10話『僕の花束』
石畳に小気味よく靴の音色が響いている。
私はいつものメイド服ではなく白いリネンのワンピースで、雲一つない快晴の空と同じようにウキウキしていた。
休みの私は、さっそく先日決めた花瓶を買いに城下町へとやってきていたのだった。
「わぁ……にぎやかですね」
商業区に足を運ぶと、そこは活気で人と物が溢れかえっていた。
食べ物や、日用雑貨、アクセサリーなどの普通の物から、獣人が使うのであろう大型の爪とぎ、羽繕い用の大型のブラシなど本当に様々な商品が売られている。
私は目移りしながらも、なんとか目的だった真っ白な陶器の花瓶を買う事ができた。
「これで殺風景な私の部屋も、かわいくなりますよね」
少し装飾の入った円柱状のシンプルな陶器が、太陽の光を反射している。
どんな花を生けるかを想像して、私の頬は思わず緩んでしまう。
とても楽しみですね……!
「キャー! 王子、素敵です!」
とつぜん黄色い声が聞こえてくる。
目を向けると雑踏の向こうで、ひときわ目立つ集団がいた。
「アルベティーニ王子……」
なんと王子とその取り巻きのお嬢様たちが、派手に買い物をしていたのだ。
私は湖畔での出来事、王子の吐息と体温を思い出して、思わず顔を赤らめてしまう。
(なんだか気まずいです……)
私はそそくさと、その場を立ち去ろうとしたのだが、
「やぁ僕の花よ。先日はお世話になったし、このあと僕たちと食事でもどうかな?」
あろうことか、私は一瞬で補足されてしまった。
軽やかに笑顔の王子が手を上げながら、私に向かって近づいて来る。
(この雑踏の中、しかもメイド服も着ていない私をなんで見つけられるんですか……!?)
再びあの魔性の瞳に見つめられ、私はゾクゾクとしてしまう。
このままでは、まずいです……!
「……ぁ、この後仕事がありますので……」
私は無理に目線をそらし、エメラルドグリーンの瞳から逃げるように小走りで立ち去った。
が――
爽やかな風が私を包み、薄ピンクの羽が舞い散る。
気が付くと私は壁に押し付けられ、王子と再び密着していた。
「ぁ……っ!?」
なんと王子が羽ばたき、私を飛び越したのだ。
「つれない事を言わないで、僕の花よ」
壁ドンされる形で王子の声が間近に聞こえる。
左右だけではなく、身長差によって頭上も塞がれてしまった。
突然の事に私の心臓がドクンドクンと悲鳴を上げた。
(ああ、私の全てがアルベティーニ王子に囲まれています……)
王子の匂いに包まれ、思わず私の鼻がウサギの習性でヒクヒクと動いてしまう。
私が恥ずかしさのあまり下を向いて肩を震わせていると、
「ほら、顔を良く見せて。君の事をもっと知りたいんだ」
王子のウィスパーボイス命令に、私はゆっくりと上を向いてまぶたを開ける。
あと数センチの距離で、長いまつ毛の間から美しい瞳が私を見つめていた。
(あ、ああ……)
もうどうしていいかわからずに、私は王子のなすがままだ。
「わ、わたしはただのメイドなんです。王子と食事なんてふさわしくないですよ……ふ、服もこれしかないですし……」
顔を真っ赤にしながらも、既に王子の魔眼に魅入られた私は目線を外せないでいた。
「僕は気にしないさ。美しい女の子はみんな僕の花なのさ」
「ひゃ……」
美しいという私に向けられた言葉に、完全に頭が真っ白になってしまう。
「今は、他のお嬢様方もいらっしゃいます……し……」
完全に停止した脳が、なんとか小さな声を呟いた。
既に感情が限界を超え、私の涙が少しずつあふれ始めている。
「そんなことないさ、君も僕の花束に入りなよ」
王子はふっと笑うと、私の唇をなぞるように指で触れる。
その瞬間、私の中で何かが壊れたかのような音が響た。
「わ、私は花じゃないです! 私の名前はアンジェリカと言います!」
気が付くと、私は王子の腕の中から夢中で逃げ出していた。
(僕の花では……ない!?)
アルベティーニ王子は驚きに目を見開いていたのだが、それを私が気が付くことは無かった。
「なんですのあのメイドは、アルベティーニ様の誘いを断るなんて! うらやましい!」
お嬢様たちのひんしゅくも同時に買っていたのだが、これも今の私にはどうでもいい。
私は走って走って、自分の部屋にたどり着いて落ち着くまで一時間も花瓶を抱いていた。
この日は仕事に身が入らず、メイド長にたくさん怒られてしまったのだった。
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