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いつかの空を見る日まで  作者: たつみ
第1章 彼女の言葉はわからない
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想定であって想定でなし 1

 ティトーヴァはリュドサイオの首都を()け、ホバーレに乗って移動した。

 人が多い街で使うには向かない乗り物だ。

 さほど大きくはないが、速度を出せば人を弾く恐れがあるし、周囲に気を配れば速度が出せない。

 

 高度が上げられれば、街の上空を横切れただろうが、ホバーレには、そこまでの浮上機能はついていなかった。

 そのため、迂回を余儀なくされている。

 

 かつて、移動の手段は、動物を使っていた。

 馬や牛であり、とくに騎士が常用するのが馬だった。

 だが、馬は生き物だ。

 長時間の速駆けはできないし、餌や水も必要とする。

 

 その点、ホバーレは機械なので、休むことなく移動できた。

 もちろん餌も水もいらない。

 動力源が損傷しない限り、1度の供給で3ヶ月は稼働できる。

 最高速度で動き続けたとしても、だ。

 なので、移動手段が、馬からホバーレに変わったのは必然と言える。

 

「ここから、どういたしますか、殿下」

「坑道に入る」

「内部は入り組んでいると、聞き及んでおります。カサンドラ王女様が、どの道を選ばれたのかが分かりませんと、捜索に何日もかかってしまいます」

「問題ない。時間なんぞかけてたまるか」

 

 ティトーヴァには、考えがあった。

 無作為に捜索する気など、毛頭ない。

 ベンジャミンの言うように、気が遠くなるほどの時間がかかる。

 その間に、カサンドラは、ますます遠くなってしまうだろう。

 

(ラーザに入る前に、なんとしても見つけなければならんのだ。おそらく、どこかに避難場所がある。奴が、ここに来たのだからな)

 

 単に、故郷だからとの理由で、あの従僕がラーザを選んだとは思えなかった。

 見つからないと確信している場所があるのだと、ティトーヴァは結論している。

 もとより、帝国の監視室さえ欺いた男だ。

 ラーザの技術には、それだけの能力があると考えて間違いない。

 となると、廃墟と化していても「使える場所」は残されているはずだ。

 侵攻時、帝国を上回る技術でもって隠した場所。

 

 あの従僕は「そこ」を目指している。

 

 そもそも、ティトーヴァはリュドサイオに入った時から、巷に流れていたという噂を信じずにいた。

 西に向かったという話ではあったが、それならば「東」だと即断している。

 なぜなら、カサンドラの姿は、帝国でも、ほとんど知られていなかったからだ。

 

 戦車試合でティトーヴァが同伴した日、初めて彼女は公の場に姿を現している。

 それまでは、皇宮内の者しか、カサンドラを知る者はいなかった。

 仮に、戦車試合を観覧しに来ていた民が見たとしても、それは遠目からだ。

 ドレスの色くらいは判別できただろうが、非常に曖昧な姿だっただろう。

 とても、ひと目でカサンドラだと判断できるようなものではない。

 

 にもかかわらず、街には噂が流れている。

 どんなに裕福であっても、貴族でない限り、平民は祝宴に出られない。

 いったい、どうやって「カサンドラ」だと判断したのか。

 できるはずがないのだ。

 

 つまり、噂は意図的に「流布」されたもの。

 

 間違った道に、ティトーヴァを誘導させるためとしか思えなかった。

 そして、東には「ラーザ」がある。

 導かれる結論は、ひとつしかない。

 少なくとも、ティトーヴァは、自分の判断を信じている。

 

 東にあるのはネセリック。

 規模は、ザフイとビーンツの中間どころ。

 土地はザフイより狭いが、ビーンツ並みに人口が多い。

 その理由となっているのは、ネセリックが鉱山の国だということ。

 

 住と食が与えられるため、厳しい仕事であっても坑夫になる者は多かった。

 仕事があれば、自然に人が集まる。

 そして、ザフイの「よそ者」が目立つのとは逆に、よそ者ばかりだ。

 

 ただし、人目にはつき易い。

 坑夫が圧倒的に多いため、坑夫でない者は目立つ。

 人目につかずラーザに入る方法を考えていて、ティトーヴァは気づいたのだ。

 特定の条件さえ満たされれば、安全かつ確実にラーザに入る方法に。

 

 だから、坑道に来た。

 

「しかし、殿下、ラーザを目的地とするなら、先回りをしたほうが手っ取り早いのではないでしょうか?」

「ベンジー、ラーザは小さな国だが、領土全域に兵を派遣するには時間がかかる。坑道の出口が、ラーザのどこに繋がっているのかは、わからんのだぞ」

 

 出口で待ち構えていられるのなら、ベンジャミンの言う「先回り」もできる。

 けれど、どこに繋がっているのかは、坑道に入ってみなければわからないのだ。

 ラーザ全域を捜索させるには人手が足りないし、時間もかかる。

 そうこうしている間に、捜索場所とは別のところから抜け出されてしまう可能性のほうが高い。

 

「入るぞ」

 

 声をかけ、ティトーヴァは坑道に入った。

 案内をするという管理人は断り、ベンジャミンと5人ほどの騎士を連れて行く。

 全員、暗闇でも暗視ができる装備を身に着けていた。

 日用品として売られている目薬よりも格段に性能がいい。

 ぼんやりとした明かりだけでも、視界は良好だ。

 その視界の中、監視室から取り出した坑道の地図を浮かび上がらせる。

 

「見ろ、ベンジー」

「これは、坑道の地図ですね」

「そうだ。よく見てみろ」

 

 初めての分岐で、ティトーヴァは足を止めていた。

 1キロほど先までなら、探査用の装置が使える。

 その情報と地図とを照合しているのだ。

 

「これは……」

 

 ベンジャミンが、ティトーヴァの意図を察したらしい。

 大きくうなずいている。

 

 探査結果と地図に不整合があった。

 

 監査室の作成した地図にない道があるのだ。

 やはり、と思う。

 

「奴は、情報を操作する」

「ですが、ここはリュドサイオの属国にございます。彼が、事前に来ていたとは、少々、考えにくいのではありませんか?」

「そうだな」

 

 短い返事に、ベンジャミンが、ハッとした顔をした。

 ティトーヴァは、軽くうなずく。

 

(情報操作ができる者が1人いるのなら、ほかにもいると考えるべきだ)

 

 それが「特定の条件」だ。

 

 ネセリックがリュドサイオの属国になったのは、征服戦争の時だった。

 もう20年以上も前のことになる。

 あの従僕は、当時、まだ1歳から3歳。

 そして、カサンドラに仕えて6年と聞いていた。

 

(空白の期間は15年前後。だとしても、奴は腕が立つ。訓練なしに、あれだけの実力はつけられまい)

 

 ネセリックで坑夫をしていたのでは、腕を磨く暇などなかっただろう。

 そうしたことを合わせみれば、簡単にわかる。

 

「ネセリックにラーザの民がいて、その者が坑道を造り、情報操作を行ったと?」

「領土から離れただけで、ラーザの民が死に絶えたわけではないからな」

「あの管理人でしょうか」

「かもしれん」

「捕らえて尋問すれば、出口がわかるかもしれ……」

 

 ベンジャミンが言葉を切った。

 そんなことは、言われるまでもなく、ティトーヴァも考えたはずだと気づいたに違いない。

 ベンジャミンは騎士として優秀だが、どうしても足元ばかりを見てしまうのだ。

 

「あの管理人が、ラーザの民であればこそ、尋問には意味がない。口を割るはずがないとわかっている者を痛めつけても、時間を浪費するだけだ」


 ほかにもラーザの民がいるかもしれないが、この鉱山にいる大勢の坑夫1人1人を確認している暇はなかった。

 そういう状況で管理人を尋問し、ほかのラーザの民により、あの従僕に自分たちが2人に迫っていると知らされてしまう危険は冒せない。

 

「今は地図にない坑道を進み、一刻も早くカサンドラに追いつくのが先決だな」

 

 リュドサイオで噂を耳にしたのが、1日半前。

 あの従僕だけなら、とっくにラーザに入っていたところだ。

 が、カサンドラがいる。

 必ず休息を取ったはずだ。

 

(女の足で、長時間の移動は厳しい。それに、俺たちが、すぐ近くまで来ていると2人は知らないだろう)

 

 連れていた騎士の半数を、わざと西に向かわせた。

 その中には、ティトーヴァに扮した者もいる。

 噂に釣られたと思わせるためだ。

 

 どこからともなく、あの従僕には情報が入っている。

 おそらく、帝国全土に散らばったラーザの民からだ。

 それを、逆に利用することにした。

 追われていると知らなければ、速度を上げることもない。

 

(カサンドラ、俺は、お前と話がしたいのだ。どうしても……)

 

 カサンドラが皇宮に戻ろうとしないことくらいは、わかっている。

 でなければ、もとより逃げたりしなかった。

 自分と婚姻する気がないのも、承知している。

 

 それでも、彼女と会って話がしたかった。

 わずかな希望を繋いでおきたかったからだ。

 

 こうしてカサンドラを追いながら、ティトーヴァは夢想している。

 彼女と2人で、笑っている光景だ。

 場所が、どこかはわからない。

 皇宮でないのは、確かだった。

 

 あのボロ小屋に似ている。

 

 あの場所で、カサンドラと話している時にだけ、ティトーヴァは、素直に心から笑えたのだ。

 あの時間が取り戻せるのなら、なんでもできる気持ちになる。

 ほかの、なにを捨ててもかまわないと思うほどに。

 

 ティトーヴァは、自分が父と同じ道を歩んでいることに気づいていない。

 そして、後ろに控えているベンジャミンが心配げに瞳を揺らせていることにも、気づいていなかった。


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