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いつかの空を見る日まで  作者: たつみ
第1章 彼女の言葉はわからない
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想定であって想定でなし 2

 顔まで、すっぽりと覆った黒いフードが、いかにも怪しい。

 服装だけで「追っ手」ではないとわかる。

 皇太子の配下に、こんな怪しげな者がいたら、フィッツが気づいていたはずだ。

 相手は、4,5人、うち1人は小柄だった。

 

 中心にいた人物が、暑苦しいとばかりに、フードを手ではらう。

 見慣れた顔に、カサンドラは驚きを隠せずにいた。

 さすがに、表情にも出てしまう。

 

「なんで、ここにいるわけ?」

「とても不本意だけれど、あなたを追ってきたのよ、カサンドラ」

 

 相手も、もう「演技」はやめたらしい。

 というより、なりふり構わない、自棄(やけ)気味ともとれる、ぶっきらぼうな口調で、言い捨ててくる。

 ここは皇宮ではないので、取り繕う必要もないのだろう。

 

「私がいないほうが、都合がいいんじゃない?」

「都合がいい? 殿下が私を選ぶ可能性を潰したのは、あなたよ。今だって殿下があなたを探してると知っているくせに、よくそんなことが言えるわね」

 

 顔を(さら)したのは、ディオンヌ・アトゥリノ。

 

 しかも、カサンドラたちの前方から現れたのだ。

 かなり距離が縮まるまで、フィッツでさえ気づかずにいた。

 どうやってかはともかく、隠蔽する装置かなにかを持っているのかもしれない。

 

「それなら、私を殺しても無意味だね。あいつ……皇太子が、あなたを選ばないと決めてるんでしょ? なのに、なにしに、ここに来たのさ」

 

 カサンドラの言葉遣いが乱れていても、ディオンヌは気にしていないらしかった。

 元々、カサンドラが平民出だからか、それすら、どうでも良くなっているのか。

 なにか差し迫った事情があるようにも思えたが、彼女には関係ない。

 追っ手が迫っている現状、行く手を阻む、ただの邪魔者に過ぎなかった。

 

(この人数なら、フィッツがやられっこない。十分、対処できるはず)

 

 彼女の内心を察したかのように、ディオンヌが口元を歪めて笑う。

 声を出してはいないものの、自らが「有利」であることを、確信しているような笑みだった。

 

 なにか嫌な感じがする。

 

 ディオンヌは、彼女から言わせれば、頭脳明晰とは言い難い女性だ。

 あんなにすぐにバレるような危うい真似ができていたのも、ひとえに皇太子が、カサンドラに無関心だっただけのこと。

 実際、ひとたび皇太子が彼女に小さな興味をもっただけで、ディオンヌの信頼は完全に瓦解している。

 

「とにかく、私、急いでるから、退()いてくれない?」

「私には後がないのよ。あなたよりも、ずっとね。だから、引けないわ」

「なら、どうする気?」

 

 再び、ディオンヌが、口の端を吊り上げて嗤った。

 後がなく切羽詰まっているらしかったが、そんなふうには見えない。

 楽しんでいるようにさえ感じられる。

 

「その従僕を寄越しなさい」

「あなたの狙いは、私でしょ? フィッツは関係ないじゃん」

「私には、彼がどうしても必要なのよ。彼、あなたの命令なら、従うわよね?」

 

 生憎、フィッツはカサンドラに「絶対服従」はしない。

 優先順位の1番は「カサンドラの命の確保」なのだ。

 それに反する指示を出しても、フィッツが承服しないと知っている。

 何気に、ちょいちょい無視されることもあるし。

 

「あんたに必要だって言われても、私にだってフィッツは必要なんだよね。それに寄越せって言われてもなぁ。フィッツは物じゃないんだよ。あげたりもらったり、売ったり買ったりできるはずないでしょ」

 

 ディオンヌと話しながらも、彼女は、違和感を覚えていた。

 カサンドラを背中に庇ったまま、フィッツが動かないのだ。

 ディオンヌ以外は、体格からして、おそらく全員が男だろう。

 そのフード男たちを牽制するに(とど)めている。

 

 なにかが、おかしい。

 

 フィッツらしくない、と感じていた。

 フィッツの「不利」な状況なのかもしれないと思う。

 およそ見当もつかないけれど、それはともかく。

 

「よく聞きなさい、カサンドラ」

 

 ディオンヌの口調が、さらに冷たくなった。

 青色の瞳が異様なほど、きらきらと光っている。

 

「その従僕を渡さなければ、あなたに関わった者全員を始末するわ」

「私に関わったって……皇太子殿下とか?」

「ふざけるのもいいけれど、私たちは、昨日から、ここにいたのよ」

「昨日から……」

「こんな薄暗くて空気の悪い場所に、1日中いたということ」

 

 ディオンヌは、カサンドラたちと前後して、この坑道に辿り着いていた。

 だが、休息のため、カサンドラは、昨日は宿泊施設で過ごしている。

 その隙に、ディオンヌたちは、坑道に入り、先回りしていたらしい。

 

「あなたが、どうしても2人で逃げるというなら、それでもかまわないわ。でも、ここに来るまでに、あなたが会った人は、みんな、死ぬことになるわね」

「なんで、そんな……知り合いでもないのに……」

「関係ないのよ、カサンドラ。どうでもいいの」

 

 無意識に、フィッツのシャツを掴んだ。

 頭の中が混乱している。

 動揺もしていた。

 

 ディオンヌのやりかたは、あまりに無茶苦茶だ。

 カサンドラと軽く挨拶をしただけの者でも殺す、と言っているのだから。

 

「少なくとも、今、鉱山にいる者たちは皆殺しってことになるわね」

 

 一昨日、ここに着いた時から、カサンドラの元には大勢の「ラーザの民」が挨拶に来ている。

 ある程度の歳をとった人、子供連れの若い女性、様々な人たちが、カサンドラの前に(ひざまず)き、言葉をかけるたびに、涙を流すほど喜んでいた。

 昨日1日、休息を取るとしつつも、彼女はラーザの民との会話を1度も拒まずにいたのだ。

 

 そこまでは知られていないようだったが、ディオンヌにはどうでもいいらしい。

 もちろん、どうでもいいに違いなかった。

 ここはリュドサイオで、ディオンヌの故郷ですらないのだ。

 長く暮らしていた帝国本土でもない。

 リュドサイオに、親しみを感じてはいないのだろう。

 

 ディオンヌの言葉に、本気を感じる。

 

 逃げるのは簡単かもしれない。

 だとしても、逃げれば、間違いなく鉱山にいる人たちは殺される。

 しかも、ラーザの民以外の者たちでさえ例外なく。

 

「簡単な話だというのに、どうしたのかしら? あなたの従僕を、私に寄越せば、誰も死なずに済むのよ?」

「なんで、フィッツ? フィッツをどうするつもり?」

「あなたの意思であろうとなかろうと、あなたは私から殿下を奪った。今度は、私の番というだけのことね」

 

 心の中に、葛藤が渦巻いていた。

 ディオンヌが「本気」だと、確信している。

 フィッツを渡さなければ、鉱山の人たちは死ぬ。

 とはいえ、渡せば、フィッツに、なにをされるかわからない。

 だいたい、フィッツが、自分の言葉に従うかどうかも不明だ。

 

 初めて突きつけられた、命の天秤。

 

 その重さに、彼女は恐怖をいだく。

 はっきり言って、そんな選択はしたくない。

 簡単に選べるようなものではなかった。

 

(私は善人じゃない。人の命が尊いとか、同じ重さだとか……そういうのも、よくわからない。自分のせいで人が死んだって思いたくないだけで……)

 

 鉱山にいたラーザの民は、カサンドラを敬い、とても良くしてくれている。

 けれど、ずっと一緒にいたのは、フィッツだ。

 これが一昨日までなら、フィッツを選んでいたと思う。

 実際に、鉱山の人たちと会い、話していなけれは「見知らぬ人たち」で括れた。

 

「姫様」

 

 フィッツが振り向かない。

 どうしよう、と焦る。

 フィッツは使命を果たすために、自分を連れて逃げる気だ。

 きっとフィッツなら、ディオンヌたちを振り切れるに違いない。

 

「私が行きますので、姫様は後ろに退()がっていてください」

「え……?」

 

 言葉を失っているうちにも、フィッツがスタスタと歩き出す。

 ディオンヌのほうへと、近づいて行く姿が見えても、どうすればいいのかわからなかった。

 

 引き止めたいのに、引き止められない。

 

 ただ、フィッツが彼女の内心の葛藤を察したことだけは、わかっている。

 命の天秤に、誰かを乗せたくなくて、怯えているのを感じ、代わりにフィッツが答えを出してくれたのだ。

 

「そこに跪きなさい」

 

 黙って、フィッツがディオンヌの足元に両膝をついた。

 その光景に、体が震える。

 ディオンヌには、散々、虐められてきたが、どうとも思わなかった。

 自分のことなら平気でいられたのだ。

 なのに、フィッツを跪かせていることに、怒りがわいてくる。

 

「あなたは、なにをするかわからないから、頭を地面につけて、大人しくなさい」

 

 心臓が、ばくばくと嫌な音を立て始めた。

 フィッツは、またもディオンヌの言葉に従う。

 頭を下げ、額を地面につけていた。

 そこに、2人のフード男が近づき、フィッツの手を後ろで押さえつける。

 

「自分のものを奪われるのって、嫌なものでしょう、カサンドラ?」

 

 ディオンヌが、こっちを見て、冷たい笑みを浮かべた。

 そのディオンヌの足には、皇宮では見たこともない、踵のない靴。

 

 ガッ!

 

「フィッツっ!!」

 

 ディオンヌが、フィッツの下げた頭を、上から踏みつけていた。


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