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いつかの空を見る日まで  作者: たつみ
第1章 彼女の言葉はわからない
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独占の空間 3

 ぱくぱくぱく。

 はみはみはみ。

 

 フィッツは、カサンドラを、じっと見つめている。

 食堂はあるのだが、別の場所で食事をしていた。

 

 広過ぎて落ち着かない。

 

 そう言われたからだ。

 食堂横の、小部屋にテーブルをセットし、料理を並べている。

 ここは、本来、料理を運ぶ前にメイドや従僕が控えるための部屋だった。

 それでも、あのボロ小屋の食堂兼調理室よりは広い。

 

 ラーザ侵攻前まで、ラーザは独立国のような形で放置されていた。

 その頃は、ここもティニカの者たちであふれていたと聞いている。

 歴代の女王が「隠れ家」を使うことはなかったが、それでも常に完璧に整えられていたのだ。


 カサンドラのためには、ティニカだけでも呼び寄せたほうがいいかもしれない。

 そうすれば、人手も増え、より安全で充実した暮らしができるだろう。

 思いつつも、躊躇(ためら)いがあった。

 人に囲まれての生活が、カサンドラには「窮屈」だと知っているからだ。

 

「フィッツは、好き嫌いないの?」

「とくに、意識したことがありません」

 

 フィッツは、カサンドラの向かい側に座っている。

 小屋にいた時と同じく、一緒に食べるように言われたのだ。

 皇宮を出て以降は、別々に食事を取ることもあった。

 というより、フィッツは、ほとんど食事をしていない。

 野宿の際には周囲を警戒する必要があったし、宿屋や鉱山では、ほかの者たちの目を気にしてのことだ。

 

 ヴェスキルの継承者と同じテーブルにつくなど有り得ない。

 

 いくらフィッツが「ティニカ」でも、非難されただろう。

 フィッツ自身、カサンドラに促されるまで考えたこともなかった。

 そうでなくとも、宿屋ではアイシャに「破廉恥」男扱いされたのだ。

 以来、カサンドラと2人きりの時には気にせずにいたことも、人目があると気にするようになっている。

 

「食べられないものとかは?」

「ないですね。毒があるものは、あらかじめ毒抜きをしますので」

 

 言葉に、カサンドラが、ははっと声をあげて笑った。

 なにが面白かったのか、フィッツにはわからない。

 だが、彼女が笑っていると、なぜか胸の奥が暖かくなる。

 心地いい感覚だ。

 

(ティニカを呼ぶかは、今後の状況次第ということにしておこう)

 

 今は、カサンドラが笑っていられる環境を大事にしたい。

 それに、なんとなく、ほかの者に割り込まれるのを「嫌」だと感じている。

 

「毒があるものは、そもそも食べちゃ駄目じゃん」

「ですが、それしか食べるものがなければ、毒抜きをしてでも、食べなければなりません。飢えるよりはマシでしょう」

「あ~……皇宮でも、毒入りがあったもんなぁ」

「お腹をくだす程度の毒でしたが」

 

 カサンドラが、食事を続けつつ、笑みを引っ込めた。

 皇宮のことを思い出したからかもしれない。

 およそ良い記憶なんてなさそうなので。

 

「ディオンヌ、死んじゃった?」

「おそらく」

 

 確率としては、95%くらいだ。

 数字を口にしかけてやめる。

 あえて、ディオンヌの死を「実感」させる必要はないと感じた。

 

 フィッツには、ディオンヌの生死などどうでもいいし、関心もない。

 しかし、カサンドラにとっては違うのではないか。

 そう思ったのだ。

 敵味方を問わず、彼女は「犠牲」を好まない。

 

「あの状況じゃ、しかたない。全員が助かる方法なんてなかったしさ。あんなとこまで追いかけて来るとは思わなかったからなぁ。そこまで恨まれてたなんてね」

「そのことなのですが、アトゥリノの王女の意思ではなかったかと思います」

「なんで?」

「彼女が、私を必要とする理由がないからです」

「単に私から引き離したかったってことじゃない?」

 

 フィッツは、首を横に振る。

 それでは、辻褄が合わないのだ。

 

「アトゥリノの王女もそうでしたが、あのフードには特殊な仕掛けが(ほどこ)されていました。体温や呼吸音を、外に出さない仕様だったようです」

「だから、フィッツも気づかなかったんだ」

「はい。ほかの者はともかく、アトゥリノの王女は気配を消すことはできなかったでしょう。あのフードがなければ、確実に気づいていましたよ」

 

 あの坑道を歩いている途中、漠然とした「なにか」は感じていた。

 経験から来る「嫌な予感」みたいなものだ。

 とはいえ、フィッツは、ほとんどの場合、直観には頼らない。

 自分の目や耳から得た情報のほうが、確実性があると信じている。

 

 けれど、人の気配は捉えられなかった。

 そのため、ディオンヌたちに待ち伏せされていることに気づけなかったのだ。

 想定内のことではあったが、反省している。

 時には「直観」に従うことも必要なのかもしれないと、考えを改めた。

 

「あの時、アトゥリノの王女は、私が必要だと言いました」

「言ってたね」

「なんのために必要なのでしょうか? 私を連れて行く気だったのは間違いありませんが、なにをさせたかったのか、思い当たらないのです」

「自分に仕えさせたかった、とかかな」

「私が、姫様以外にお仕えするように見えますか?」

「見えない」

 

 こくり。

 

 その言葉は正しい。

 戦車試合を見ていた者なら、わかるはずだ。

 自分が、カサンドラに忠誠を誓っているということやなんかは。

 

「確かに、ディオンヌらしくないって感じはしたなぁ。わざわざ、あんなところに来るような人じゃないよね。靴も身なりもディオンヌらしくなかった。なんかさ、切羽詰まってるみたいな……」

「そうですね。だから、よけいに腹を立てていたように見えました。意に沿わないことをやらざるを得なかったからではないでしょうか」

「私をあいつに会わせたくなかったってことなら、気づかれていない間に、殺そうとしてきたはずだよね。生け捕りにしようとしたってことは、ディオンヌ以外に、私……いや、フィッツを必要としてる奴がいるのか」

 

 フィッツは、(おおむ)ねカサンドラの結論に同意している。

 ただし、つけ加えることがあった。

 

「姫様も必要ですよ」

「なんでさ」

「姫様なしに、私を動かすことはできません」

「あ」

 

 どうしてだか、カサンドラが、視線をさまよわせ始める。

 故意に、フィッツと目を合わせないようにしているようだ。

 意味がわからない。

 

「姫様?」

「え? なに?」

「なぜ動揺しているのですか?」

「動揺なんてしてない」

「では、私の目を見て話してください」

「いや、今、食事中だから」

 

 わけがわからない。

 カサンドラは動揺している。

 が、それを隠そうとしている。

 その、どちらの理由も、フィッツは理解できずにいた。

 

(気分を害しているようには見えないが……)

 

「姫様」

「なに?」

「お顔が赤いです」

 

 ぶはっと、カサンドラが飲んでいた水を吹き出す。

 フィッツは、すくっと立ち上がり、彼女に駆け寄った。

 むせているカサンドラの背中をさすりつつ、ハンカチで口元を拭う。

 

「どうされたのです? 喉に、なにか詰まりましたか? 息はできますか?」

「だ、大丈夫だよ……平気平気……」

 

 すはーすはーと、カサンドラが呼吸をしてみせた。

 けれど、まだフィッツと目を合わせようとはしない。

 なんだか落ち着かない気分になる。

 胸が、ちくちく痛むような。

 

「私が、姫様の気分を害したのなら……」

「いや、それは違う。そうじゃなくてさぁ……」

 

 うーんと、カサンドラが唸った。

 それから、大きく息をつく。

 

「とりあえず、座って」

 

 言われ、フィッツは席に戻った。

 カサンドラは、頬杖をつき、横を向いている。

 

「今、私は、すごく複雑な心境なんだよね」

「複雑な心境……」

「私がいないとフィッツを動かせないって言われてさ。なんか、2人で1人みたいだったのが嬉しかったんだよ。けどさぁ、それはそれで問題というか、フィッツの意思はどこにあるんだっていう……」

 

 カサンドラが言葉を尽くしてくれているのは、なんとなく感じていた。

 とはいえ、ひと欠片も「複雑な心境」は理解できない。

 なのに、わからない、とは言いたくなかった。

 なんとかして、返事をしなければと、言葉を捻り出す。

 

「私の意思は、姫様の意思と同じ……ほぼ同じです」

「絶対服従じゃないもんね、フィッツは。言い直すとこが可愛くない」

「私は男ですから、アイシャのような可愛らしさがなくてもしかたないですね」

「見た目のことじゃなく……あれえ? フィッツ、もしかして、それ気にしてた? だから、アイシャに厳しかったの?」

「厳しくしたつもりはありません……が、アイシャのほうが姫様にとって可愛いのだろうとは思っていました」

 

 横を向いていたカサンドラが、フィッツのほうに顔を向けていた。

 なにやら居心地が悪いような気分だ。

 皿を片付けに、席を立とうかとさえ思う。

 

「フィッツ、今、なに考えてる?」

「皿を片付けようかと……」

 

 瞬間、カサンドラが笑った。

 弾けるような笑い声に、フィッツの胸の鼓動が速くなる。

 理由はわからないけれど。


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