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いつかの空を見る日まで  作者: たつみ
第1章 彼女の言葉はわからない
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思考の基軸 2

 

「報告してくれ」

 

 カサンドラは、おや?と思った。

 アイシャが、少したじろいでいる。

 フィッツの口調が、それまでとは変わったからに違いない。

 

(報告しろ、じゃなくて、してくれって言ったよ。努力する気はあるんだね)

 

 表情は相変わらずだが、言いかたが変わっただけでも進歩だ。

 アイシャは、動揺しているようだが、それはともかく。

 

「こ、鉱山には坑夫の宿泊施設が何棟もあり、その内のひとつを、ラーザの民専用としているそうです。本日は、そちらに特別室を設けるよう指示しておきました。そ、それから、我が崇高なる王女殿下におかれましては、お疲れですので、あまり騒がないようにと」

「そうか。上出来だ」

 

 ぴきん、とアイシャが固まるのが、わかった。

 フィッツから褒められ、動揺が極限に達しているらしい。

 今にも、冷や汗をかきながら、ぶっ倒れそうだ。

 唐突な変化に、ついて来られなかったのだろう。

 

 いかにも「怖い。殺さないで」みたいな雰囲気を醸し出している。

 

 アイシャの反応にも、フィッツは無関心な様子で、平然としていた。

 照れ、みたいなものはないのだろうか、と思う。

 

(フィッツだからなぁ。喜ぶとか嬉しいってのとは、ちょっと違う感覚だし)

 

 フィッツには、ことさら理解しにくい感覚ではなかろうか。

 強いて言えば「恥ずかしい」に似ているが、嬉しいが混じっているような微妙なものではある。

 

 そもそも。

 

(フィッツが、恥ずかしがる姿が想像できない)

 

 フィッツにおける「恥ずかしさ」とは、羞恥ではなく「恥」のようなものだ。

 いわゆる「面目ない」に近い。

 たとえば、こんなふうに隣を歩いていて、カサンドラが転んで怪我でもすれば、フィッツは自らを「役立たず」として恥ずかしく思う。

 そんな感じだ。

 

「では、姫様、失礼します」

「あ……」

 

 なにを言う隙もなく、フィッツに抱きかかえられていた。

 もう、つく溜め息さえ残っていない。

 いつか「羞恥」側の恥ずかしさを、フィッツにも思い知らせてやる、と思う。

 何年かかろうとも、この借りは返さなければと考え、少しだけ笑った。

 

「この状態に、姫様も慣れたのですね」

「いや、全然。たまには、アイシャにもやってあげれば?」

「なぜでしょう? アイシャには必要ありませんよ」

 

 少し後ろを歩く、アイシャを、フィッツの肩口から、ひょいっと覗き込む。

 暗闇でも暗視が効いているので、アイシャが顔を引き攣らせているのが見えた。

 

「アイシャは、こういうのしてもらいたくない?」

「御身は尊き存在にございます。本来なら、お疲れにならない乗り物で移動されるべきおかた。乗り物をご用意できなかった、私が無能であり……」

「うん、わかった。聞きかたを変えよう。こういうの、してもらったことある?」

 

 訊くと、アイシャが、きょとんと首をかしげる。

 質問の意図を問いたげに、カサンドラではなくフィッツに視線を向けていた。

 が、フィッツは完全に無視。

 意地悪をしているのではないのだろうが、補足する気もなさそうだ。

 

「あまり記憶にございません。おそらく幼児の頃にはあったかと存じますが……」

「そう言えば、アイシャって、ジュポナでは……えーと……」

「バレスタンです、姫様」

「そう、バレスタンを名乗ってるんだよね。家は、どういう状況なの?」

 

 ティニカに「親」はいないとしてもラーザの民全員が、そういう存在ではない。

 アイシャには両親がいるはずだ。

 フィッツのこともあって、なんとなく気になる。

 

「ラーザを離れたあと、祖父と父はジュポナに入りました。父は外見に優れているため、バレスタン伯爵家の令嬢に恋情をいだかれたそうです」

「それで、そのご令嬢と婚姻して、伯爵になったわけか」

「さようにございます。しかしながら、母は私を産んでまもなく亡くなりました。それから、私はラーザの守護騎士エガルベとして祖父と父に育てられております」

 

 微妙に、微妙なものを感じた。

 伯爵家に関わるほかの親族たちは、そういう教育方針を黙認していたのだろうか。

 気にはなったが、アイシャには知らされていない家門内での諍いがあったかもしれないのだ。

 下手(へた)に訊くわけにもいかないので、別の話題に切り替える。

 

「でも、アイシャは、それで良かったの? 女の子なのに騎士なんてさ。伯爵なら優雅に暮らしていけたんじゃない?」

「15歳まで、私は令嬢と騎士、2つの教育を受けておりました。16歳になった日に、父から選択を委ねられ、私は自ら騎士の道を選んだのでございます」

「わざわざ険しい道を選んだんだねぇ」

「いいえ、ラーザの守護騎士として生きるのは、この上もない喜びにございます。なにより、こうして御身のお(そば)に……」

「管理施設は、あそこか?」

 

 フィッツが、アイシャの言葉をぶった切った。

 少しは良くなったと思ったが、まだ安定的な「気遣い」はできないらしい。

 

「はい。建屋の前にいるのが、管理人にございます」

 

 見ると、皇宮のボロ小屋より、ずっと立派な建物が並んでいる。

 皇宮のような豪華さはないし、宿屋のような雰囲気もないが、四角形をした頑丈そうな外壁に、鉄の扉や窓が取りつけられていた。

 帝国では見慣れない建築物だ。

 

 その内の1つから、アイシャが管理人と言った人物が、転がるようにして駆けて来る。

 ちょっぴり嫌な予感がした。

 というより、悟っていた。

 管理人が、カサンドラをかかえたフィッツの前に、がばっと平伏する。

 

「遠路はるばる、このような場所までおいでくださり、光栄の極みにございます! ご苦境の中、さぞご心痛も多かったことにございましょう。少しでもお役に立てるよう、我々一同、命を賭す覚悟にございます!」

 

 やっぱりか。

 

 アイシャ、ザフイの2人、そして、ここ。

 3度目にもなると、さすがに相手の反応は読めていた。

 違う反応をするのでは、との儚い希望すらいだいてはいなかったのだ。

 もう本当に、つき過ぎてしまって、溜め息は「ストック」切れ。

 

「命は懸けるな」

「命を懸けてはいけません」

 

 あれ?と思う。

 フィッツとアイシャが、2人して管理人の言葉を否定したのだ。

 2人の間で、彼女は視線を行ったり来たりさせる。

 2人とも大真面目な顔をしていた。

 

「ティニカ公、エガルベ、それはどういう……我ら、ラーザの民は……」

「死んで誰の役に立てると言う」

「フィッツ様の仰る通りですよ。生きていればこそ、崇高なるラーザの(あるじ)にお仕えすることができるのです」

「お前たちは、今後、姫様のお役に立つ気がないのか」

 

 管理人が、大きく目を見開き、そして。

 

 泣いた。

 

 見た感じ、フィッツよりも年上だが、ザフイの主人ほど年は取っていない。

 焦げ茶色の髪と瞳をしていて「屈強」と言う言葉が相応しい体つきをしている。

 そんな男が、平伏したまま、滝のように涙を流しているのだ。

 

(いや、フィッツもアイシャも間違ってはいない……もともとは、私が言い出したことだし……)

 

 命を懸けられても困る。

 人の命を背負いたくなかったからだが、2人には通じない。

 だから、分かり易く「カサンドラの役に立てなくなるから死ぬな」と言った。

 けして「善意」とか「良心」とかいう高尚な意図があったのではない。

 

「フィッツ、下ろして」

 

 フィッツが、丁寧にカサンドラを地面におろす。

 彼女は、平伏し、涙している管理人の前にしゃがみこんだ。

 

「住み慣れたラーザの土地を離れて、みんな、それでも生きててくれてるよね? おかげで、私は、ザフイでもここでも助けられてる」

「わ、我々は、御身のお役に……」

「すごく役に立ってくれてるよ。だから、やっぱり生きてないとね」

 

 こくこくこく。

 

 すごい勢いで、管理人がうなずく。

 どうにも居心地の悪い気分だが、しかたがない。

 ラーザの民には「役に立つ」かどうかが、とても重要なことらしいので。

 

「今後とも尊き御身のお役に立てるよう……」

「では、すぐに役に立て。姫様はお疲れだ。食事もまだ取っていない」

 

 フィッツの「情け容赦ない」言葉に、管理人の涙がぴたっと止まる。

 そして、顔を蒼褪めさせた。

 

「私ごときのために申し訳ございません! 直ちにお部屋にご案内いたします!」

 

 しゃがみこんでいたのに、フィッツは、かまわず彼女を抱き上げた。

 管理人が、サッと手を振る。

 フィッツが歩き始めてから、気づいた。

 まるでパレードだ。

 

 カサンドラの歩く道の両側に、無言で大勢の人々が立っている。

 みんな、一様に頭を深く下げていた。

 アイシャの報告で、宿泊施設の1つはラーザの民で占められていると聞いていた。

 きっと、そこで暮らしている者たちに違いない。

 

(百人くらいはいそうだね……命懸け思考を停止させといて、良かった……)

 

 自分の命にすら責任が持てないのに、人の命まで背負うなんて無理だ。

 逃亡者となったのは我儘に過ぎないのだからと、彼女は自分に言い聞かせる。


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