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いつかの空を見る日まで  作者: たつみ
第1章 彼女の言葉はわからない
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擦過の思惑 3

 フィッツは置いていくつもりだった。

 ここを去る時は、ひとりがいい。

 

 フィッツは置き去りにしよう。

 

 と、彼女は考えていたのだ。

 だが、そうもいかなくなった。

 カサンドラに対する態度を見ていればわかる。

 

 置き去り→不要→自死。

 

 聞くまでもなく、想像するまでもなく、明らかだ。

 さすがに、それは寝覚めが悪い。

 自分の知らないところで死んでくれるとしても「たぶん死んでるんだろうなぁ」なんて思いながら、日々を過ごしたくなかった。

 

 向かいでお茶を飲んでいるフィッツを、さりげなく見てみる。

 今は、季節で言えば晩秋。

 なのに、半袖シャツに薄い生地のズボンというナリでも、フィッツは平然としていた。

 

(本気を出せば置き去りにできるけど……それだと死ぬでしょ、こいつ。けどさ、本気を出さないと絶対に振りきれないよなぁ)

 

 つまり、彼女がここを去る時は、フィッツも一緒、ということになる。

 不本意だが、しかたがないのだ。

 フィッツは、少々、頭がイカレている。

 具体的な育てられかたは知らないが「カサンドラのために」という洗脳を受けたのは間違いない。

 

 実に、不憫だ。

 

 彼女自身「生」に執着するほうではなかった。

 が、それにしたって、誰かのために犠牲になろうなんて気はない。

 とりわけ生きていたいと強く思っているわけではないものの、危険を顧みることなくフィッツを助けたりもしないだろう。

 

 彼女は、自分自身も含め、人にも執着していないので。

 

 フィッツが足手まといになりそうな人物だったなら、余裕で見捨てていた。

 また、そういう人物であれば、自死の心配などせずにすむ。

 イカレ具合が尋常ではないからこそ、フィッツは有能なのだ。

 

「それで? 今日は、なにかあるんだよね?」

「そろそろ頃合いでしょう」

 

 ふぅんと思った時には、フィッツの姿は、もうなかった。

 窓からなのか裏口からなのかはともかく、小屋から出ている。

 

「つまり、まぁ、そういうことかぁ」

 

 フィッツは、カサンドラ唯一の従僕だ。

 母がフィッツを隣に置くことを皇帝に頼み、皇帝がそれを承諾した。

 皇宮でも、それは知られている。

 それでも、フィッツが一緒にいると、面倒なことになる場合もあった。

 

 バンッ!

 

 ドアが予告なく開かれる。

 立っているのは、3人のメイド。

 ディオンヌ付きのメイドであり、いわゆる取り巻きだ。

 カサンドラに問いかけもせず、ずかずかと室内に入ってくる。

 

 この中の1人、リーダー格のメイドは、フィッツを気に入っているらしい。

 自分のものにしたくて、ディオンヌに頼みさえしているのだ。

 ディオンヌから打診されたが、カサンドラは断っていた。

 母がつけてくれた従僕なので手放せないということを理由にしている。

 皇帝が承諾した「人事」には、ディオンヌも強硬な手段は取れなかった。

 

 結果として。

 

 カサンドラは、ディオンヌに加えてメイド3人も敵に回している。

 皇太子にもフィッツにも、彼女は恋愛感情などいだいていない。

 勝手に恋敵にされるなんて迷惑千万だ。

 だが「恋する女」に、理屈は通じない。

 

「すぐに着替えさせて」

 

 ほかの2人が、カサンドラに近づいて来る。

 皇太子との顔合わせ後のように、彼女は「演技」をすることにした。

 

「……あの……どういう……殿下と、お約束はして……」

「無駄口は叩かなくていいわ」

「もたもたしないでよね」

 

 メイド2人が、腕を掴み上げて、カサンドラをイスから立ち上がらせる。

 彼女は、習得した「技」を披露した。

 3人の前で、体を縮め「ぶるぶる」と震えてみせたのだ。

 涙を浮かべられれば、さらに上出来なのだが、生憎、そこまでの技は未習得。

 

(しょうがない。うつむいておくかな)

 

 体を震わせつつ、うつむいて足元を見つめる。

 板張りの床もフィッツが磨き上げていたので、ささくれひとつない。

 本当はメイドたちを叩きのめしたくなっているであろうフィッツを思って、つい笑みを浮かべてしまいそうになる口元を引き締める。

 

(ちゃんと言い聞かせてあって良かった。フィッツの好きにさせたら、叩きのめすどころじゃすまないよ。殺したって、なんとも思わなさそうだしさ)

 

 カサンドラに危害を加えようとしたから殺した。

 

 フィッツにとっては、十分な理由と成り得る。

 あのメイドは、フィッツの本性を知っても「気に入って」いられるかだろうか。

 まず無理だ、と思う。

 

 去り際に1度だけ見せておいてもいいかもしれない。

 そうすれば、恋情に苦しむこともなくなる。

 

「皇太子殿下と王女様がお待ちなのよ、急がせて」

 

 リーダー格のメイドに言われ、メイドたちが、乱暴な手つきでカサンドラの髪を結い上げた。

 彼女からすれば「ああ、そうですか」という感じだ。

 しかし、あえて驚いてあげなければならないのだから、世話が焼ける。

 

「あ、あの、どういうことでしょうか……私が、なにか……」

 

 動揺したそぶりで、きょろきょろとメイドたちを見回した。

 3人は、カサンドラの「演技」には気づかず、冷たい笑みを浮かべている。

 いかにも馬鹿にしている表情が、逆に笑えた。

 彼女は、自分の性根の悪さを自覚する。

 

(思ってたより仕掛けてくるのが早かったじゃん。読みが外れた。ま、そのほうが助かるけどね)

 

 どうやら皇太子とディオンヌが待っているらしい。

 であれば、なにか「小細工」されていると察しはつく。

 おそらく皇太子は、なにも知らないのだろう。

 ディオンヌの手のひらで踊らされているのだ。

 

 父をたぶらかした女の娘と、長いつきあいのある従姉妹。

 どちらを信じるかは考えなくてもわかる。

 そもそも皇太子は偏見の目でしかカサンドラを見てはいないのだから。

 

「ほら、早く急ぎなさい」

 

 どんっと背中を突かれた。

 軽くよろけたが、これは演技ではない。

 カサンドラは、ごく一般的な体型の女性なのだ。

 踏み(こた)えられる脚力の持ち合わせなどなかった。

 

「さっさと歩きなさい」

 

 2人が待っているとされる場所に連れて行かれる道中も、メイドたちは、代わるがわるカサンドラの体を突き飛ばす。

 こうしたことに手慣れているのか、力加減が絶妙だ。

 

 よろけはするが、倒れはしない。

 

 倒れて髪が乱れたり、ドレスが汚れたりしないように手加減をしている。

 彼女は、終始、うつむいて歩いていた。

 うっかり「口元が緩んでいる」のが発覚するのを防ぐためだ。

 すでに癖のようになっている。

 

(やりたいことの予測はついてるし、乗ってやるのが親切かな)

 

 指には、見た覚えのある指輪をはめさせられていた。

 確か、ひと月前に皇太子と「顔合わせ」した時につけさせられたものだ。

 皇太子に吹き込んでいるカサンドラの評判とは矛盾している。

 

 カサンドラは、新しい物好きで、高価な宝飾品をとっかえひっかえ。

 それは、同じ物を2度と身につけないほどだ。

 

 と、皇宮では噂になっている。

 と、フィッツから聞いている。

 

 彼女には、なんら関心のない噂だったし、出処もわかりきっていた。

 わずかな思考能力を使う必要すらない。

 

「さぁ、お2人が待ちよ?」

 

 ボロ小屋とは違い、皇宮内の重厚な扉を開く前に、リーダー格のメイドが彼女の肩を掴んできた。

 怯えた様子で見上げ、小さくうなずく。

 

 もちろん、それは「毎度」の演技だけれど。


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