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13話『月下のデート、バラ園にて』

 そこからは私たちは城の中庭に散歩に出た。

 月夜のバラ園は物静かで、小さな虫の音くらいしか聞こえてこない。

 しばらく歩きながら私たちはいろんな話をした。

 好きな食べ物、好きな色、感動した物語、美しい景観について、花について。


「素敵すぎます……」


 王子は笑うと、わざとらしくウィンクをした。

 彼の長いまつ毛と一緒に、私の鼓動が弾むのが分かる。


「ふふ、僕と一緒なら当然さ」


 まるで夢のような時間が過ぎ、私達は中庭にあるガゼボと呼ばれる小さな小屋で休憩していた。

 さきほどから、心地いい沈黙が流れている。

 目の前では王子の柔和な笑みが、じっと私を見つめていた。


(今は、今だけはアルベティーニ王子は私の物なんだ……)


 緊張感が高まって、心音がドキドキと聞こえ始める。

 王子のエメラルドグリーンの瞳に、ドレスを着た私が移り込んでいた。

 見つめ合った私たちは、そのまま吸い寄せられるように……


 グゥ~


 とつじょ、音が。

 私のお腹の音が鳴り響いたのだった。


「ぷっ……」


 王子は吹き出し、私は顔に火が付いた。


「あぁぁぁぁ……!」


 私はドレスの裾をギュっと掴むと、何も考えられず下を向くしかなかった。

 そこからしばらくは、よく覚えていない。


 王子の手配でガゼボには簡単なディナーが用意され、私たちは食事をとることにした。

 アロマキャンドルの火が小さく揺れ、ロマンティックな雰囲気が一帯を包んでいる。


「正直に言うよ、僕は野菜が苦手なんだ」


 ソテーされたニンジンをフォークで刺した王子は、それを持て余すように苦笑した。


「そうなんですね、意外です。アルベティーニ王子には苦手な物なんてないかと思ってました。」


「そんな事ないさ、山でのトレーニングを見ただろう? 僕は結局人並なんだよ、必要な事は努力しないと」


 城での優美なアルベティーニ王子像は、努力の上に成り立っているという事を改めて認識し、私は等身大の王子を尊敬していた。

 本当に素敵なお方、皆さんが魅了されるのは無理もないですよ。


「……そうだ。このニンジン僕が食べたら、ご褒美をくれないかな?」


「ごめんなさい。私、王子に差し上げられるような物は何も持っていないのです」


 困った私が謝ると、王子は笑みを深めた。


「本当に君はかわいいね。アンジェリカ、君の唇が欲しい」


 そう言って王子は一瞬私を見つめた後、ニンジンを一口で食べた。


「ぇ……っ?」


 私が王子の言葉を理解できずに驚いていると、王子はいつの間にか私の横へ座り、ゆっくりと私の手を取った。

 アルベティーニ王子の体温が伝わってくる。

 以前の湖畔とは違い、今度はとてもあたたかい。

 月夜の静かなバラ園、その中で私たちは再び見つめ合っている。


「ぁ……っ」


 私は何も考えられず、いつものように王子の成すがままにされていた。

 この後に来る、キスという事実が私を支配し、高揚(こよう)させていく。

 もうどうなってもいい。

 どんどん二人の顔が近づいていく。

 あぁ……熱い涙が私の頬を伝って……


「……ふふ」


 アルベティーニ王子は、いつかのように私の唇を撫でると席を立った。


「初デートでいきなりキスを迫るなんて、困らせてしまったようでごめんね」


 バラ園の中から、月の光を浴びた魔性の王子がこちらを微笑んでいる。

 息が、私の息が止まっている。


「は、ぁっ……?」


 期待が大きく外れたことによって、安心半分、悲しさ半分。

 今、私は王子とキスするところだった。

 もしそうなってしまったら、冗談では済まされない事なのだ。


「今日はもう夜も遅い、デートはここまでにしようアンジェリカ……おやすみ」


 王子は私に向かって柔和な笑みを浮かべると、闇夜の中へ歩き始めた。

 ゆっくりと静止した世界の時間が溶けていく。


「あのあの、おやすみなさい!」


 私はいまだドギマギしながらも、去っていく王子の背中に挨拶する事しかできなかった。




 ――王城通路。

 窓越しに月の光がアルベティーニ王子を照らしている。 

 王子は小さなため息と共に、前髪をかき上げた。


(危ない危ない。もしかして僕も本気かも……ね……)

ここまで読んでいただきありがとうございました。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 甘々な雰囲気が素晴らしかったです。お互いに完全にメロメロなのに、それをあえて出しきらないところが素敵です。とても楽しかったです。 [一言] 人参は苦手というのも面白かったです。
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