14話『あま~いお菓子』
城内は昼下がり、ポカポカした陽気が窓から差し込んでいる。
直立不動な衛兵さん達は、心なしか眠そうだ。
今日の私は仕事を全て終えてしまい、手持無沙汰の状態だ。
(今日は城内を見て回りましょうかね)
王城の美しい内装や、貴人たちの生活に触れることができるこの生活が、私はとても気に入っていた。
城内は広く、まだまだ行ったことの無い場所もある。
それらを見ているだけでも楽しかったのだ。
(なんだか今日は何かいいことがありそうですね~)
私はワクワクしながら、いったことのない区画へと足を運んだ。
廊下を歩いていると目の前の部屋から、
ドカンッ!!
爆発音が響き渡った。
「な、なんでしょう?」
私は驚きながらも、緊急事態に構えた。
爆発音が聞こえた部屋のドアが乱雑に開かれ、そこから焦げたような匂いと共に小柄な少年が飛び出してくる。
「げ、ほっ、げほっ……げほ……っ。またしっぱいにゃ~」
その猫耳としっぽが生えた少年は、ルクス・メーレスザイレ王子だった。
カラフルな泡にまみれ、せき込んでいる。
まだまだ第二次成長途中といったその童顔は、テヘヘといった表情を浮かべていた。
「あの、ルクス王子……大丈夫でしょうか?」
王子に何かあっては大変だ。
すぐに私は近寄って無事を確認した。
「だいじょうぶ……だいじょうぶにゃ。それよりもお姉さん、いい所に来てくれたにゃぁ~」
王子は私の服装を確認すると、にまりと人懐っこい笑みを浮かべた。
その邪気のない笑顔に、私はなんだか立場を忘れて、王子を撫でたい気分になってしまう。
(か、かわいすぎます……!)
「ルクスのお部屋、汚れちゃったんだにゃ。おねがい! お掃除手伝ってほしいにゃ~」
王子は満面の笑顔で、さも当然というように私の腕を取ってきた。
むむっ、なかなか甘え上手な方ですね……!
「は、はい。私でよろしければ」
私はルクス王子の距離感に驚きはしたが、ちょうど暇を持て余した所だったので快諾する。
それに私の王子に対する興味は、既にあふれてしまい我慢ができなかったのだ。
「本当にゃ? やったにゃ~」
そのまま手を引かれ、王子の部屋に連れていかれる。
その部屋はシステムキッチンが併設さている。
本来であれば特等の部屋なのだろうが、今は見るも無残に荒れ果てていた。
(これは……すごいですね)
部屋の中は爆発の影響で広がった泡だらけで、それ以上に物が散らかっていた。
どうやら何か調理していて、それが破裂してしまったようだ。
私はエヘンと胸を張る。
「任せてください、私お掃除は得意なんです」
メイド長が王子を紹介した時に、言葉を濁していたのはこういう事なのだろう。
私は掃除用具を構え、久しぶりの大物に腕を鳴らした。
「ルクス、新しいお菓子を作ろうとして失敗しちゃったにゃ」
そういいながら王子は、壁についた泡を直接ペロリと舐めた。
ジークリット王子ともアルベティーニ王子とも全く違う彼は、なんというか自由その物だ。
「う~ん、味はいい感じなんだけどにゃぁ~ お姉さんはどう思うにゃ?」
そう言いながら、王子は人差し指で泡すくうと私に差し出した。
(そ、掃除は!? というか、これはとっても恥ずかしいですよ……!)
私は王子の指を舐めるという背徳的な行為に思わず赤面してしまう。
「む、無理です私には……」
「お願いお願いにゃ! きっとおいしいにゃ~!」
そういうとルクス王子は、私の口に指を無理やり差し入れた。
口の中にフワフワな食感と程よい甘みが広がっていく……のだが、それよりもこのシュチュエーションに私は完全に狼狽してしまった。
「んん~!?」
恥ずかしさのあまり、私は口を押えた。
そのまま思わず後ろに飛びのいてしまう。
「どう? どう?」
ルクス王子は期待にルンルンと目を輝かせ、私の顔を見上げてくる。
王子は年頃の少年と言っても、ただの少年ではない。
絶世の美少年である。
(たまりませんよ!? これは!)
もはや味どころではない。
金髪くせげ、水色と金のオッドアイ、サスペンダー、短パンから出た膝小僧、猫耳、そして柔らかぷにぷにな表情。
全てが天然一級品である王子の息がかかるような距離に、私は心身ともに追い詰められた。
「わ、分かりません……私は……ただのメイドで……」
いつもの常套句が口からこぼれ出る。
立場のある年下に迫られてしまったというシチュエーションに、私の脳はどう動いていいのかわからない。
「む~? ちゃんと食べてにゃ~!」
私の態度を不満に思ったのか、王子は頬を膨らませ更に指で泡をすくうと私ににじり寄った。
トン、と。
私の背中に壁が当たり、もう逃げることもできない。
「もう一度味わってみて欲しいにゃ、絶対に美味しいからにゃ!」
王子が無垢な笑みで、再び私の口の中に指を入れた。
「待ってくださ……もぁっ!?」
先ほどよりも量が多く、口全体に甘みが広がっていく。
私はなんとか気持ちを押さえつけ、今度はしっかりと味わっってみた。
「……とても美味しいです。今までにないような食感で口当たりがいいです。何より、甘みの後に引くこれは……なんでしょうお花の香り……?」
もちろん純粋に美味しいというのもある。
しかしそれ以上に暖かで優しい気分に包まれた私は、思わず笑みがこぼれ落ちたのだった。
(こんなお菓子食べたことが無いですよ。ルクス王子、お菓子作りが趣味と聞いていましたが、これはすごいです……!)
「……」
王子は少し呆けたように私を見つめると、急に頬をゆるませた。
にんまりと聞こえてきそうな表情で、そのまま何も言わず私をニコニコと見つめている。
えっ、恥ずかしいです……
「お、王子どうしましたか?」
「ううん、なんでもないにゃ! そうにゃの~お姉さん分かるんだにゃ? アルちゃんのバラを少し貰って入れたにゃ!」
(アルちゃんとは、アルベティーニ王子の事でしょうか……?)
ルクス王子は嬉しそうに私の手を握ると、ブンブンと上下に振った。
王子の華奢な指から、彼の元気いっぱいが伝わってくる。
「あとは爆発だにゃ~ これさえできれば……うーん、でも蓋をしないと十分に加熱できないし、かといって開けてしまうと上手く泡立たたないしにゃぁ~」
ルクス王子は腕を組むと、突然考え出してしまう。
私や部屋の状況を忘れたかのように、その場にあぐらをかいて座り込んだのだ。
「あの……ルクス王子?」
「ごめんお姉さん、ルクス今考え事しているからにゃ、また今度……」
ぶつぶつと自分の世界に入り込んでしまった王子に私は呆然とする。
しばらくしても帰ってこないようなので、私はしかたなく部屋の掃除を始める事にした。
(やりますか)
まず部屋全体の泡をふき取り、散らかっていた物を整理する。
おもちゃや、よくわからないオブジェ、計算機、難しい本や書きかけの論文。
いかにも天才らしい多種多様なものばかりだ。
途中でルクス王子の体を拭いたのだが、まったく私を気にした様子はなかった。
(すごい集中力ですね……!)
掃除を初めて一時間ほどだろうか、そろそろ話しかけても大丈夫かと思い私は王子に声をかけた。
相変わらず王子は部屋の中心で「あーでもにゃい、こーでもにゃい」と頭を捻らせている。
「あの、ルクス王子。この本はどちらに片づけましょうか?」
「ん……ぁ……あ! その本! 今度読もうと思ってたやつにゃ! お姉さんありがとにゃ~!」
ルクス王子は私には理解不能な難しい本を受け取ると、床に寝そべり夢中で本を読み始めた。
私はそのあわただしい様子を見て、なんだか可笑しくなって吹き出してしまった。
当の本人は気が付くこともなく、楽しそうに足をブラブラとさせ読書している。
(ルクス王子、本当に自由な方なんですね……もし弟がいたらこんな感じなのでしょうか)
邪気がなく、自由奔放なルクス王子。
私は王子を観察しながら、そのあま~い容姿と性格をすでに大好きになっていた。
「……ふぅ」
残っていた掃除が完了し、一息。
王子の様子をみると、まだ先ほどの本を夢中で読んでいた。
(邪魔をするのも申し訳ないですね)
私は王子に一礼をすると、静かに部屋から退出しようとする。
「あ、お姉さん待ってにゃ!」
突然後ろから、呼び止めた王子に抱き着かれる。
瞬間、私の体温が上昇するのが分かった。
「ルクス王子!?」
「あ、いい匂いだにゃ~……お菓子みたい」
(お、お菓子みたい!?)
動揺する私を尻目に、前に回り込んできたルクス王子がクルリと振り向く。
彼の手には小包が包まれていた。
「お姉さん、掃除のお礼にゃ!」
「え? はい、ありがとうございます」
私は何故か素直にそれを受け取ることができた。
他の王子たちの前では恐縮してしまうけれど、ルクス王子の空気感はとても柔らかで自然だったのだ。
「美味しい……」
自室で包の中を開けると、そこにはビスケットが入っていた。
ハニーフレバーのそれはルクス王子と同じように、とてもとても甘く朗らかな味だった。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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