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いつかの空を見る日まで  作者: たつみ
第1章 彼女の言葉はわからない
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悩みつつ進みつつ 3

 フィッツは、テントの横に座っている。

 カサンドラが眠っている姿を、視聴覚情報から得ていた。

 テントには皇宮に仕掛けたものと同じ装置をつけている。

 なので、外にいてもカサンドラの姿は見えるのだ。

 

 『あのさぁ、フィッツ』

 

 彼女は、よくそう呼びかけてくる。

 けれど、それは、ここ半年の間のことだった。

 皇宮にいたのは2年半。

 その内の2年間、カサンドラは、ほとんどフィッツを呼んでいない。

 

 話しかけてくることはなかったし、なにかを聞かれることもなかった。

 命令されたこともない。

 フィッツが話しかけると、返事はしてくれる。

 ただ、その大半は、うなずくか首を横に振るか。

 

(姫様は別人になったと言っていた。女王陛下が亡くなられたのが原因だろうか)

 

 少し前まで、考えたこともなかった。

 別人だろうが、カサンドラはカサンドラだ。

 ヴェスキルの血の継承者であることは変わらない。

 フィッツにとって重要なのは、それだけだった。

 

 なのに、最近は、自分でも自分の感覚がうまく掴めなくなる。

 カサンドラがなにを思い、どう考えているのかが気になるのだ。

 きっかけは、おそらく「死ぬな」と言われたことだろう。

 その言葉により、フィッツの中に矛盾が生まれた。

 

 ティニカの価値観とは違う。

 けれど、同じものでもある。

 

 死ねば、ティニカの使命をまっとうできなくなると気づいた。

 それでも、カサンドラの命を守るためなら、死も(いと)わない。

 矛盾した想いだ。

 

(姫様は……私がいないと困る、と言う……)

 

 それも考えたことがなかった。

 自分が死ねば、カサンドラを守れなくなる、と知ったものの、それで彼女が困るとは思わなかったからだ。

 

 ヴェスキルの血を持つという以上に、カサンドラには力がある。

 

 ラーザの技術で賄っているフィッツとは、まったく異なる能力だった。

 カサンドラの力に比べれば、自分の力など足元にも及ばない。

 帝国でもどこでも、彼女を止められる者はいないのだ。

 知っているからこそ、フィッツは(すが)りついた。

 置いて行かないでくれと頼んだ。

 

 だから、いくら考えても、カサンドラが困る理由がわからずにいる。

 

 困ることなんて、なにひとつないと思えてならない。

 せめて足手まといにならないようにしようと必死にならずにはおられないほど、カサンドラは1人でやっていけるのだ。

 カサンドラを守るとしながらも、その実、彼女が守られてくれているに過ぎないのだとわかっている。

 

 『フィッツだけなんだしさ。ちゃんと守ってよ』

 

 そう言って、カサンドラは笑った。

 思い出すと、なんだか胸の奥が、ぽっぽっと暖かくなる。

 不思議な感覚だ。

 カサンドラの「役に立てている」のが嬉しいはずなのに、そういうものとは違う気がする。

 

(女王陛下は、困ってはいなかったようだが)

 

 フィッツが2人の元を訪れた時、女王の(そば)に「ティニカ」はいなかったのだ。

 身ごもった女王がラーザを離れる際、命を落としたらしい。

 詳しい話は知らないし、当時のフィッツにはどうでもよかった。

 フィッツが守るべきはカサンドラであって、女王ではなかったからだ。

 

 ティニカで作られる「フィッツのような者」は、1人の(あるじ)にしか仕えない。

 そうでなければ、主を守り切れないと教わっている。

 どちらかを選ぶ必要ができた時、迷いが生じるのを()けるためだという。

 ティニカは、淡々と「ヴェスキルの血」の継承を守り続ける存在なのだ。

 

 女王も、ティニカの存在理由を承知していた。

 だから、フィッツが、常にカサンドラを優先しても、叱責されたことはない。

 ラーザの民なら、誰でもが知っている。

 その命が「誰のためのもの」であるのかを。

 

 薄い金色の髪と瞳。

 

 一見、どこにでもいそうに見えるが、ラーザの民が見れば一目瞭然。

 ティニカだとわかる。

 アイシャが戦車試合に志願したのも、フィッツが「ティニカ」だと気づいたからだろう。

 ルディカーンに呼び出された訓練場に、アイシャもいたのだ。

 

(姫様に、お子ができても、私は姫様をお守りする。すでにティニカは、次の者を作っているはずだ。しかし、姫様は皇太子とは婚姻しないと決めている)

 

 では、次のヴェスキルの継承はどうなるのか。

 今後、誰かと婚姻して子をもうけるのか。

 それとも、女王のように婚姻せずに、子をもうけるのか。

 

 思考が、そこで止まる。

 じわりと、なにか「嫌」な感じがした。

 強制的に、フィッツは考えるのをやめる。

 なぜか、その先は、考えてはいけないと感じたのだ。

 

 考えたくない、という気持ちを、フィッツは知らない。

 

 守るべき主のため、なにが最善かを考え続ける。

 思考の中断は、許されないのだ。

 一瞬の空白が、危険の入り込む余地を与える。

 そう教わり、忠実に実行してきた。

 

 今までは。

 

 ふっと、中断させていた思考が動き出す。

 カサンドラが眠っているのは確認済みだ。

 

「どうした?」

 

 アイシャが戻ってきたのを察した。

 付近の警護をしているはずなのに、戻ったということには理由がある。

 戻らなければならなかった、という理由が。

 

 スっと、音もなくアイシャが姿を現した。

 アイシャはラーザの守護騎士として育てられている。

 ジュポナでは、一般的な騎士を演じていただろうが、今は、その必要はない。

 エガルベの騎士だと証できる程度には、身のこなしにも長けていた。

 

「姫様は、お休み中だ。静かに話せ」

 

 アイシャが、フィッツの前に(ひざま)く。

 ラーザの民はヴェスキルの元にあり、ティニカは、その民の象徴でもある。

 だから、少しの猜疑心もいだかず、出された命令に従うのだ。

 

「は。先ほど、ザフイより伝令がまいりました。皇太子の軍の半数はビーンツに向かっておりますが、皇太子自身はリュドサイオ本国に向かったそうです」

「そうか」

 

 予想はしていた。

 皇太子は、カサンドラ曰く「井戸の中の蛙」らしいが、物事を俯瞰して見る能力には優れている。

 騎士とは違い、足元だけを見て前に進んだりはしない。

 

「いかがいたしますか?」

 

 アイシャの声には、わずかな緊張が含まれていた。

 フィッツも思考を巡らせている。

 

 侵攻前のラーザの人口は、およそ5万。

 散り散りになる過程で減ったとしても、それほど多くはないはずだ。

 赤ん坊や乳幼児、それに付随する「戦えない者」を差し引いても3万人か、それ以上に動かせる者たちはいる。

 

 ラーザの民は、帝国の上級騎士より強い。

 フィッツのように単独で戦うのではなく、十人程度の分隊で連携して戦う。

 ラーザの民が3万もいれば、帝国20万の軍とやりあっても勝算はあった。

 カサンドラの名で呼びかけることで、すぐにも集結するはずだ。

 

 フィッツには、招集用の手立てもある。

 

 それに、アイシャもいるので、フィッツ自ら招集しなくても連絡は取れるのだ。

 ザフイから伝令が来たのと同じルートを、アイシャに辿らせればいい。

 そこから、各地に散らばったラーザの民に情報が伝わる。

 

 相手が皇太子ともなれば、確実な手を使うことを考える必要があった。

 リュドサイオはアトゥリノとは違い、大勢の騎士を輩出している国だ。

 現状、少人数で動いていても、リュドサイオ本国に皇太子が入れば、いくらでも軍を調達できる。

 

 それを考えれば、ラーザの民を動員するのが最善だと言えた。

 たとえ全滅したとしても、カサンドラ1人を逃がすことくらいはできる。

 そして、ラーザの民は、誰ひとり、死を恐れはしない。

 カサンドラの命を繋げるのであれば、自らの死を「犠牲」とは捉えないからだ。

 

「リュドサイオ本国は早々に抜け、ネセリックに行く」

「しかし、追いつかれる可能性が……」

「リュドサイオにいるラーザの民に、それとなく噂を流させろ。西方面に向かったと思わせればいい」

「かしこまりました」

 

 アイシャは、不思議に思ったかもしれない。

 だが、疑念を持つことはないだろう。

 フィッツは「ティニカ」なのだから。

 

(ラーザの民に招集をかけるのが最善……だが、犠牲は免れない)

 

 すやりと眠っているカサンドラの姿に、フィッツは「最善」を放棄した。

 彼女の意思を優先したのだ。

 人を殺すなという言葉の意図は、敵味方で区別されるものではない、と思う。

 

 犠牲が出る方法を、彼女は好まない。

 

 自分の判断が「最善」ではないと、フィッツには、わかっていた。

 けれど、この判断が「正しい」と知っている。

 

「夜が明けたら、すぐに出立する。それまで警護を続けていろ」

 

 言葉の終わりと同時に、アイシャの気配が消えた。


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