表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いつかの空を見る日まで  作者: たつみ
第1章 彼女の言葉はわからない
66/300

悩みつつ進みつつ 2

 ザフイの宿を出て、3日目の夜。

 そろそろリュドサイオ本国に入る。

 もちろん検問所を()け、湿地帯を抜けることになっていた。

 今夜は、手前の草原で野宿だ。

 

 フィッツの作ったテントは小さく、1人用。

 とはいえ、気遣いは無用なのだろうな、と思う。

 逆に、気を遣えば遣うほど、恐縮されてしまうに違いない。

 いずれにせよ、フィッツもアイシャもテントで寝たりはしないのだ。

 

(まだ気にしてんのか。意外と、繊細なところもあったんだなぁ)

 

 暖房の役割を果たす動力石をかかえ、隣に座っているフィッツに視線を向ける。

 火を(おこ)すと誰に見つかるかわからないので、焚火はしていない。

 そのため、辺りは真っ暗だったが、昨日、目薬をさしたので、視界は良好。

 おかげで、フィッツの姿も、良く見える。

 

 しょんぼりしているフィッツの姿が。

 

 食事と着替えをすませたあと、アイシャは付近の警護に出た。

 あれ以来、身の回りのことはアイシャがしてくれているが、警護能力はフィッツのほうが、遥かに上だ。

 夜間や移動中は、今まで通り、フィッツが(そば)にいる。

 

(エガルペのアイシャは常識がある。てことは、ティニカに常識がない?)

 

 ティニカが、どういう家かは知らない。

 ただ「一般常識」を教えない家だということは、わかった。

 そもそもフィッツは感情の機微に(うと)いところがある。

 だが、それ以前の問題だったのだろう。

 

 たとえば、絶品料理を作ることはできても、その食材を食べる相手がどう思うかまでは考えない。

 だから、平気で「ドブネズミの肉を殺菌処理して、砕いた骨と煮込んでスープにしました」と言えてしまうのだ。

 言われた側が、驚いたり不快になったりする意味が、フィッツにはわからない。

 

「あのさぁ、フィッツ」

「はい、姫様」

 

 心なし、声に覇気がなかった。

 アイシャに「破廉恥」と言われたのが、相当、(こた)えたようだ。

 自分がまさか、そんな「破廉恥」な真似をしていたとは思いもしなかったので、衝撃も大きかったというところ。

 

「フィッツの家……家門は、ヴェスキル王族を守るためにあるんだよね」

「その通りです。当家は、名を戴いた時より、そのためだけに存在しています」

「フィッツの両親や親戚も、そうだったわけ?」

 

 フィッツが、こっちを見て、首をかしげる。

 それから、予想外のことを口にした。

 

「私には、両親も親戚もいません」

「いない? いないって、どういう……えっと……亡くなったの、かな?」

 

 ラーザは征服戦争には巻き込まれていない。

 皇太子がラーザ侵攻をするまで、放置されていたからだ。

 そして、ラーザ侵攻の折も、領土を捨て、散り散りに逃げたという話だった。

 ザフイで世話になった宿屋の2人からも「戦争」で死んだ者はいない、と聞いている。

 

「いえ、もともと存在していない、という意味です」

「存在してないわけないじゃん。フィッツがいるんだから、親はいるでしょ」

「いません」

 

 病気や事故で亡くなった、というのなら理解できる。

 けれど、フィッツは、はっきりと「存在しない」と言ったのだ。

 彼女は、その意味がつかめずにいる。

 

「でもさ……フィッツに、いろいろと教えてくれた人はいるよね?」

「主たる知識は、先代当主から教わりました。なにをすべきか、どう行動すべきかということですね。ほかに、各専門分野の指導者がおり、技術や装備などについて教わっています。ティニカにしか継承されていない技術もありますので」

 

 どくっと、心臓が音を立てた。

 ラーザの技術は、帝国よりも優れている。

 単純でありながら、進化形と言えるものだ。

 帝国はラーザの技術を模倣しようとして、逆に退化させている。

 

 訊かないほうがいい。

 

 理性は、そう訴えていた。

 なのに、言葉が口から出てしまう。

 

「ティニカでは、どうやって子供は産まれるの?」

「産まれるというより、作られると言ったほうが適切ですね」

 

 ざわざわざわっと、体に震えが走る。

 これまでのフィッツの言動すべてに納得がいった。

 

 フィッツは、ヴェスキルの継承者を守るためだけに「作られた」のだ。

 

 フィッツが「使命」と言い、ともすれば「自死」を口にする理由。

 それしか、フィッツにはないからだ。

 生きる意味どころか、生まれてきて、ここにいることさえも、ヴェスキルの血のためでしかない。

 

「ティニカの血の優れた者を寄り集め、種を作り、疑似子宮で成長させるのです。ただ、問題なのは、成長速度は変えられないため、時間がかかることなのですよ。こればかりは、長年、研究しても成果が得られなかったそうです」

 

 淡々と話すフィッツに、どう答えればいいのかわからなかった。

 自らの「成長過程」を、フィッツは不思議とも思っていないのだろう。

 

 ティニカでは、それが当たり前だから。

 

 これまで、いったいどういう育ちかたをしたのか、と思うことはあった。

 よく「親の躾」という言葉が使われるが、彼女にとっての当たり前は、そちら側だったのだ。

 生死や状況にかかわらず、子供には必ず「親」がいる。

 意識することなく、そう思ってきた。

 

 けれど、フィッツは違う。

 どういう育ちかたもなにもない。

 こういうふうにしか生きられない育てられかたをしたのだ。

 

 こういうふうに生きるためにこそ「作られた」のだから。

 

 胸が、ぎゅうぎゅうと締め付けられて痛い。

 それでも、涙を(こら)える。

 たとえ作られた存在だとしても、フィッツは生きているのだ。

 ちゃんと「人」として生きている。

 

 可哀想などではない。

 

 だから、泣いてはならないと思った。

 それは、ただの自己満足だ。

 フィッツの「生存理由」を否定することにもなる。

 

「あのさぁ、フィッツ」

「はい、姫様」

 

 フィッツは、呼ぶと必ず返事をしてくれるのだ。

 常に、(そば)にいてくれたし、傍にいてくれる。

 自分がそうであるように、フィッツの生い立ちなど関係ないのだ。

 フィッツは、少々、頭のイカレた男。

 

 そして、絶対の味方。

 

 それでいい。

 そう思った。

 

「ホント、私のこと置いてかないでよ? フィッツがいなきゃ困るんだからさ」

「私が姫様を置いて行くなど、有り得ません」

「だったら、もうしょんぼりするの、やめてくれないかな」

 

 途端、フィッツがうなだれる。

 立てた両膝の間に、視線を落としていた。

 

「フィッツにだって知らないことがあってもいいと思うよ?」

「ですが……この先、アイシャを連れて行くことができなくなる時が来ます。その時に……私は、どうすればいいのか……」

「今まで通りでいいじゃん」

「姫様を目視することになります」

「ずっとそうだったよね。今さら気にしてもなぁ」

 

 フィッツは迷っているのか、後悔しているのか。

 少し滑稽ではあるが、おそらく「ティニカの教え」と「破廉恥」の間で葛藤でもしているのだろう。

 

「フィッツならいい。ほかの人、とくに男の人は駄目。それで良くない?」

 

 パッと、フィッツが顔を上げた。

 ごくわずかだが表情に変化が見られる。

 なんとなく喜んでいる気がした。

 ほとんど無表情とも言える顔つきだが、それはともかく。

 

「わかりました。私以外の者が、姫様の裸身を見ることは許しません」

「そうしてくれると助かるよ。私だって、誰彼かまわず全裸を披露したいわけじゃないからね」

 

 こくり。

 

 フィッツが、いつものようにうなずいた。

 しょんぼり症候群が治った様子に、彼女は笑う。

 

「フィッツだけなんだしさ。ちゃんと守ってよ」

「もちろんです、姫様」

 

 フィッツは、こういう生きかたしか知らない。

 だとしても、長く一緒にいれば、変わるかもしれないのだ。

 実際、アイシャの言葉に落ち込んだり、葛藤したりするようになっている。

 以前のフィッツからは考えられなかった。

 

(どうせわかんないからって、諦めるのはやめよう。フィッツにも感情があって、自我だってある……誰にも教えてもらえなかっただけでさ)

 

 もしかすると、それは危険なことかもしれない。

 ティニカが「常識」を教えなかったのは、そこから起きる感情が、足手まといになるからかもしれない。

 それでも、いつかフィッツが笑える日が来ることを、彼女は願う。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ