11話『アルベティーニ・スコッティ』
アルベティーニ王子から壁ドンを受けて数日が経過した。
城で見かける王子は、いつも誰かに囲まれており優雅な生活を送っているようだった。
フラッキングする王子の前髪が揺れ、キラキラと輝いて見える。
(ああ、まさに物語に出てくる王子様そのものですね……)
麗人たちの中でも王子一人が浮かび上がって、より輝いて見える。
私はそれを遠くから見つめて、今日も憧れを抱くのだった。
(いけない。仕事に集中しなくては、私はしょせんメイドです。たまたま王子と少し接点があるだけで、少しからかわれただけなのですから……)
ありもしない幻想に囚われないように、おかしな夢を持たないように。
そして私は今日もアルベティーニ王子への気持ちに蓋をした。
「アンジェリカ、申し訳ないのですけど備蓄の薬草が少なくなっているみたい。また採りにいってもらえるかしら?」
「わかりましたメイド長。明日の朝にでも行ってきますね」
王選抜中という事もあって、この城では百人を超える使用人たちが働いている。
貴人用ならいざしらず、私達は可能な限り節約を求められていたのだ。
「ふぁ……」
翌朝、私は眠い目をこすりながらカゴを持って城近郊の山に入った。
青々とした木々と鳥のさえずりが聞こえてくる。
ここは特別な場所ではなく、迷う事もないようないつも来ている安全な場所だ。
「むむ、ここにたくさん生えていますね」
この日薬草採りに夢中になった私は、いつもより少し深い場所まで進んでしまう。
そこに、
「はっ……はっ……はっ……」
誰かが息を切らして近づいて来る声が聞こえてくる。
私はこんな山の中で、朝早くに人に合うと思ってもいなかったため、動揺してしまった。
(どうしましょう、思わず木の後ろに隠れてしまいました)
そうしているとその誰かが、よりによって木越しに立ち止まってしまう。
膝に手を付き、呼吸を整えているようだ。
好奇心に駆られた私はそっとその人物を覗き込んでしまった。
(こんな朝早くから……ここで何を……?)
その人物とはなんとアルベティーニ王子であった。
その表情は険しく、顔から流れた汗を袖で拭っている。
「はぁはぁ……くそ、まだ僕は……ッ」
今日はいつもの豪奢な服ではなく、地味で動きやすい格好に髪留めをしている。
オデコを出した王子は、身分不相応なラフな格好であった。
(王子が山の中でジョギングを……? それに、いつもと雰囲気が……違う)
アルベティーニ王子と言えば、たおやかな天然イケメンという印象だったが今日の彼はそうではない。
人知れずこんな山中で汗水を流し、自己研磨をしていたのだ。
(城での優美な雰囲気や女性好きという仮面の裏にこんな姿が……)
いつもの柔らかな表情ではなく、きりりとした眉。
真剣そのものな表情に私はドキドキしてしまう。
汗がきらめいて、ああ……王子……。
カサリ。
うっとりとしていた拍子に、私は思わず草木を踏み鳴らしてしまった。
「……誰です?」
「すみません王子、盗み見る気はなかったのですが……」
私は罪悪感に苛まれながら、木の影から身を出した。
「君は僕の花……いやアンジェリカ……」
私を見た王子は困ったように首に手を当て、まだ荒い息を切っている。
その生々しい息づかいに、私は妙な気分になってしまう。
「私の名前……覚えてくださっていたのですか」
いつも女性に囲まれていた彼が、1メイドである私を覚えていたなんて驚いてしまった。
盗み見をしてしまったという罪悪感を越えて、嬉しさで胸が詰まる。
(私に声をかけたのも、たまたま目についたとか、何かの冗談かと思っていたのですが……)
心とは裏腹に私は何も言えず、二人の間に気まずい沈黙が流れる。
(ま、まずいです。何か、話さなくては……)
私は恥ずかしくなって下を向くと、どうでもいい話をしてしまった。
「で、でもすごいですね! 影ながら鍛えていらっしゃったなんて……」
「そ、そうかな……」
私はアルベティーニ王子の声のトーンに違和感を覚え、視線を上げた。
なんと王子は私から目線を逸らし、赤面しながら口元を押えていたのだ。
(えっ……えっ……王子が恥ずかしがっている……? あの自信家のアルベティーニ王子が……?)
私も同調するように恥ずかしくなってしまい、顔がどんどん赤くなっていくのが分かった。
(どうしたら……いいのでしょうか……)
「い、……で……い……」
王子が蚊の鳴くような声で何かを呟いた。
「……なん、でしょう?」
「僕が、体を鍛えていた事を誰にも言わないでほしいんだ……」
王子も私もますます赤面し、さっきからドドドと心臓の音がうるさいくらいだ。
「わ、わかりました! 王子が密かに鍛えていた事は絶対に誰にも言いません!」
私も良くわからないテンションで、力強く返答してしまった。
「あ、ぁぁ……頼むよ」
(王子のこんな秘密を知ってしまうなんて……私、どうしたらいいのでしょう……)
再び私たちに沈黙が流れた。
ふと私はジークリット王子とした先日の会話を思い出す。
(自分を見せるのが嫌い……)
私は沈黙に耐えられず、考えもまとまらない中で思っていたことを口にしてしまった。
「あの、アルベティーニ王子はどうして鍛えてらっしゃるんですか? お立場上そんな事をする必要もないかと存じます……」
「どうして鍛えているか、か」
アルベティーニ王子の表情がいつもの優しい顔に戻る。
私はなぜか、その優しい表情の中に少し影が見えたような気がした。
「そうだね。アンジェリカ、君には話そうか……」
「こ、これは失礼を申し上げました。すみません!」
私は失礼な物言いをしてしまったことに気が付き、恐縮して頭を下げた。
「顔を上げてアンジェリカ、君には聞いておいて欲しいんだ」
「はい……」
私が頭を上げると、王子の目の奥にはやはり暗い物を感じる。
「知っての通り僕は公爵家の嫡男だ。この国では儀式に……生まれた時から王候補となる定めだった。当然僕は相応の教育を受け、相応の立ち振る舞いを要求された」
そこまで言うと王子はフッっと笑った……それは自嘲の表情であった。
「僕はね……自分に自信がないのさ」
「え……ッ?」
私は思わず驚いてしまう。
アルベティーニ王子は自信家で美しくて完璧で、いつでも物語の主人公のような人物だと思っていた。
それが、何故……?
「ずっと不安が離れないんだ……アルベティーニ・スコッティとして僕はやれているのか……とね」
憂いを帯びた目で、王子は自分に言い聞かせるように呟いた。
その雰囲気は弱々しく、私はそこに本当のアルベティーニ・スコッティを見てしまった。
(私は今まで何も知らなかったんだ……表面上の王子しか知らなくて、いえ。私の中の憧れだけを見ていたんだわ……)
私は、王子が王子として一生懸命努力をされていたという事実に改めて感心し胸が熱くなる。
「アルベティーニ王子。私は王子の事を素敵だと思います。王城での自信にあふれた立ち振る舞いは王にふさわしく、輝いて見えます」
私は彼をまっすぐに見つめて、心からそう言い切った。
王子はゆっくりとまばたきをする。
「僕は……王になれるだろうか」
「はい」
「そうかアンジェリカ。君に言ってもらえて……嬉しいよ」
感極まった私は再びとんでもないことを言ってしまったという事に気が付いて、焦り始めていた。
アルベティーニ王子はなぜか私に背を向けると、
「話を聞いてくれてありがとう、時間を取らせたね。もうお行き」
「し、失礼します……!」
いてもたってもいられなくなった私は、逃げ出すようにその場を去った。
(僕は誰かに認めて欲しかったんだな。君に救われたよアンジェリカ……やはり君は他の花とは違うようだ)
王子という仮面の裏で、アルベティーニ・スコッティは静かに涙を流した。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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