表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いつかの空を見る日まで  作者: たつみ
第1章 彼女の言葉はわからない
78/300

独占の空間 2

 

「うわぁ……こりゃ凄いわ……これ、地下?」

「地下です」

 

 フィッツは、事もなげに言うが、ここは「隠れ家」などというちゃちなものではない、と思う。

 だいたい、地下には、とても見えない。

 太陽らしきものもあるし、空は青いし。

 

 つくづくと、ラーザの技術の凄さを思い知る。

 

 あの横穴には、さらに別の横穴があり、フィッツが操作すると道が拓けた。

 非常に狭かったが、フィッツに抱きかかえられたまま、移動している。

 自分で歩くと言ったのだが、おろしてもらえなかったのだ。

 

 立つことができないため、膝を擦るようにして進むしかない。

 それでは膝に怪我をする。

 

 とかなんとか言われた。

 フィッツのことを知りたいと思うし、説明を諦めるのもやめたのだけれど、こればかりは「諦めるしかない」と、諦めている。

 フィッツは、カサンドラの言葉に「絶対服従」ではないのだ。

 言うことを聞いてくれない時もある。

 

 ずりずりと這って進んで1時間。

 坑道から外に出た場所には、一見、なにもない平地。

 しばらく歩いた先の地面に、フィッツが手を置くと、小さくなにかが光った。

 その光がカサンドラの体にふれた途端、地面に大きな扉が開いたのだ。

 

 扉の向こうには階段があり、2人が入ると、扉はすぐに消えた。

 しばし階段を降りると、また扉。

 カサンドラとフィッツがふれると、やはり音もなく開いた。

 そうして、ついさっき「ティニカの隠れ家」に着いたところなのだ。

 

「本当に、誰もいない?」

「いません。私たちだけです」

 

 こんな場所があるのなら、ラーザの民全員でも暮らせそうな気がする。

 領土を捨てなくても、ここに避難すれば良かったのではなかろうか。

 思ったことを、フィッツに訊いてみた。

 歩きながら、説明を受ける。

 

「ここは、ヴェスキルの継承者のために造られました。ラーザの民も、この場所については知りません。たとえ知っていたとしても、使おうとはしないでしょう」

 

 それもそうか、と思った。

 ラーザの民ならば、ヴェスキル王族の避難所を使うなど、とんでもないことだと考えそうだ。

 女王自ら、命令でもしない限りは。

 

 とはいえ、当時、女王はラーザにいなかった。

 平民に身をやつし、帝国の下町で暮らしていたのだ。

 

(ここに隠れたほうが、楽できたと思うんだけどな。よっぽどラーザを離れる必要があったってことか)

 

 女王は、ここに避難するのではなく、ラーザを離れる選択をしている。

 隠れればすむというだけのことなら、この避難場所を使っただろう。

 とはいえ、考えても無駄だ。

 カサンドラの母は、すでに亡くなっている。

 疑問があっても、訊くことはできない。

 

「宮殿の建造を予定していたらしいのですが、高さに限界があって、断念せざるを得なかったと聞いています。なにぶん地下ですからね」

「避難所に宮殿はいらないでしょ。十分、凄いお屋敷だと思う」

 

 道の先には、横に広い建物があった。

 住居として用意されたものに違いない。

 いったい何人暮らしを想定していたのかと、呆れるほどの大きさだ。

 

 その建物の裏手に、穀物の栽培場所や飼育場があるらしい。

 動物の鳴き声の大きさからすると、比較的、離れていそうだ。

 つまり、敷地面積が、それだけ広いということになる。

 そのすべてが、無人でも、きちんと管理できるようになっているのだろう。

 

「これなら、何年でも住めそうだなぁ」

 

 横穴の中で、フィッツに言ったことは、本音だ。

 生活に困らず、安全に暮らせるのなら、これ以上の我儘をすべきではない。

 そう感じていた。

 

 彼女は、実は、へこたれている。

 

 命の天秤になど、2度とふれたくなかった。

 誰かと誰か、どちらかを選択する事態には陥りたくないのだ。

 どちらを選んでも犠牲が出る。

 それが、怖かった。

 

 あの時、フィッツが決断をくだしてくれて、彼女の心は救われている。

 結果として、フィッツに怪我をさせてしまったことを悔いていた。

 足手まといになった自覚はあるのだ。

 

「姫様が、外に出たいと思う時まで、ここで暮らしますか?」

「そうだね。それが良さそう。地下って感じもしないし、思ったより気楽に暮らせそうだからさ」

 

 帝国だの、皇帝だの、皇太子だの、自分には関係ない。

 追われていることも忘れてしまいたかった。

 ここで、穏やかに暮らせるのなら、それもいいと、思える。

 誰にも知られずひっそりと、というのは、望むところでもあったのだ。

 

「どうぞ、姫様」

 

 横に長い建物の真ん中にあるドアを、フィッツが開いていた。

 中は、明るくキラキラしている。

 見た目に床は大理石のようだったが、歩くと、ふんわり足が沈んだ。

 かと言って、足を取られ、転びそうになるほどではない。

 踏み心地が気持ちいいと感じるくらいだった。

 

 壁は、やわらかなクリーム色をしていて、キラキラしているのに目には優しい。

 見上げれば、天井に大きな紋章が描かれている。

 それとともに、動植物が配置されていて、壁画のようだった。

 

「ヴェスキルの紋章です」

「ん? ラーザの国章じゃなくて?」

「はい。ラーザに国章はないのですよ、姫様。ヴェスキル王族がラーザそのものを表しているのです」

 

 千年も前から「国」として存在していたのに、国章ではなく、ある一族の紋章が使われていたというのが、不思議ではある。

 だが、同時に、ラーザの民の妄信的な感覚を、少し理解できた気がした。

 

 国家というのは、人によって成り立っている。

 その最初の一歩は、たいてい同じ民族により形成されるものだ。

 帝国のように戦争を起こすという極端な事態が起こらなくても、時間を経れば、単一の民族国家が多民族国家へと形を変えていく。

 人は移動し、交流する生き物なので。

 

(ラーザは、相当、閉鎖的な国だったんだな……ていうか、閉鎖的になった?)

 

 2百年ほど前、今のヴァルキアスから男が訪ねて来ている。

 ラーザの女王は、その男を拒絶することなく、むしろ、技術を伝えた。

 ラーザが閉鎖的な国ならば、男は受け入れられなかったはずだ。

 

「盗まれたっていうんなら、話はわかるんだけどなぁ」

「盗まれたとは、なにがですか?」

「ん~、ラーザは、ほかの国との交流を()けてたみたいだからさ。不思議だなぁと思ったんだよ。なんで、最初の1人を追い返さなかったんだろうって」

「2百年前、その男が来るまで、ラーザは人に知られていませんでした。そもそも人が少なく、集落を行き来する手段も徒歩でしたし、情報の伝達も遅かったので」

 

 なるほど、と納得する。

 ラーザは、東の最果てとも言える土地柄だ。

 今はネセリックがあるが、それも最近のことなのだろう。

 ラーザの次にできた「国」であるヴァルキアスですら、建国は、たった2百年前のことになる。

 千年の歴史に比べると「つい最近」には違いない。

 

 長くラーザは、ラーザだけで完結していたのだ。

 

「その後、ヴァルキアスの建国時の強引なやり(よう)を見て、女王は後悔されました。ラーザの中では技術の武力転用との考えはなかったからです」

「やっぱり、そういう感じか。それで、他国と交流しないことにしたんだ」

「はい。自分たちの技術が、どのように転用されるかわからないので、危険だと」

 

 周囲を、ぐるっと見回してみた。

 地下に、これほどの構造物を造る技術は素晴らしい。

 だが、危険なものに成り得るのも確かだ。

 この技術を使い、軍事基地なんてものを造ることだって可能なのだから。

 

「みんな、ここを離れる時に、わざと壊して出たんでしょ?」

 

 外に出た時に見た光景を思い出す。

 家は倒壊しており、まともに残っている建物はなかった。

 どこかに宮殿もあったはずだが、彼女の視線より上は、空だけだった。

 皇太子のラーザ侵攻で、徹底して破壊されたのだとしても、もとより技術的な「遺産」は消し去られていたに違いない。

 

「ヴァルキアス以外にもラーザの侵略を試みた国はありました。ですから、なにかひとつでも残せば、どこかの国に悪用されるかもしれないと、危惧したのです」

「暮らしを楽にするためとかさ。平和的に使うだけなら問題ないのにね」

 

 人は欲の深い生き物なのだ。

 ひとつを手にすれば、もうひとつと、欲を出す。

 もちろん、それは悪いことばかりではない。

 誰かを守るためだったりすることもあるからだ。

 家族に良い暮らしをさせたいとか、病を治したいだとか。

 

 けれど、みんながみんな、同じ方向を向いてはいない。

 時に、想いがぶつかりあうこともある。

 そして、己のために欲を振り回す者も、やはり、いる。

 

 そういう様々な想いや思惑が渦巻く世界で、ラーザの技術は「凄過ぎた」のだ。

 

 ラーザのように、その国の中だけで完結していたなら、征服戦争なんて起きてはいない。

 技術は便利な代物で、手にしてしまえば手放し難くなる。

 とはいえ、使う側次第で危険なものに変容するものでもあった。

 

「万が一……ここを出なきゃいけなくなる日が来たら、閉鎖しないとだね」

「はい、姫様」

 

 壊すにはもったいないほど、優れた技術の結晶。

 なのに、残すには、あまりにも危険な技術だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ