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不死者のレゾンデートル

作者: 秋水 終那


 私が生まれて二百余年。


 安定した食料の供給、安全で住みやすい環境の住居、寒さにも暑さにも負けない最新鋭の衣類に、行き過ぎた医療。

 揺り籠よりも充実した優しさに包まれた人間達。それでも今だ一世紀を生きるのが限界の世の中。


 私は生物の埒外にいる。


 適者生存――与えられた環境化において、生き延び、無事に子孫を残した動物だけが繁栄すると彼のダーウィン博士も言っている。

 そうやって何億年もの間、この地球と言う世界で繰り返してきた生物達。


 死が終わりではない。


 次世代への糧だと……それが生き物であるならば、やはり私はそのサイクルの外に存在するナニカだ。


 人間の形をしたナニカだ。

 女の形をしたナニカだ。


 宿るはずのものも宿せず、病気にかかることもなく、頭を潰されようとも死なない。

 いや、死ねないと言った方がしっくりと来る。私と言う存在に死と言う概念が存在しない様に、死が私から逃げ出したかのように、それは私に訪れることは無い。


 産まれに不平等はあれど、死は平等なのだと宣っている輩に、是非とも私を紹介してやりたいものだ。


 生まれて、必死に遺伝子を残し……そして死ぬ。


 そんな当たり前の生物の行動原理すら満たせない私が、なぜ存在しているのか。全知全能の誰かさんならば答えてくれるだろうか。


 ま、そんな者はこの世に、いはしない。


 七十年程の時間を掛けて世界中を探し回った私が言うのだから間違いない。

 不死者の存在証明と、神の不在証明は私の命をもって証明してやろう。


 今のはジョークだ。もちろん、私の命をもってと言う所。死のない命など、それはないのと同じだ。

 どれだけ丈夫な機械でも、疲弊し、摩耗し、壊れて風化してなくなると言うのに……


 私はなぜ、いるのだろうか。私はなぜ、存在しているのだろうか。

 私は……生きているのだろうか。死んでいるのだろうか。


 呆っと天に輝く満月を見つめながら私は腹を擦った。

 空腹だ。ここ数週間何も食べていないし、何も飲んでいない。


 勿論それで死ぬことなどはないが、思考は鈍るし、身体は思ったように動かない。私が十全に活動するためには何かを食べてエネルギーに変換しないといけない。


 エネルギー保存の法則とでも言うのだろうか。生物としてはその外にいても、物理法則の内側にいるようだ。そう思わせてくれるこの極限の飢餓状態は私にとって一つの安らぎの一時でもあった。


 遮光カーテンを閉めっぱなしで明かりも灯さない四畳半のワンルーム。

 家具などない空き部屋同然の扉の向こうから、金属の擦れあう音が私の安らぎの邪魔をする。


 夜の世界を照らす満月は、なんとも頼りない豆電球へと変わった。


 扉が開けられ、眩い光から現れたのは何の変哲もないただの人間。


 都会で歩けば誰の目に留まることもなく、視界の端に捉えたとしても数秒で忘れてしまうような。

 悪くはないが、特段よくもない容姿の男。中肉中背で世の平均値を集めて創造したかのような青年。


「生きてるかい?」


 一挙手一投足すべての動きで不快な音をまき散らすビニール袋を片手に――彼はそんなとびきりの冗談をかましてくる。


 生きているのか、死んでいるのか。自律して動いているだけで生きていると仮定するならば、そろそろ機械にも生死で語るべき時代だし、そんな者達には人間様お得意の人権を与えるべきだと思う。


「存在はしているよ」


 彼の冗談に私はただそう返した。私がどんな存在だろうが、どれだけの人間の積み重ねを裏切る存在だろうが、一部の人間からはあってはならない存在だろうが、私は確固として存在している。


「そろそろ気がすんだんじゃないか? いい加減飯を食ってくれ」

「お前がどんな思いなのか大体の想像はつくが、一つ言わせて貰えば大きなお世話だ」


 私のこの状態は究極のリラックス状態。この世で私にしかできないデトックスと言っていい。禅寺での短期修行を終えた人間やサウナで整った人間と大差はない。


「そうかい。でも、俺はお前が元気な姿の方が好きだ」

「元気なと言うのが、死から遠い状態だと言うなら、今の私もすこぶる元気だが?」


 二十四時間、三百六十五日、凍てつく北極の地だろうが、灼熱の砂漠だろうが、万の圧がかかる深海であろうが、空気のない宇宙空間だろうが。


 どこにいても私は元気だろう。


「そうかい。でも、俺はうまいもん食って、笑ってるお前が好きだ」

「そうか」


 何のために生まれたのか、何のために存在しているのか、そんなものは私にはわからない。


 二百余年探し回っても見つからなかった。まだまだ探す必要がある事なのかもしれない。

 本当はそんなもの存在しないのかもしれない。私と言うものが存在しているのに、私の存在意義は存在しないのかもしれない。


 そんなことを二百余年悩んでいた私に、四半世紀も生きていない彼はこう言った。


「存在意義なんて自分で決めればいい。それが人間だ」


 そんな言葉に感情が揺さぶられるわけでも、思考に一筋の雷鳴が轟いたわけでもないが……まぁ、悪くはなかった。飢餓状態の次くらいには安らぎを覚えたのだから。


――不死者のレゾンデートル――



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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白いと思います。こういった「存在」の達観、もしくは諦観がキレイな文章で表現されているのがいいです。  ラストでの少しだけ感じる「人間くささ」にホッとしました。 [気になる点] ありません…
[一言] 不老不死といえば古今東西の権力者が欲しがる能力の定番ですが、実際それを得ている人からすればこんなものなのかな、と思えました(この彼女が不老なのかはわかりませんが) 一人でただただ時を過ごすよ…
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