが悪そうに照れ笑いをすると、王子は頭の後ろに手を組んだ。
「王子を嫌いになるなんて、ありえません」
「にゃはは~!」
(ふふ、本当にルクス王子はかわいらしいお方です)
感情表現豊かな王子に、私の心はどんどん楽しくなっていく。
その後、私たちは洗濯場に向かったのだった。
「見て見てお姉ちゃん! 泡がいっぱいだにゃ! ふぅ~」
両手に泡を溜めたルクス王子が、私に向かって吹きかけてくる。
飛び散った泡が、太陽の光を反射して虹色に輝いていた。
「もう王子~ちゃんと仕事してください!」
私は笑いながら身をよじった。
こんなに笑ったのはいついらいだろうか。
「あはは~ どうせなら楽しいほうがいいにゃ~!」
ルクス王子は洗剤を使い、沢山の泡を作ると巻きあげるようにそれをばらまいた。
周囲に大量のシャボン玉が飛びたっていく。
「うわ~! まるでシャボン玉の世界に来たみたいだにゃ!」
光を乱反射したシャボン玉に、私達の笑顔が移り込んでいる。
「綺麗、幻想的ですね……」
私は非現実的な光景に浮かれていた。
その隙をつくように、いつの間にか王子が私の後ろに回り込んでおり、
「あわあわにゃ~」
と言いながら私の頭上にすくった泡を落とした。
「……えっ?」
「あはは、おねーちゃん頭の上に鳥の巣があるみたいだにゃ~」
王子が私の頭を指差して、大笑いをしている。
もう、本当に懲りない方なんですから……!
「やりましたね!」
「うにゃ~お姉ちゃんの逆襲にゃ~」
私は笑みをこぼしながら、お返しとばかりにルクス王子の頭上に泡をかけた。
二人の明るい声が、洗濯場に響き渡っていく。
私は生涯、今日この日を忘れることはないだろう。
気が付くと予定より大幅に時間を過ぎており、メイド長の雷が降ったのだがそれはまた別のお話。
その後私達は気持ちを入れ替え、頑張って残りの仕事をこなしていったのだった。
「やっぱりすごいにゃーお姉ちゃんは。ルクスにできない事をこんなにいっぱいできるなんてにゃぁ」
王子がキラキラとした視線で私を見ている。
私も負けじとキラキラした気持ちをお返しした。
「そんな事ないですよ、それに王子だって私にできない事をいっぱい……お菓子作りや運動、難しい勉強、そして他人をいたわる気持ちをお持ちです。心から尊敬していますよ」
「にゃにゃ~ なんだかくすぐったいにゃ~!」
えへへ、とルクス王子が身をよじって照れている。
そんな顔もかわいいと感じた私も笑う。
この日を境に、私たちはもっともっと親密になったのだった。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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