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いつかの空を見る日まで  作者: たつみ
第1章 彼女の言葉はわからない
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労力かけても得はなし 1

 自分は意地が悪い。

 性根も悪い。

 

 そんなことは自覚している。

 皇太子の言った「謝罪」の意味を理解していながら、知らん顔をしているのだ。

 性格がねじ曲がっている、と我ながら思わなくもなかった。

 だが、皇太子も周囲にいる者たちも、彼女の眼中にはない。

 どう思われようが平気だ。

 

「母の形見を奪われたディオンヌが、どれほど落ち込み、傷ついたか。それすらもわからないらしいな」

 

 まったくわからない。

 

 だいたいディオンヌが「落ち込み」「傷ついた」なんて有り得えなかった。

 本気で信じているらしき皇太子には、呆れと同時に憐憫の情さえ沸く。

 ディオンヌの本性を知らず、本当にいいように操られているのだ。

 

 良く言えば純粋と言える。

 とはいえ、彼女は意地が悪い。

 なので、皇太子のことは「馬鹿」だとしか思わなかった。

 彼女の「憐憫」とは、そういう意味だ。

 

 頭が悪過ぎて可哀想。

 

「私の指に、指輪がはまっていた、というだけのことでしょう?」

 

 わざと分別のない子供のような言いかたをする。

 ディオンヌは、少し驚いていたようだったが、すぐにうっすら笑みを浮かべた。

 危機的状況にあると、カサンドラが把握できていないと判断したのだろう。

 

(皇太子にも面子ってもんがあるからね。引くに引けないか)

 

 婚約者に頭を押さえられていると、周りに思われたくはないはずだ。

 カサンドラが謝罪しない場合、なんらかの「罰」を与える必要があった。

 もちろん、皇太子が強制的にでも謝罪をさせれば穏便にすませられる。

 そして、皇太子も、それを望んでいる。

 

(でも、謝らないんだなぁ、これが)

 

 予定していた時期より早いが、何事も予定通りに行くとは限らない。

 臨機応変に対処していくことにした。

 いい加減「演技」にも飽きていたことだし。

 

 罰するというのなら、罰すればいい。

 

 彼女は、冤罪をはらそうとは思わずにいる。

 いきなり鞭を打たれたり、殺されたりはしない。

 せいぜい平手打ちを食らうくらいのことだ。

 痛いのは嫌だが、その程度なら我慢はできる。

 

(欲を言えば、牢屋にでも入れてくれないかな)

 

 それが、目的を達するための早道。

 見張りがいようと、鍵がかかっていようと、牢から出るのは簡単。

 なにしろ、フィッツがいる。

 頼まずとも助けに来るのは間違いない。

 

 フィッツがいなくても抜け出せはするが、フィッツに任せたほうが楽だった。

 楽ができるのなら楽をする。

 結局のところ「楽がしたい」との意識から、効率は生まれるのだ。

 同様に、せっかく与えられた機会を使わないのは効率が悪い。

 

「指輪が、勝手に指にはまったとでも言うのか」

「そういうこともあるようです」

 

 皇太子は苛立ちを募らせている。

 無表情が崩れ、しかつめらしい顔をしていた。

 

「ふざけている場合ではないとわかっていないようだ。私を侮らないほうがいい」

「そう言われましても困ります。私も、ふざけているつもりはありませんから」

「謝罪ひとつできないと言うのだな」

「する必要が?」

 

 皇太子が立ち上がる。

 その皇太子に隠れて、ディオンヌは笑っていた。

 わずかにでも振り向けば気づくのに、皇太子はカサンドラに気を取られていて、気づかずにいる。

 

 実に、嘆かわしい。

 

 近しい相手を信じるのは、人間の心理としてわかる。

 しかし、それと不公正さを、ごっちゃにしてはいけない。

 人の上に立つ者であれば、なおさら公正であらねばならないのだ。

 そのことの意味を、この「皇太子」はわかっているのだろうか。

 

 人を裁く、なんていうのは、それほど簡単なことではないと。

 

 親が子を叱るのですら、本当には、とても難しい。

 人が感情や意思を持つ限り、必ず「理由」を必要とする。

 心の無条件降伏など有り得ないのだ。

 納得できないから不満を持ち、猜疑心をいだく。

 

 それでも、どこかで終止符は打たれるものだ。

 自分や相手に対しての「諦め」という感情でもって。

 

「それでは罰を与えなければならない」

 

 皇太子がカサンドラの前に立ち、冷たく見下ろしてくる。

 その目を、まっすぐに見つめた。

 人を裁くことの「意味」を、やはりわかっていないのだ。

 

 冤罪の罰とは、どういうものになるのだろう。

 

 彼女は、冷静に考えている。

 もとより冤罪とは、おかすものではなく、こうむるものだ。

 罪がないのに罪があると決めつけられている。

 平たく言えば「濡れ衣」だった。

 なのに、罰がくだされる。

 

(証拠もないし、冤罪を晴らしたところで意味もないし)

 

 ディオンヌとメイドは口裏を合わせるに違いない。

 皇太子が、その言葉よりも、カサンドラを尊重するとは思えない。

 2年も実情に気づかないような「馬鹿」なのだ。

 この状況が「事実」かどうかを「公平」に見極めようとするはずがなかった。

 

 皇太子は、カサンドラを偏見の目で見ている。

 その瞳には、見たい「真実」しか映らない。

 ならば、無意味なことはしないに限る。

 労力をかけても損をするだけだ。

 

「どのような罰ですか?」

 

 皇太子は皇命に逆らう気はない。

 だからこそ、不本意な婚約を維持し続けている。

 ということは、当然、カサンドラを皇宮から追い出すこともできない。

 せいぜい軟禁がいいところだろう。

 もしくは、緘口令(かんこうれい)を出し、地下牢に幽閉するとか。

 

「罰は、よく考えてくだす。それまでは、地下に監禁とする」

 

 思った通りだ。

 カサンドラに対し「地下牢に監禁」自体が、罰になると思っている。

 数日、牢に押し込めておけば「改心」すると見込んでいるらしい。

 

(いいねえ、地下牢。待ってましたって感じだよ)

 

 その思いから、彼女は皇太子に、にっこりしてみせた。

 ぴくりと、皇太子の頬が引き攣る。

 

「地下牢が、どのような場所か知らないようだな」

「残念なことに、これまで入る機会はありませんでした」

「けして、居心地の良い場所ではない」

「でしょうね」

 

 牢屋や監獄は、罪人を閉じ込めておく場所だ。

 居心地がいいわけがない。

 

「詫びのひとつですむ話だ」

「わかりました」

 

 しっかりとうなずく。

 その様子に、皇太子がホッとしたような表情を浮かべた。

 

(へえ~、意外と罪悪感とかあるんだ。一応、婚約者だからかな?)

 

 自らの婚約者を地下牢に押し込めることには抵抗があるのかもしれない。

 だが、彼女に「慈悲」は必要なかった。

 むしろ、地下牢に行きたかったからだ。

 皇太子に、再び、にっこりする。

 

「地下牢にまいります。案内は誰がしてくれます? 生憎、場所を知らないので、1人では行けないと思います」

 

 ぴくぴくっと、皇太子の頬が引き攣る。

 眉も吊り上がっていた。

 皇太子から、わずかに視線を外し、ディオンヌを見る。

 さっきまで笑っていたのに、今は顔をしかめていた。

 

(こっちは意外と勘がいいのかもね)

 

 ディオンヌは、カサンドラの泣き(すが)り、許しを乞う姿を期待していた。

 その期待が大きく外されたため、(いぶか)しんでいるのだ。

 

 なにか、おかしい、と。

 

 皇太子が、護衛騎士に向かって手を上げる。

 カサンドラを「連行」するのだと察した騎士たちが足を踏み出した。

 その時だ。

 

 バンッ!

 

 唐突に、扉が勢い良く開かれる。

 何事かと、全員の視線が集まった。

 

(嫌な予感……また予定が狂うじゃん……)

 

 皇太子がいるにもかかわらず、断りなく入ってきたのは独特の紋章付きの騎士。

 皇帝の側近である騎士隊長だった。


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