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いつかの空を見る日まで  作者: たつみ
第1章 彼女の言葉はわからない
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肩の荷は増すばかり 2

 アイシャ、お前もか。

 

 そんな気分でいっぱいだ。

 できるなら「ラーザの民」には接触したくない。

 ざっくりと、どういう国だったかを、フィッツに聞いてはいた。

 が、これほど妄信的だとは思わなかったのだ。

 

(頭のイカレた奴ばっかりか……フィッツだけだと思ってたのになぁ……)

 

 なぜ、そう命を懸けたがるのか。

 

 デルーニャと同じくらい、ヴェスキルの名にも親しみはない。

 名や血筋に誇りを持つという意識さえなかった。

 なので、崇高だのと言われても、実感が伴わないのだ。

 というより、非常に重い、としか思えずにいる。

 

「アイシャのことが気がかりですか、姫様」

「まぁ、そうだねぇ」

 

 アイシャは囮として、別ルートで森から抜ける方向に向かった。

 まだしも、フィッツと2人のほうが気楽でいられる。

 フィッツに関しては、諦めがついているので。

 

「彼女は若いですが、それなりに腕は立つと思います。おそらく大丈夫でしょう」

「おそらくって……」

 

 フィッツの思考とアイシャの言動を鑑みて、囮役を引き受けることを認めた。

 強硬に拒否すれば「死ぬ」と言い出しかねないと推測したからだ。

 アイシャは「足手まといになった」ことを、相当に気にしていた。

 きっと、役目を任せてもらえないのは信用がないせいだと誤解する。

 

(役立たずは死ね、なんて言う奴だと思われてんのかなぁ)

 

 フィッツなら言いそうだけれど、と思う。

 同じ国の民だったはずだが、フィッツはアイシャに対して、これと言って特別な感情はいだいていなさそうだった。

 あの場面で、平然と「足手まとい」を肯定したのだから、かなり突き放していると言える。

 

「若いって言うけどさ。アイシャが何歳くらいだと思ってるの?」

「22,3歳でしょうね。25にはなっていないと思います」

「フィッツより年上じゃん」

「そうですね」

 

 ラーザでの立場は、フィッツが上だったようだ。

 そのため、年齢は関係ないのだろう。

 明らかに、フィッツは、上からものを言っている。

 アイシャも、それが当然という態度で、少しの不満も見られなかった。

 

「戦車試合で足手まといになったって言ってたっけ」

 

 ジュポナは、アトゥリノの属国だ。

 その代表として参加したものの、フィッツとやりあうのは、本意ではなかったに違いない。

 と思ったのだけれども。

 

「自ら捨て駒に志願したにもかかわらず、役に立つどころか、足を引っ張ることになったのですから、姫様の信頼を得られなくてもしかたがありません」

「ん? んん? アイシャは、自分から捨て駒に志願したって言った?」

「はい。言いました」

「なんで志願したってわかるのさ? アイシャから、そんな話なかったよね?」

「彼女が、ラーザの民だからです」

 

 それが「すべて」みたいに言われても。

 

 彼女には、さっぱり理解できない。

 ラーザの民であるからこそ、フィッツと敵対したくないと考えるのではないか。

 自ら志願してまで、あえてアトゥリノ陣営に加わる理由がないと思える。

 

「具体的に、分かり易く説明してくれないかなぁ」

 

 溜め息交じりの言葉に、フィッツが、なにか不思議そうな顔をしながらも、軽くうなずいた。

 フィッツにとっては「当然」で、カサンドラにとっても「当然」だとしている。

 だが、残念なことに、2人は、認識のほとんどを共有できていない。

 共通認識なんて成立していないのだ。

 

「試合中、振り切られたあとも彼女は私を追尾して来ました。なかなかの腕です。きっと周りにいたアトゥリノ勢を巻き添えに、自滅するつもりだったのでしょう。ですが、やはり若いと言いますか、読みが浅かったのですよ」

「味方に攻撃されるとは考えてなかったんだね」

「そのようです。まったくエガルベともあろう者が、情けない」

 

 淡々とした口調が、いよいよもって冷たく感じる。

 だが、身分の高い者が低い者を見下(みくだ)すような雰囲気はなかった。

 純粋に「能力不足」に対しての叱責なのだろう。

 おそらく「ティニカ」という家門は、そういう立ち位置にいる。

 

「容赦ないなぁ、フィッツは。まだ若くて経験不足ならしかたないでしょ。平和になった帝国じゃ実戦もなかったんだしさ……っていうか、自滅を成功させなくて、良かったよ」

「そうですね。自滅などしていたら、私の5位以内という目的の邪魔になっていたでしょう」

「優勝しちゃった人が言う?」

「あの時点では、私の目的は5位以内でした」

 

 だそうだ。

 

 それはそれで「失敗」だったのではないかと思うが、フィッツがアトゥリノ勢とやりあうことになったのは、カサンドラの指示あってのことだった。

 だから、これ以上は、突っ込まないことにしておく。

 

「つまり、フィッツの足を引っ張るためじゃなくて、支援するために志願したってことか。しかも、死ぬこと前提で」

 

 捨て駒。

 

 あの時、皇太子は「運が良ければ生き残る」と言った。

 捨て駒となる者が「死を前提」とされているからだ。

 それを承知の上で、アイシャは志願した。

 

(なんかもう……重い、重過ぎるわ……私の命なのに、私のものじゃないみたいな感じだよなぁ。ヴェスキルの血って、今は私だけなんだよね。もし私が死んだら、ラーザの人たちはどうなっちゃうわけ? 全員、自決とか……あ~やだやだ……)

 

 あまりにも恐ろしく、憂鬱になりそうだったので、実際のところはどうなのかをフィッツには訊かずにいる。

 案の定という答えが返されると、逃げ場もなくなってしまう。

 否応なく、自分の命の上に、人の命を重ねなくてはならない。

 

 私の命は、私だけのものなのだから、放っておいてくれ。

 

 そう叫びたくなる。

 だが、それを口にすれば、少なくともフィッツの「自死」は確定。

 もしくは、また淡々と泣かれるかもしれない。

 

(頭をかきむしりたくなるのって、こういう時かな……こんなにややこしいことになる予定じゃなかったのにさぁ。あの馬鹿が予定外のことするから……)

 

 皇太子に無駄に興味を持たれてしまったのが運の尽き、

 好かれるようなことはしていないはずなのに、好感度が上昇したのも大誤算。

 

 皇宮での記憶がよみがえってきて、大きく肩を落とす。

 本当に、こんな予定ではなかったのだ。

 時期を見計らい、婚約解消届出書を残し、皇宮を去る。

 カサンドラに興味のない皇太子は、探すフリはしても本気で追いかけては来ない。

 適当なところで手を打つに決まっている。

 

(そしたら、気ままに1人で旅しながら、目的地に行くつもりだったのに)

 

 現状は、予定とは大きくかけ離れていた。

 皇太子は、森狩りまでして、カサンドラを追っている。

 本気の度合いがわかるというものだ。

 絶対に、適当なところで手を打ったりはしない。

 

 さりとて。

 

 自分の「しくじり」だとの自覚はある。

 アイシャの判断ミスなんて「可愛い」と評することができるほどだ。

 どうせ、皇宮に長居はしない、もうすぐ去るのだと、油断した。

 あともうちょっと「演技」を続けていれば、こんなことにはなっていない。

 

 彼女が「地」を出してから、皇太子は「変」になったのだから。

 

 皇太子を罵倒しつつも、自分の行いが、ややこしい事態を引き起こしたのだと、わかっていた。

 その結果、フィッツだけではなく、アイシャも巻き込んでいる。

 

(自分で、自分を崖っぷちに追い込んだんだよ、まったく)

 

 馬鹿なことをした。

 今さらに「地」を出したのを悔やむ。

 だが、本当に今さらだ。

 彼女には、時間を巻き戻す能力はない。

 

「姫様」

 

 その口調に、自然と表情が引き締まる。

 ぎゅっと、強くフィッツの首にしがみついた。

 実のところ、アイシャと2手に分かれてから、フィッツに抱っこされている。

 足跡を残さないためだ。

 加えて、そのほうが「速い」からだった。

 

 スッと、フィッツがカサンドラを腕にしたまま、しゃがみこむ。

 人の声が聞こえてきた。

 どんどん近づいている。

 

(呼吸を乱さないように……ゆっくり、ゆっくり……)

 

 緊張から呼吸が浅くなるのを防ぐため、自分に言い聞かせた。

 なにかが見えると、うっかり声を上げてしまうかもしれない。

 思って、きつく目をつむり、顔をフィッツの肩に押しつける。

 肌の感触に、安堵している自分に気づいた。

 

(ちぇっ……こんなんじゃ、1人でいいなんて、もう言えないよなぁ)


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