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いつかの空を見る日まで  作者: たつみ
第1章 彼女の言葉はわからない
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感情の機微とはいかばかり 3

 ティトーヴァは、もうずっと苛立っていた。

 原因は、明確だ。

 

 なんとしてもカサンドラが見つからない。

 

 皇宮から姿を消して、十ヶ月が経つ。

 2人が、ラーザに入ったと思われる日から捜索を開始して5ヶ月目だ。

 元ラーザ国の領土であった場所は、ひとつ残らず探させている。

 なのに、見つけられずにいた。


 坑道も同時進行で調べさせているため、よけいに時間がかかっている。

 2人が死んでいないと確信はしていたが、なにか手がかりが残されている可能性はあった。

 ラーザでの捜索が難航するのは目に見えていたため、そのわずかな可能性を捨て切れなかったのだ。

 

 なにしろ、ラーザには帝国にない技術が存在している。

 そのため、機械的な捜索は意味をなさない。

 探索機にかけようが、生体認識装置を使おうが、引っ掛からないのだ。

 

 当然、人手を使い、廃墟をさらに引っ繰り返すようにして、捜索した。

 それでも、カサンドラの姿は、どこにもない。

 

「殿下、そろそろ決断して頂かなければなりません」

 

 ベンジャミンの言葉も不快に感じる。

 ティトーヴァも限界なのは、わかっているのだ。

 わかっていて、引き延ばしてきた。

 

「もう1度、俺がラーザに出向く」

 

 捜索が、ひと月を越えた段階で、ティトーヴァは帝都に戻っている。

 政務が滞り、支障をきたし始めたからだ。

 ほかの者に任せられるものなら、任せただろう。

 だが、皇帝の代理は、ティトーヴァにしか務められない。

 しかたなく、ラーザを離れる選択をした。

 

「なりません、殿下。最短距離でラーザに向えば1日か2日で着けるでしょうが、今、殿下が帝都を離れれば、周辺国が騒ぎ始めます。とくにアトゥリノは、なにを企ててくるか、わかっておいででしょう」

 

 ぐっと言葉を飲み込む。

 ベンジャミンの言うことが正しいと、頭では理解していた。

 とはいえ、感情を理性が御し切れなくなっている。

 こうしている間にも、カサンドラの心から、自分の存在が消えてしまいそうで、焦燥感に駆られてしまうのだ。

 

「捜索を打ち切るという話ではございません。先に、殿下の成すべきことをなさるべきだと申し上げているのです」

 

 執務室のイスに座り、両手で顔を覆う。

 焦りが、ついティトーヴァの口から本音をこぼさせた。

 

「……帝位など、どうでもいい。欲しい奴にくれてやりたいくらいだ……」

 

 小さなつぶやきに、その心情が集約されている。

 なにも好き好んで、皇太子に産まれたのではない。

 恵まれていると人には思われるだろうが、現実には、父に憎まれ、母にとっては父の気を引く道具としての愛情しかかけてもらえなかった。

 

 大勢の臣下を従えてはいても、本音を(さら)せる者はいない。

 心の内側は、常に、孤立無援。

 誰も、ティトーヴァの心にふれることはなかったのだ。

 

 カサンドラ以外は。

 

 その彼女の手を、あの日、離した。

 結果、(またた)く間に、彼女を失っている。

 あれっきり、2度と会えないかもしれない。

 繰り返し、何度も何度も、自分を責め、悔やんでいた。

 

 なぜもっと早く、彼女を知ろうとしなかったのか。

 なぜ(かたく)なに話し合うことさえ拒んでしまったのか。

 出会った当初にはあったはずの、自分に対する好意を、無関心さでもって、踏みにじる必要があったのか。

 

 すべては、今さらだとわかっていても、後悔せずにもいられない。

 自分の出自すら(いと)わしくなる。

 生を受けてから、ティトーヴァは帝位に就くのを目的としてきた。

 なのに、今は、少しも積極的になれない。

 

 カサンドラの母を陥れた女の息子であり、カサンドラを憎んでいる男の息子。

 それが、自分なのだ。

 

 身分も立場も、捨てられるものなら、捨ててしまいたいような気分だった。

 信じてきた道が崩れていくのを感じている。

 皇帝という地位に、意味が見いだせない。

 父が、最期に果たそうとしたのは私怨による復讐。

 皇帝であったにもかかわらず、だ。

 

「殿下……」

 

 憂鬱な気分で、ティトーヴァは顔を上げる。

 なにもかもを放り出し、本気でラーザに向かいたかった。

 とはいえ、ベンジャミンの顔を見ていると、そうもできない。

 

 皇帝は、すでに亡くなっている。

 

 もう2ヶ月も前のことだ。

 遺体を保存し、周囲には隠し続けていた。

 けれど、限界が来ている。

 皇帝に何事かあったと、周りも感じているらしい。

 

 謁見が叶わないまでも、文書で構わないから直言が欲しいと、矢の催促だ。

 ずっと隠しおおせるものでもなかった。

 せめて手がかりでも見つかるまではと引き延ばしてきたが、ベンジャミンの言うように、ティトーヴァは決断を迫られている。

 

 皇帝の崩御と、ティトーヴァの即位。

 

 間を置かずに公表しなければ、面倒なことになるだろう。

 アトゥリノの叔父が動き出すのは、分かりきっていた。

 本音はともかく、叔父にだけは帝国を譲り渡すことはできない。

 そんなことになれば、民は虐げられ、いずれ帝国は崩壊する。

 

 急に、ベンジャミンが顔つきを変えた。

 耳の横を、手でふれている。

 誰かから通信が入っているようだ。

 

「アトゥリノのロキティス殿下から、至急のお話があると連絡がまいりました」

「至急……? まさか父上のことが知られたのか?」

「いえ、それは有り得ません。リュドサイオ卿が情報統制を行っております」

 

 ロキティスの意図は不明だが、アトゥリノからの連絡は無視できない。

 叔父が動き出した可能性もある。

 少なくとも、ロキティスと叔父は不仲なのだ。

 なにか情報が得られるかもしれないと、手で合図する。

 ベンジャミンが、極秘の通信回線を開いた。

 

「至急の用件だと聞いたが、どうした?」

「実は、昨晩、父が亡くなりました」

「なんだと? 叔父上が亡くなった?」

「はい。なんとか周りを抑え、今は秘匿させております」

「どういうことだ。原因は?」

 

 叔父が病に臥せっているという話は聞いていない。

 突然のことに、なにが起きているのか、予想がつけられずにいる。

 

「それが……毒殺との報告が入っておりまして……」

「毒殺? それで? 首謀者は誰だ? わかっているのか?」

「意図的なものではないようですが……父に毒を飲ませたのは、妹と見て、間違いございません」

「ディオンヌが、なぜそんな真似をする? それより、どうやって毒を?」

 

 ディオンヌは帝国におり、アトゥリノには帰っていない。

 幼い頃に国を離れたため、親しい者もいなかった。

 帝国にいながら、毒を盛ることなどできなかったはずだ。

 

「即効性の毒ではなく、少しずつ蓄積する種類のものでした。自らの失態を詫びるため、めずらしい茶葉を贈るという、妹の手紙が添えられていたと侍従から聞いています。医師の見立てでは、体内に入るまで毒性は検知ができず、飲んだ直後は、むしろ、体調が良好になるとのことでした。ですから、父も疑わず、愛飲していたらしいのです」

 

 ティトーヴァは、ベンジャミンに視線を投げる。

 極秘回線だが、ベンジャミンはティトーヴァの側近であるため割り込めるのだ。

 が、ベンジャミンは首を横に振る。

 そんな毒の存在を、ティトーヴァと同じく知らないらしい。

 

「ですが、その茶葉は……おそらく、あの従僕から手に入れたものかと」

「カサンドラの従僕か? なぜ、そう思う」

「一見、普通の茶葉ですが、ラーザでのみ生息していた花で作られておりました。今となっては手に入らないものにございます。それに、実は、もうひとつ……」

「なんだ? 早く話せ!」

「……妹も死にました……」

 

 言葉に、息をのむ。

 ディオンヌを貴賓扱いするのをやめ、宮を移して以来、会っていなかった。

 カサンドラの捜索に必死だったこともあり、完全に放置していたのだ。

 

「妹は、あの従僕と親しかったようです。親密な仲ではなかったでしょうけれど、同じ皇宮内で暮らしていましたし……彼が意図的に近づいていたとしても不思議はありません」

「なぜ、あの男がディオンヌに近づく必要がある?」

「彼は、ラーザの民です、皇太子殿下。カサンドラ王女様が望もうと望むまいと、ラーザの再興を願う者はいるでしょう」

 

 ティトーヴァは、ラーザの技術が帝国を上回っていると、実感している。

 監視室の情報を操作でき、未だにカサンドラを隠しおおせているほどだ。

 もしラーザの民が一斉に蜂起したら、どうなるか。

 帝国を揺るがしかねない事態になるのは、想像に容易い。

 

「思うに……彼は、帝国を混乱させ、カサンドラ王女様を旗印に叛逆を企てているのではないでしょうか。その過程で父が狙われ、妹は利用されたのではないかと……カサンドラ王女様も、自ら逃亡されたのではないのかもしれません」

 

 ぴくっと、ティトーヴァの指先が動いた。

 その可能性については考えていなかったからだ。

 

「拉致された、というのか?」

 

 ロキティスの言葉を、そのまま受け入れるのは危険だと思っている。

 だが、受け入れたいとの気持ちが、ティトーヴァの中にはあった。

 それを見透かしたかのように、ロキティスが背中を押す。

 

「有り得なくはないでしょう? ヴェスキルの継承者との旗がなければ、ラーザの民を動かすことは叶いません。戦車試合の日、私が見る限り、皇太子殿下とカサンドラ王女様は、仲睦まじくあられました」





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