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いつかの空を見る日まで  作者: たつみ
第1章 彼女の言葉はわからない
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乖離の成果 4

 なんだか、フィッツを騙しているような気がしなくもない。

 愛称で呼ぶことを提案してから10日が経つ。

 フィッツは、まだまだ苦戦中。

 

(目を開いたばっかりのヒナが、最初に見たって状況みたいな感じするんだよなぁ)

 

 フィッツは「ティニカ」として、カサンドラと出会ったのだ。

 当然、カサンドラ以外は眼中になかっただろう。

 そして、ティニカから脱しようとしている今、目の前にいるのは、ただ1人。

 もともとカサンドラしか見ていなかったところに、この選びようのない状況。

 

(めちゃくちゃ不公正な気がする)

 

 フィッツは「ほかの人」はいらないとばかりだが、それだって、先々、どうなることか、と思う。

 開いた視界には、より良い人がいるかもしれないのだ。

 その時になって、騙された、と感じることも有り得る。

 

「あのさぁ、フィッツ」

「はい、ひ……キャ……ひ……」

「いいよ、無理しなくて。フィッツを困らせるつもりで言ったんじゃないからさ」

 

 朝食後の散歩中。

 住居の外にある庭園を歩いていた。

 春先よりも、ずっと濃い色をした色とりどりの花が咲いている。

 ここの便利なところは、なにもしなくても、すべてが動いていることだ。

 

 農作物の栽培から動物の飼育、それに花の水やりまで、2人がする必要はない。

 なので、時間は有り余っていた。

 ボロ小屋でも、彼女は、これといってなにもしていなかったので、時間を無駄にするのは得意だ。

 散歩をするようになっただけ、皇宮にいた頃より行動的になったと言える。

 

「困ってはいません」

「でもさぁ……」

「ですから、姫様」

 

 ぴたっと、フィッツが足を止めた。

 気づいて、後ろを振り返る。

 

「待っていてください」

 

 フィッツの薄金色の瞳が、光に輝いていた。

 強い意思が、そこには漂っている。

 自分の悩みを吹き飛ばしてくれる輝きだ。

 にっこりして、うなずく。

 

「待つよ。ずうっと待つ」

「それほど長くはないと思います」

「期待してる」

 

 ははっと笑うと、フィッツも小さく笑う。

 声を上げて笑うことはないが、微かにしか見えなかった笑みが、ちゃんと笑っているように見えるようになっていた。

 おそらく、フィッツの言うように「長く待つ」必要はないだろう。

 

「フィッツ、手、繋いで」

 

 伸ばした手を、フィッツが握って来る。

 手を繋いで、歩き出した。

 とても不思議な気持ちになる。

 フィッツと関われるのを嬉しいと感じていた。

 

(あとで、騙された、裏切られたって思われてもいいか。今は、お互いに楽しいと思ってるんだし、あとのことは、今、考えてもしかたないもんね)

 

 今までも、彼女は、先のことなんて考えてはこなかった。

 けれど、それは「どうでもよかった」からだ。

 人と深く関わる気がなかったので、自分の周囲に与える影響も考えなかった。

 とはいえ、今はフィッツがいる。

 

 フィッツとは、真面目に、きちんと関わっていきたい。

 フィッツだって、そうしてくれているからだ。

 その結果、罵られるはめになったとしても。

 

「あのさぁ、フィッツ、私、フィッツが……」

 

 言いかけた時だ。

 ぐらっと、軽い揺れを感じた。

 フィッツが、即座に、カサンドラを抱き寄せる。

 見れば、無表情に戻っていた。

 

「なにか、あった?」

「……申し訳ありません、姫様……やられました」

「やられたって、なにを?」

 

 まだ微振動が続いている。

 なにかが起きているのは確かだ。

 しかも、深刻な事態だということがわかる。

 フィッツが「やられた」と言うほどなのだから。

 

「この設備は硬い岩盤の上にありますが、周辺には水脈があります。基本的には、循環させて使用していて、この設備が汲み上げている地下水は、それほど多くないのです。地下水の量を測定し、汲み上げる量の調整もしていますし……」

「外から汲み上げられてるってことか」

「おそらく」

 

 フィッツは、ティニカだ。

 そして、ここは「ティニカの隠れ家」だった。

 設備の操作や管理を、どこにいてもフィッツはできるのだそうだ。

 通常は全自動で行われているが、天気を変えたり、昼を夜にしたりすることも、フィッツにはできる。

 

 フィッツ自身が、設備の制御装置のようなものだからだ。

 

 地下水の減少が、どの程度なのかも、すでに把握しているのだろう。

 かなり深刻らしく、眉をひそめている。

 

「元々ラーザは地下水脈が豊かな土壌を作っていて、それがラーザの繁栄を支えていたのです。その水脈から、一斉に多数の箇所から水を汲み上げているようです。地上で作業していると考えられますので、地下水の減少を食い止めることは、現状できそうにありません」

 

 ふう…と、息をつく。

 それが、どういう意味かくらいは、わかっていた。

 どこか1ヶ所から汲み上げられているのであれば、フィッツも対処できたに違いない。

 複数だったとしても、順繰りであったなら、同じく対処できただろう。

 

 こちらが対処に動くことを見越して「一斉に多数の箇所」が狙われた。

 気づいても、地下水の減少を抑えられないといった状況にするのが目的だ。

 手を打とうにも、もう遅い。

 

「じゃ、地面が陥没するね」

「ここは最も強度のある岩盤上に造られているので倒壊することはありませんが、さらに下の粘土層が耐えられず、傾くくらいはするでしょう。それと周囲の陥没は()けられません」

「そこから侵入される?」

「いえ、それは難しいでしょうが、こちらも設備の維持が困難になります」

 

 位置が特定されてしまえば、囲まれる。

 こちらは逃げ場のない状態で、立てこもるしか手がなくなるのだ。

 にもかかわらず、設備の維持ができなければ、生きてはいけない。

 以前なら、このままここで死んでもいい、と思っただろう。

 

(それは……嫌だな。フィッツと……せっかく、ここまで来たんだ。2人でずっと一緒にいるって決めたんだから)

 

「じゃ、どうする? なにか手はある?」

「脱出ルートは確保しています」

「わかった。なら、すぐに逃げよう」

 

 外に出るのは危険かもしれない。

 だが、立てこもっていても道は開けない。

 生まれて初めて「なにもせず死ぬのは嫌だ」と思っていた。

 

 皇宮を逃げた時よりも、明確に「逃げる」ことを意識している。

 フィッツと2人で生きていくために、ここを出るのだ。

 遺すのも遺されるのも嫌だった。

 2人でなければ、意味がない。

 

「ここには2度と戻れませんが、いいですか?」

「わかってるよ。ラーザの技術を残していくわけにはいかない」

 

 こくり。

 

 フィッツがうなずく。

 本当には、いつか戻って来られるように、残しておきたかった。

 2人で過ごした時間が、ここには詰まっている。

 その時間が、フィッツとの関係を変え、自分を変えたのだ。

 

 だが、この技術の危険性は承知している。

 残しておけば、なにに転用されるかわからない。

 平和的に使われるとは、とても思えなかった。

 だから、どんなに惜しくても、諦めるべきなのだ。

 

「脱出ルートの出口は、ラーザの最東端です」

「そうなんだ」

 

 答えた彼女の手を、ぎゅっと握り、フィッツが小さく微笑む。

 

「姫様の最終目的地に行きましょう」

 

 どくっと、心臓が跳ねた。

 いつからフィッツは気づいていたのか。

 どこを最終目的地としていたのかは、結局、話していなかったのだ。

 彼女は、苦笑を浮かべる。

 

「抜け目ないなぁ、フィッツは」

「申し訳ありません」

「これは、褒めてるんだよ」

「恐れ入ります」

 

 顔を見合わせて、にっこり。

 2人でいられるのなら、どこでだってやっていけるに違いない。

 楽観的に考えているのではなく「どこで」ということに、こだわらなくてもいいのだと、そう思った。

 

 誰と、というのが大事なことなのだ。

 

 微振動は続いている。

 一刻を争う事態だ。

 覚悟はできていても、緊張はする。

 その彼女の体が、ふわっと浮いた。

 

「走ります。しっかり掴まっていてくださいね」

「いつも、そうしてる」

 

 走り出しながら、フィッツが笑う。

 とても楽しげだ。

 

「なに笑ってんのさ」

「慣れましたか?」

「へ?」

「もう恥ずかしくはないようですから」

「フィッツ、言うようになったじゃん」

 

 ぎゅっと、フィッツの首にしがみつく。

 肩口に顔をうずめた。

 離れたくない、と思う。

 こんなふうに感じたのは、初めてだ。

 

 フィッツと出会わなければ、知らずにいた感情。

 

 いつも遠くあった世界が、今は近い。

 フィッツがいることで、彼女の世界は色を変えたのだ。

 そして、自分しかいない世界ではできなかったことをしている。

 彼女は、フィッツのぬくもりに(すが)りついていた。

 

「慣れたよ。ていうか、フィッツに抱っこされるの……実は好きなんだよね……」

 

 ほそっと、つぶやく。

 その言葉をどう受け止めたのか、彼女の頬に、フィッツが頬を擦り寄せた。


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