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15話『大切な時間』

「次はあちらですね」


 何でもない昼下がり、今日の私は庭の掃除をしていた。

 柔らかい日差しが、とても気持ちいい。

 こんな日は芝生に裸足で寝転んで、つい昼寝をしたくなってしまう。

 

「あ、おねーさんいたにゃ!」


 私の後ろからルクス王子の声がかかる。

 声だけで彼の天真爛漫(てんしんらんまん)な顔が思い浮かんで、思わず私は心の中でも微笑んだ。


「あら、ルクス王子こんにちは。先日はビスケットありがとうございました。とても美味しかったです」


「うん!」


 それでにゃ……と少しモジモジしながら、王子は後ろに回した手を差し出した。

 そこにはバスケットに入ったお菓子……これは、


「おねーさん、おねーさん、新しいマドレーヌ作ってみたんだけど食べてみてにゃ?」


 王子は屈託(くったく)の無い笑みで、小首をかしげた。

 そのしぐさに私の胸はキュンと高鳴り、愛おしく感じてしまう。


「まぁ、また私に? もったいないですよ」


「おねーさんに食べて欲しいんだにゃ! この間おねーさんに泡のおかしを食べてもらった時、ちゃんとかんそーくれたにゃ! それに……」


 王子は言葉を詰まらせ、腕を後ろに組んだ。

 少し恥ずかしそうに目線を外して……


「この間のおねーさんの笑顔、もう一度見たくなっちゃったんだにゃぁ……」


 心臓が爆発するかと思った。

 照れるルクス王子がとてもかわいらしくて、私はどうにかなってしまいそうだった。


(この間私を見つめていた王子が、そんな事を考えていらっしゃったなんて……)


 すでに私の心はこの少年王子に支配されていた。

 彼の為ならなんでもしてあげたくなってしまう。

 思わず抱きしめたくなってしまうような、そんな情愛。


「やあ、アンジェリカとルクスじゃないか」


 タイミングを見計らったかのように、そこにアルベティーニ王子と数人の貴族令嬢たちがやってくる。

 私は慌てて彼らに頭を下げた。

 しっとりとしたまつ毛の中から、私を一瞬見つめたアルベティーニの王子の意味ありげな視線に、私は何か変な気分になってしまう。


(私は王子と、あの夜に……)


「あ、アルちゃん、皆! ごきげんよーにゃー!」


「ルクス、この間言っていた花のお菓子は上手く行ったのかい? 僕のバラを使ったんだ。素敵に仕上げてくれないと困るよ」


「うーん、爆発しちゃったにゃ、でも味は美味しかったにゃ~」


 満足げにアルベティーニ王子が頷いた。


「爆発か、それは景気がいいねえ」


(それはいい事なのでしょうか……!?)


「そうだ! 皆もルクスのマドレーヌ食べてにゃ~新作にゃ!」


 そこからは、わきあいあいと庭先品評会(ひんぴょうかい)が始まる。

 私は歓談の邪魔にならないよう、はしに控えていたのだが、


「はい、おねーさんも食べてにゃ!」


 1メイドである私にも差別する事無く、笑顔でマドレーヌを手渡して下さった。

 先ほど言われたルクス王子の褒め言葉を思い出して、私は少し恥ずかしくなりながらもマドレーヌを一口食べた。

 これはちゃんとした感想を言わなくてはいけませんよ、アンジェリカ。


「……おいしい」


 そんな緊張した気持ちを払拭(ふっしょく)するかのように、心の底から笑みがこぼれる。

 私はしまったと思ったが、ルクス王子の様子を見るとそれだけで十分だったようで、


「えへへ……うれし~にゃ~」


 王子の無垢な笑顔に私は興奮してしまい、鼻をひくつかせながらも必死に無表情を装った。

 そこから先は、どうしたらもっと美味しくなるかという話に、皆々がそれぞれの意見を言い合っていた。


「そうですね……例えば柑橘系の、味を少し加えてみてはいかがでしょう? オレンジピールなど入れたら、更に美味しいかと」


 中々意見がまとまらない中、ついに私に意見を求められ答えたのだが……


「流石アンジェリカ、一味違うね」「確かに、それも合いそうですわね」「ああ、味が想像できますわ」「ぜひ次は、それを食べたいですわ」


「うん! 確かに、それがよさそーかもにゃ。みんなかんそーありがとにゃっ」


 正に(つる)の一声。

 満場一致(まんじょういっち)で私の意見が通ってしまった。


「ところでルクス王子、この後私達とお茶会はいかがでしょうか? お菓子もいっぱいありましてよ」


「せっかくだしそうだね。アンジェリカ、君も一緒に来なよ」


 このままお茶会になりそうな雰囲気に、私の期待感が高まる。

 ところが私が返事をする前に、ぐっとルクス王子に手を引かれたのだった。


(あら……?)


「うーん、また今度かにゃ~ いこうお姉ちゃん」


 ルクス王子は令嬢たちの誘いに迷うことなく、私の腕をそのまま引っ張て行く。


「あらそうですか、それではごきげんよう」


「し、失礼します!」


 私は無作法にも、ひっぱられつつ頭を下げた。

 ど、どうしましょう……これでいいのでしょうか。


「流石はアンジェリカ、そんなつれないところも素敵だよ。僕の心を(もてあそ)ぶとは、なかなか達者じゃないか」


 寂しそうに私たちを見送る一団を尻目に、私はルクス王子にどこかへと連れていかれてしまうのだった。


(それよりも今……)


 先ほどのルクス王子が言った、私への呼び方を思い出してドキドキしていた。

 しばらく手を引かれ、王城の中でも私が知らない区画。

 今は使われていない古い部屋へと到着した。


「ふふ、ここはルクスのとっておきの隠れ部屋なのにゃ! 今日はお姉ちゃんに教えちゃうにゃ!」


 部屋にはソファーが置いてあり、日差しも程よく差し込んでいる。

 私は脳内に、ルクス王子がここで昼寝をしている姿を思い描く。

 王城において、王子が度々消失する理由と隠れ場所に納得するのだった。


「あの、よろしいのですか? アルベティーニ王子やお嬢様たちとのお茶会を断ってしまいましたが」


「うーんお菓子いっぱいのお茶会もいいのにゃけど、今はお姉ちゃんと一緒にいたいにゃ。なんだかお姉ちゃんをアルちゃんに取られそうな気がして、いじわるしちゃったにゃぁ」


 ルクス王子は照れたようにばつの悪そうな顔をする。


(ルクス王子お止めください! そんな事を面と向かって言われてしまったら私……)


 私のルクス王子スキスキゲージはもはや天井知らずだった。

 そして気になっていたのは呼び方である。

 

「あの、先ほどから私をお姉ちゃんって……」


「あ、ダメ? いいよね? これからはお姉ちゃんって呼ぶにゃ」


 満面の笑み、そして機嫌良さそうに王子は私に告げる。


「は、はい……」


 私はその勢いに飲まれ、思わず二つ返事で答えてしまった。

 その返答に満足そうに、王子はボフリとソファーに元気よく腰を下ろした。


「お姉ちゃんの事、なんだかこの前からなんだか気になるにゃ。一緒にいると嬉しい感じ? なんだか心がポカポカするにゃ」


「そう、なのですか」


 私は思わず唇に指を当て苦笑してしまう。

 王子の感情表現はどこまでもまっすぐで、駆け引きや取り繕うということがない。

 それもまた愛おしかった。


 ここに座ってと言いながら、ペタペタとソファーを叩くルクス王子。


「失礼します!」


 今までの会話に、私の心はむくむくと元気になり、王子ほどではないがボフリとソファーに座った。


「へへー」


 すぐ隣で、王子がかわいらしい笑顔でこちらを見ている。


「ここにお菓子があれば、もっと楽しいのににゃ~!」


 先ほどのマドレーヌは、皆で食べたのですぐになくなってしまった。

 本来はここで私と一緒に食べる予定だったのだろう。


「ルクス王子はいつもお菓子の事を考えていらっしゃいますね」


「うん! お菓子はね~、食べると幸せになるにゃ! 幸せを人にあげられるってすごい事にゃ!」


 その言葉を聞いた私の心は、満足感と納得感に満たされる。

 笑顔と共に零れるように、私は今の気持ちを伝えた。


「確かにそうですね! ルクス王子は本当にお優しい方です。そんな方にお仕えできて私も幸せです!」


 ルクス王子の根幹(こんかん)にあるのは他人を楽しく幸せにすることだ。

 純真無垢(じゅんすいむく)な彼の気持ちを、最大限助けてあげたいと強く感じる。


「……それでね、いつもお姉ちゃんには一緒にいて欲しいんだにゃ」


 少し緊張したように、少年は私を見上げた。


「申し訳ありません、王子。私はお城の1メイドですので無理です!」


 私は冗談めいた口調で返答をした。

 王子は少し驚いた顔をした後すぐに、


「にゃ~! じゃあ、もうお菓子食べさせてあげないにゃ?」


 王子はいじわるそうにニヒヒと笑った。

 その表情を見て、私はかなわないなと思い知らされる。


「……もう、しょうがないですね。時間がある時は、ですよ?」


「やったー、お姉ちゃん大好きにゃ」


 ルクス王子が満面の笑顔と共に私に抱き着いて来た。

 私はなんだか嬉しい気持ちと優しい気持ちに包まれて、思わず王子の頭を撫でてしまう。


「えへへへ」


 王子は目をつぶり、ゴロゴロと喉を鳴らして嬉しそうに受け入れている。

 心地よい重みと共に、私たちは幸せで大切な時間を過ごしたのだった。

ここまで読んでいただきありがとうございました。


ポイントをモチベーションに頑張って書いていております。

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― 新着の感想 ―
[良い点] アンジェリカとルクスの甘々な雰囲気とアルベティーニ王子とのロマンスあふれる情緒の対比が面白かったです。そして、お菓子お菓子してる場面も楽しそうでとても良かったと思います。アンジェリカのキュ…
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